「あの街で起きた事件は・・・
 私の中に、今も不思議な印象を残している。
 とても痛ましい・・・そう、痛ましい事件だった」

                ある自治官、回想す。





“ダヴァンタージュの人形師”


昔の街並みをそのまま残すセミ=ブレヴィス公国の古都ダヴァンタージュで、奇妙な事件が起きた。
この石畳の美しい街の一廓で人形師をしていた男が、奇妙な作品を残して自殺したのだった。
近所づきあいもなく、特に行きつけの店も無かったその男は、街の人々の中でも印象は薄かった。
しかしあれは・・・本当に自殺だったのか?と事件後に現場に押しかけた野次馬達は
自宅で、あるいは酒場で、または仕事先の他の街で、ポツリと疑問を口にした。
一般市民に真相は分からない。
ただ、まことしやかに囁かれる無責任な噂だけが残った。
「狂った人形師は、失われた力によって殺されたんだ」と。


ダヴァンタージュの住人から苦情が来たため、たまたま詰め所に居た新米自治官はその古びた屋敷に向かった。
「何だか知らないけど、ひどい匂いがするのよ」
「でもここの住人って滅多に姿を現さないし、恐くって」
「はぁ・・・そうなんですか」
苦情を言いに来たおばさん2人に挟まれて、自治官は微妙に居心地が悪かった。
「昼間に出歩く事が無いみたい。ずーっと屋敷の中で人形を作っているみたいだけど
・・・職人ってそういうものなのかしら?」
「たまに、金持ちそうな男の人があの館から出てきますわね。そう、何だか大きな包みを持って」
身振り手振りを交えながら喋りながら石畳の道を歩いていく。
ご近所の噂って恐いな、とこの街に左遷されたばかりの新米自治官はぼんやりと思った。
自治官は街に住む人々の安全で快適な暮らしを守るための組織であり、各街に詰め所がある。
どうにか試験をパスしてようやく地域の安全を守る立場になれたと思いきや、
仕事は基本的にご近所トラブルを未然に防ぐとか、
彼が想像していた物とは違った地味な物であった。
(いやしかし、地味な物の積み重ねで世の中は成り立っているのだから)
彼はいつものように心の中で自分に言い聞かせた。
おばさん二人が足を止めた。「「この屋敷よッ!!」」
眼前にあるのは、古びた屋敷だった。
壁は一面ツタに覆われている。あまり手入れはされていないようだ。
「お忙しい時に案内して頂き、どうもありがとうございました」ぺこり、と律儀に彼は一礼した。
「一緒に中に入りたい所だけど・・・恐いからやめとくわ」
「本当はすっごく気になるんだけどね!!」
なんて正直なおばさん達だ。彼はちょっぴり呆れた。
「それじゃ任せたわよ!」「晩ご飯の支度あるから私達は帰るわねっ」
家では亭主を尻に敷いているに違いない。彼はなんとなくそんなことを思った。


時は夕暮れ。彼は人通りの少ないこの通りに、ぽつんと一人置き去りにされる形になった。
溜息一つ。それから勇気を出して扉を叩いた。
コンコン、と2度。「すみませーん、どなたかいらっしゃいませんかぁ?」
声をかけて、暫く待ってみても返事がない。念のためもう2度扉を叩いてみる。
コンコン。やはり返事はない。
(仕方がないな・・・)
ドアの取っ手に手をかける。
意外にも、鍵は開いていた。
「入り・・・ますよ?」
ぎぃいいい、と音を立てて、扉が開く。薄暗いので携帯用のランプに火を灯した。
入ってすぐの部屋は、来客用なのか机と椅子があり、壁際に何体か人形が置いてあった。
「あのー、どなたかいらっしゃいませんかー?」
念のため呼びかけてみるが、返事はない。
屋敷全体に時が止まったかのような、静謐な空気が流れている。
(なんだろう、確かに何かの匂いがする・・・・・)
彼は段々不安になってきた。応援を呼ぼうか、それともこのまま進もうか。
奥の部屋に繋がる扉を叩いてみる。やはり返事はない。
そっと扉を開けてみると、作業室のようだった。彼にはよく分からないが材料や道具が所狭しと並べてある。
彼は、ここにあるものが何か匂いを発しているのではないか、と思ったが、どうやらそうでは無いらしい。
(となると、この奥か・・・)
何だかその扉の向こうを想像しただけで気持ちが悪くなってきた。
開けてはいけない気がする。
嫌な予感がする。とても嫌な予感が。
(ええい、ままよ!)
ありったけの勇気を振り絞って、彼は扉を開けた。


目に入ったのは、少女の姿を模した人形であった。窓際の棚の上に置かれている。
そろそろ日暮れ時なので、正直かなりドキっとした。
まるで生きているかのようなその人形は、じっとこちらを見つめている。
(美しい――――)
たしかにこれほどの人形が作れるならば、
金持ちがどこからか聞きつけて買いに来たりもするだろう、と彼は納得した。
しかし同時に、これは絶対に美しいと思ってはいけない部類の物であるとも感じた。
それが何故なのかは分からないけど・・・・
「随分たくさんあるなぁ」
か細いランプの光だけを頼りに彼は部屋の中に入った。

(この部屋・・・・なんか・・・・変だ)
彼は人形達の目線の先にあるものを発見した。
その瞳はここではない何処かを見ているように思えたが・・・・それは違った。
棚に置かれた人形達は、皆一様に床にあるものを見ていた。

うつぶせに倒れた、男の死体を。

男は人形達が並べられた棚へ手を伸ばすようにして、息絶えている。
そう、生きているわけがない。
その身体には無数の疵痕があり、死因は調べるまでもなく刃物による失血死と分かる。
(応援を・・・・呼ばないと・・・・・!)
叫び出しそうになるのを堪え、彼は急いで屋敷の外へ出た。
オレンジ色の夕日が沈んでゆくのを感じながら、詰め所への道をひたすら駆けた。




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