「死んでいたのは、この家の主・・・トリュープゼーリヒ?変な名前だなぁ」
「なんですっけ、昔の言葉で“痛ましい”とかそんな感じの意味ですよね・・・」
野次馬をどうにか押し返し、ようやく仕事にかかれた捜査員は相槌を打った。
「名を体で表していると言うかなぁ。こいつの死に様は相当“痛ましい”よな」
腕は立つが口が悪い、ベテラン捜査員の言葉に
第一発見者として同行させられている新入り自治官は内心で頷いた。
男は何かに縋るように棚に向けて右手を伸ばし、両目を見開いたまま死んでいた。
その遺体の下には血だまりがあり、辺りには無数の飛び散った血のあと。
さほど広くはないこの部屋で、一体何があったと言うのだろう。

捜査員の一人が、棚の上に置かれていた人形の一つを手に取った。意外と大きい。
なかなか豪奢な衣装を身につけている。
と、捜査員はその人形におかしな所があるのに気が付いた。
生きているかと思えるほど美しいその人形は・・・・なぜか胸に十字を刻まれていた。
はて、これは面妖な、と人形を調べていた捜査員は思った。
十字架は赤かった。
ペンか何かで書いたのかと思っていたが、よくよく見るとそうではない。
まるで・・・・人の身体にナイフか何かで傷を付けてそのままにしていたような、そんな十字架なのだ。
人の身体に?
ばかな。そんなことがあってたまるか。
恐ろしい考えが浮かび、捜査員はあやうく人形を落としそうになった。
嫌な汗が手の平に滲む。
しかし、見れば見るほどその人形は・・・・作られたモノではなく、
初めからそうあったものが時を止めたようにしか・・・・
手元の人形だけでなく、棚に置かれた人形たちも同じであった。
つややかな唇。
豊かな髪。
白磁のような肌。
触れば暖かいのではと思ってしまうほど人に近い。
あまりにも、人に近すぎる。
「鑑識に回して良いですか?これ」
捜査官は青ざめた顔でベテランに尋ねた。
「ああ、持って行ってこい。もしかしたらこいつは・・・・殺されるべくして殺された奴かもしれないし、な」


一体どういう事だろう。
新入り自治官は言葉の意味が分からずに困惑した。何気なく床に目を落とすと
なにか・・・氷の粒のようなものが床に落ちている事に気付いた。
男の死体のほど近くに、小さいけれどいくつかぱらぱらと落ちていた。
「あの・・・これって一体なんですかね?」
現場の総指揮をとっているベテランに聞いてみた。
床に落ちている物を目にした時、ベテランはきっぱりと言い放った。
「おい、お前達!この事件はこれで終わりだ。犯人は“自殺”にしておけ!!“特例”だ」
「特例ですか!?」
「り、了解しました!!」部下は慌ただしくその場を離れる。
詰め所で犯人の特定をするため過去の資料を漁っている同僚たちに事実を告げに行くためだ。
「・・・となると、やっぱあの人形も・・・・ちっ、全くふざけてやがる。何が“痛ましい”だ。ばかばかしい・・・」
忌々しそうにベテラン捜査員は呟いた。眉間に皺が寄っている。
「あの、一体どういう事ですか?」
おもわず新入り自治官は質問した。何が何だか分からなかったからだ。
彼の目に映るこの事件は、どう考えても「殺人事件」であるし、
犯人を見つけなければならない類の物である筈なのに。
ろくに調べもせずに、いきなり「終わり」とはこれいかに。

「えーと、お前さん新入りかな?」
「はい、そうですが・・・」
「成る程。それじゃあ仕方あるまい」
驚いたことにベテランは懐から煙草を取り出した。
いいのか?と新入りが不安がっていると、ベテランは事件現場で喫煙しはじめた。
「お前さん、十三の要って何か分かるか?」
唐突な質問に彼は仰け反りそうになった。
「世界を守るための何かなんですよね?詳しくは知らないんですけど・・・・
 “この世にあらざる力持つ者”と言われている・・・」
「そう。あれは確かにこの世界に存在する。世界を成り立たせている何かだ。
 しかし実体を詳しく語れる奴は殆ど居ない」
一体この人は何が言いたいのだろう。新入りは段々不安になってきた。
「まぁ俺も詳しくは知らねぇんだがな・・・ただ、この手の仕事をしていると、
 時々“調停者”の仕業だと分かる時がある」
「調停者・・・?何ですかそれは」
ふぅー、と煙を吐いてベテランはこう言った。
「この世界の生と死のバランスを取り持つ者だ。
 それゆえに・・・・命を冒涜する者に対しては容赦ないって訳だ」
何となく分かるような、全然分からないような説明だった。あまりにも漠然としている。
「でも、なんで調停者の仕業だって分かるんですか?」
「十三の要はそれぞれ十三元素の力を使う。調停者は“晶”の力だ。
 お前さんが見つけたアレは、失われた力の断片だ」
「もしかして、床に落ちていた氷の粒のような物は・・・・」
失われた力―――――魔術によって武器を構成した痕跡であるという事だろうか。

「この部屋で何があったか、なんてのは最早問題じゃねぇんだ」
ベテランがぽつりと呟く。
「肝心なのはこの男が何をしたかで・・・・仕留めたのは確実に調停者なんだから、
 司法なんかじゃ裁けないって事だな」
だから“自殺”と公表するのだ。犯人を追っても意味がないし、追求しても無駄だ。
ここで起きた事はもはや、黙認するしか無いのだ。
「分かったか?恐らく鑑識からろくでもない報告が来て、これからは別な意味で忙しくなるんだろうよ・・・・・」
くそったれ、調停者が絡むヤマはいつも面倒なんだよな・・・・とベテランはぶつくさ言っている。
自治官は、自分が住んでいる世界には思った以上に知らない事が存在しているのだな、と若干ずれた事を思った。


そして翌日。
鑑識から結果が届いた。急いで書き走ったような字で、ただ一言。

“人形にあらず。至急他の物もこちらへ寄越せ!”

「そ、それってつまり・・・・?」
「ええっ!?だって・・・嘘だろ?これ“人形にあらず”としか書いてないし」
一体どこに結果をぼかす必要があるんだ?自治官達は大いに動揺した。
しかし、監査官らは慣れているのか他の人形を回収すべく現場へ向かった。
「胸くそ悪ぃ・・・・やっぱり人間だったのか、あれ」
詰め所の片隅でベテランは呟いた。
だから自分はあの人形を見た時に美しいと思うと同時に違和感をおぼえ、
“絶対に美しいと思ってはいけない”と思ったのだな、と自治官は納得した。

胸に十字架を刻まれた人形は全部で13体。
どれも少女の遺体であった。

なぜそれが腐らずに残っているのかは分からない。
人形師が何らかの術を施したにせよ、術者が死ねば術の効力は切れる筈であった。
それなのに、男が作ったと思われるその人形は存在する。
どうやって作ったのかは分からない。
目的も分からない。
全てを知っている筈の男はもう、死んでしまっているのだから。
もはや真相は閉ざされてしまい、
後に残されたのは時を止めた少女達と・・・自殺を信じない一部の人々の、噂話だけだった。

新入り自治官の知り合いの、鑑識で働く医師ベシュティムト・イマーデュク曰く
「あれは人の魂を凍り付かせてしまったんだと思うよ。
 魂というのは常に燃え続けていないと“生きる”という行為が成り立たないんだ」
「そんな事一体どうやったら出来るんだい?」
「さぁ・・・僕には分からないけどねぇ」
「兎に角、そういう印象を受けたって話だよ。検死しようとしても何故かメスが入らないしね・・・・あの人形」
「どうしてなんだろう・・・」
「分からないね。しかし、君たちの地道な捜査のお陰で身元が分かった子も居るんだろう?」
ベテランが「別な意味で忙しくなる」というのはある意味で正解であった。
自治官は、人形にされた少女達の身元を調べるのに奔走されていた。
「うん・・・何人かは分かったけど・・・・孤児だった子もいたみたいで、全員は無理かなぁ。
なるべく見つけてあげたいんだけどね」
少女達を殺した犯人への裁きはもう、終わっているのだ。
きっと遺族としては、自分の娘を滅茶苦茶にした犯人が“自殺”した程度じゃ溜飲が下らないだろうけど・・・

「調停者、か・・・・」
それは神罰の代行者だろうか。
この世には神も救いも何もないからこそ、犯罪が起きるのかも知れないけど・・・
絶対に生かしておけない奴、というのがこの世には確かに存在する。
なぜ人形師が13人もの少女を殺し、人形にしてしまったのかなんて分からないし、分かりたくもない。
一つだけはっきりしているのは、
いかなる目的があろうとも、それは決して許すことが出来ない行為である、ということ。
(たぶん・・・調停者はそれをこの世にのさばらせない為に存在するんだな・・・)
本当はどうなのか分からない。だが自治官はそう思った。
「さて、休憩も終わるし僕は戻るとするよ」
「ああ・・・・・・お互い頑張ろうなベーデュック」
そう言って、お互いの仕事場に戻っていった。

季節は秋。日差しは柔らかく、
見上げた空はこの世に悲しみなんて存在しないと言わんばかりに
雲一つ無くただ青く、どこまでも広がっていた。



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