彼の記憶は、途切れていた。

(たしか・・・オプスキュールの街へ荷物を運んで・・・・)
帰ろうとした所までは覚えている。アインザッツの安酒屋に行こうと思った。
それなのに、彼は今、全く見覚えのない場所にいた。

霧が深い。
ここは一体どこなのだろう。
何故俺はこんな所でぼんやりと突っ立ってるんだろう。

『アラスター・ディード・・・・』
突然、何者かの声が聞こえた。
『君は一体・・・何に運命をねじ曲げられたのかね』
驚いてそちらを見ると、黒装束に身を包んだ銀髪の男が居た。
「あんたは・・・・?」
問いかけたが、男は答えない。
長い前髪で目元が隠されているため、表情が全く読み取れない。
「ここは、どこ・・・なんだ?」
沈黙が気まずいので、ディードは質問を変えた。

『ここは冥府へ至る道。肉体を失った者達が通る場所・・・』

よみのふ・・・?
肉体を失った?
つまり俺は・・・・

「俺・・・死んだのか?」
『・・・・・・残念ながら、そうだ』

『君の死は予定より早くにもたらされてしまった』
「想定外の死ってやつですか?
 まぁ自分でもろくな死に方しないだろうとは思ってたけど・・・・」
しかしこんなにも突然訪れるものなのだろうか。
何だか全然実感がない。
『世界には時々こういう事が起きる・・・・まったく、忌まわしい事だ・・・・』
「アンタは・・・もしかして死神か?」
それは、戦場にいた頃のディードのあだ名でもあった。
銀髪の男が溜息をつきながら答える。
『人間は必ずその言葉を口にするな。お前達がそう思うのならば、私は紛れもなく死神なのだろう』
「そいじゃ・・・死神さんよ、聞きてぇんだが俺が死んじまった事は覆らないんだろ?」
『覆らないな。
 しかしお前が定めより早く死んでしまった理由を私は聞いておかねばならない』
「なるほどね」
死神というのはもっと無慈悲なものだと思っていたけども、微妙な救済措置があるようだ。
「理由っても、俺には良く分かんねんだよなー」
『何か変わったことは無かったかね、最近』
「なんかあったかな・・・・ああ、そういえば・・・変な女の子を見かけたな」
霧の立ちこめる森の中、ディードは銀髪の死神に向かって話し始めた。

その話を聞き終えてから、死神は呟いた。
『地上で何が起きているのか・・・・私には分からないが・・・・これだけでは済まないだろうな』

                    


 抜けない棘 



何かの間違いであればよかった。
店の扉を開けるたび期待してしまう。あいつがいるのではないかと。
いっそのこと全員グルの悪ふざけでしたと言ってくれた方が楽だ。
死は覆らない、という当たり前のことを、
こんなにも受け入れたくないと思ったのは初めてだ。
姉を失ったときは自分の手で弔ったから、受け入れざるをえなかった。
もうこの瞳が開かれることは、ないのだと。
(仇をとれた・・・といえばそうだし)
それで溜飲が下ったわけでも、救われたわけでもないが。
杯を重ねながら、そんな事を考えているといつの間にか眠ってしまった。



うたがきこえる。
優しい―――だけどどこか、悲しげな旋律。
(何て曲・・・だっけ・・・)
聞き覚えのある曲だった。思い出さそうで思い出せない。
もう一度耳を傾けてみる。
(ああ・・・そうだ、確か・・・・・・)
彼が一度だけ吹いていた曲だ。
いつだったか、ラメントから帰ってきた者が土産に持ってきた笛を借りて、
「故郷じゃ有名な曲だった」なんて言いながら。
懐かしむような眼差しで、その故郷を思い出すように吹いていた。
(あれ・・・でもこれは)
笛の音じゃない、と思いながら目をあけた。

バレルハウスのそう広くないステージの上にある、年季の入ったピアノの傍らで歌っているのは
意外なことに、リヴェメントであった。
(そういえば昔は歌をやっていたとか言ってたっけ・・・)
いつだったか、店に元・相方を名乗るオペラ歌手が押しかけてきた。
『君は僕の歌姫・・・美の女神なんだ!戻ってきてくれ!』
などと、周りが引くくらいの情熱で彼女を歌の世界に連れ戻そうとしていたが、
彼女はついに首を立てにふることはなかった。

(うまいなぁ・・・)
歌のことなど全く分からないが、素直にそう思った。
こころに染み渡るような歌声。
「・・・あら、起きたのねグラシィ」
「大したもんじゃない、歌姫さん」
「やめてくんないかしら、その呼び方・・・」
露骨に嫌そうな顔をして、リーヴェはステージから降りた。
「あれ・・・今何時?」そういえば客がまったく居ない。
「閉店時間はとっくに過ぎてますよ、お客さん」
そう言いながら、グラスに注いだ水をわたしてくれた。
「ありがと」
「どういたしまして」
水差しから再び水を注ぎながらリーヴェは言った。
「最近呑みすぎなんじゃない?もーちょっと自粛しなさいよね」
「それは・・・そう、ね」
「飲み続けたって、何かが変わるわけじゃないわ・・・」
まったくもってその通りである。
「他にどうしていいか・・・分からなくなってるのかもしれない」
ぽつりとグラシィが呟いた。
それは彼女の本音なのだろう。
(泣くことも認めることもできない、か・・・)
ディード、あんたって罪作りな男ね。
水を飲み干し、リヴェメントは溜息をついた。

「グラシァ・パディッツリオーネ・アルビトラリオ!」
だん、と拳でカウンターを叩き、リヴェメントは怒鳴るように言った。
「しっかりしなさいよ!こういう時のために13の要は居るんでしょ?
 世界の守護者なんでしょ?」
「そんな立派なものじゃないっ!この力は・・・」

「呪われている・って言うの!?寝ぼけたこと言わないでよ!
 だからなんだってぇのよ。
 ディードがいつか言ってたじゃない、枷にもなれば翼にもなるって。
 人にあらざる力は、何事かを成すためにある・・・違うの!?」

この力は私的な事には使えない。いつかのあの声が甦る。
実際にまた自分は大切な人を護れなかった。
いつも間に合わない。だが・・・

「何だかわけの分からないことが原因で人が死ぬなんて事が続いたら困るでしょ!」
ばさり、とリーヴェが投げよこしたのは新聞。
一面にペザンテが死の都と化した、という報道記事がある。
「これは・・・!?」
「自分ひとりが不幸みたいな面してんじゃねーわよ!」
ディードを失って、悲しいのはアンタ一人じゃないんだから。
彼の死は始まりにすぎなかったのかもしれない。
これから起こるであろう危機の、始まりの一端・・・
(あいつはもう戻ってこないけれど)
喪失による悲しみを・・・せめて少しでも食い止められるなら。

「・・・まだ私にもできることがあるのか・・・」
人にあらざる力は何事かを成すためにある。
「あるに決まってんじゃない。勝手に諦めてんじゃねーわよ」
手の掛かる女だなぁ。
でも、きっとディードはこういう所が気になってたんだろうなと思った。
何だか放っておけない。リヴェメントは彼女の頭を抱いて髪をわしゃわしゃとかきまぜた。
「あんたにしかできないことだって、沢山あんのよ」
返事に困って、しばらく黙っていた。
「ディードの残した剣、アンタが持つべきだと思う」リヴェメントが言った。
「どうして?」
「たぶんディードなら、それを望んだだろうから」
剣を差し出されて、反射的にグラシィは受け取った。
「そう・・・かもね」
飲み過ぎだろうか、頭が痛くなってきた。
「ねぇ、リヴェメント」
「なぁに?」
「今度・・・また歌ってよね、さっきの歌」
リーヴェはちょっと照れたように笑った。
「いーわよ。その代わり、居眠りは禁止ね!」
「有り難う。おやすみなさい」
「おやすみ」


彼が持っていたその剣は鞘がなかった。
アパートに持ち帰り、じっと見つめていると、
刃の付け根に、黄金色の文字が浮かび上がった。
(何・・・これは・・・)
「ゲネラルパウゼ」
彼女は、無意識のうちにその名を読み上げていた。

『やっと呼んで貰えた!次のマスターはあんたって訳かグラシィ』
(剣がしゃべった!?)
否、普通剣は喋らないはずだ。
『よっ、と』
ディードの剣から出てきたのは半透明の少年。
「アンタ・・・何?」
『俺はゲネラルパウゼ。長生きはしてみるもんだね!!
 十三の要が俺のマスターになるのは2度目だよ』
「いや、そうじゃなくて・・・」
『何だぃ?』
「あたしのことを・・・そう呼ぶってことは」
『・・・俺は知ってるよ、ディードが見ていたもの全てを』
「何ですって・・・!?」
『あんたが望むなら全て話そう。聴きたくないなら黙っておく』

少年は腕組みをし、彼女に言った。
『・・・どうする?
 俺はディードと一緒にいた時は意識を共有していたから、大体のことは分かるぜ』
死者の心を知るもの。
そんなものが存在するのか!
驚いたが、あいつが私に言おうとしていたことは、
いま聞くべきものではないような気がした。

「今は・・・止めておくわ。片が付いたら・・・聞くかも知れない」
きかないかもしれないけれど。
『分かった。俺はあんたに呼ばれた時だけ出てくるようにするよ』
「なんで?」
『心を覗かれるのは、嫌だろう?』
たとえそれが剣に宿る実体を持たない幻影であったとしても。
「気ぃつかってくれるわけ?ま、そうしてくれた方がありがたいけどね・・・」
『とにかく、俺もアンタの力になる。そのことだけは覚えといてくれ』


・・・こうして、彼が唯一残した剣と共に、彼女は旅立つ。
彼の死に潜む闇・・・謎を解き明かすために。
それを解くことでしか、穿たれた棘は抜けることがない。


調停者は自らと、死せる者の魂のために聖地へ降り立った。
ディードが出会った謎の少女。
異界の迷い子、鍵として利用された者。
(だがその存在は既に有罪・・・送り返してやる)
遊びの時間は終わりだ。

――――――裁きの時間が始まる。




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