心ってもんは、どうやって作られていくものだと思う?

それは「過去」あるいは「体験」からしか生まれないんじゃねーかと俺は思うわけだ。
他人の中の自分を自覚することで初めて生まれるもの。
人の成長の証であり、自分が自分であるために必要なもの。
だれにも奪うことが出来なければ、同じ物を持つ奴は一人もいねぇ。
全くもって不思議なものだ。

これがあるから人は苦しむのか?
あるいは心があるからこそ、人は生きていけるのか。
無機物の俺には分からん。自分に心があるのかどうかも分からん。
ただ、過去が存在しない者の心は一体どうなってるんだろうなって話さ。

過去を持たない哀れな男、その男はこの世界何を見たか。
そいつは、三次元に生きる二次元。
与えられた力のでかさも、自分の使命も何も知らず
この世界を彷徨い死に場所を求め“死”を生み出し続けた愚か者。
矛盾そのものであり、存在自体が無茶苦茶だ。

それではこの物語を始めよう。

誰の話をするかって?
そりゃあもちろん、アイツだよ。

十三の要の0にして13
ある者に喪失の子どもと呼ばれ、長い間どこにも無いものを求め続けた、
世界で独りきりの“影”の話だよ―――





1楽章


はじめに目が覚めた時。
彼は自分という存在が何であるか、解らなかった。
そもそも肉体を持っているのか。
一体ここはどこだ、と思った。
まだ辺りは暗いが、鬱蒼とした森の中であるらしい事は判った。
空には月が出ている。
そら、つき、もり
誰に教えられた訳でもないのに、言葉が脳裏に浮かんだ。
それはなぜだろう。
分からない。

なにをするでもなく、彼は立ち上がった。
立つことは出来る。歩くことも出来る。
しばらく歩いて、湖を見つけた。湖面に顔を映してみる。
―――――何だ、これは?

ただの・・・・影。
真っ黒な影がヒトの姿を模したもの。

これはいったい、なんだ?

彼は立ち上がった。知る必要がある、と思ったから。
なぜ自分が、このような姿になったのか。その理由を。
自分自身の、過去を。


それから彼は、世界中を旅して回った。
何処かに自分の事を知っている誰かが居るのでは無いかという思いでひたすら歩き続けた。
どんなに人々から恐れられても、気味悪がられても街々を巡り、
道なき道を歩き続けた。どこかに自分の知っている何かがありはしないかと。
だれかが自分の過去の話をしてくれるのではないかと。
自分の正体を教えてくれるのではないかと、その気持ちだけで彼は長い間彷徨った。

だが、もういい。
彼は放浪の末に、この世界のどこにも自分の存在を知るものが居なかった事を思い知った。
あの時から、年月がどれだけ年月が過ぎたか分からない。
然し追い求めてきたものは、幻想に過ぎなかったのだ。
この世界のどこにも、自分の居場所はない。初めから無かったのだ。

目を覚ました時と同じ場所に、彼は再び立っていた。
あの時、なぜ目覚めてしまったのだろうと彼は後悔した。真っ暗闇の森の中。
立ち上がらずにずっとここにいれば、何も知ることなく過ごせたかもしれないのに。

やるせない思いが満ちてきて、彼は自らを笑った。
求めても無駄な物を求め続けた日々を思うと虚しくなった。
なんだか、自分の意志とは無関係につめたいものが体中に広がっていく気がした。
彼は・・・・この自分自身がねじ切れてしまいそうな、暗い冷たい気持ちが何というものか、
どんな名前であるか知らなかった。そこだけ抜け落ちているかのように。
人間のように嘆くことも出来ず、涙を流し泣くことすらかなわず。
ただ一つ分かったのは、自分は「何者でもなかった」という事だけ。
掴んだ答えの虚しさに笑いが込み上げてきた。

そうして彼は、生きることを諦めた。





世界のどこにも、自分の事を知っている者が居ないというのは、どういう事なんだろうなぁ?
だが、冷静に考えればどんな奴でも初めはそういうもんだ。
零から積み上げていってようやく、関係とか思い出とかは出来ていくもんだからな。
しかし、こいつは「過去」というものに囚われすぎていた。
今から関係を積み上げていくのではなく、存在した筈の「過去」を追い求めてしまった。
・・・・言葉を知っていたからな。誰かに教えられた記憶なんて、どこにもないってぇのに。
そのことが、なにもない自分に「かつて過去があった」という自覚を与えた。
然しだな、知っているだけでは無意味な事だって、世の中にはある。
むしろ、本当に何も知らない状態で目を覚ました方が、奴にとっちゃ幸せだったんじゃねぇかと思うな。

奴は、長い間一カ所に留まる事はしなかった。
というか、出来なかったんだろーな。

自分の影を見たことがあるかぃ?
お日様の下を歩いたら、アンタの後ろにできるあれだ。
想像して頂きたい。あの影が自分を無視して立ち上がってその辺を歩き回ってるんだ。

これは、人間にとっちゃ気持ち悪ぃ事だよな。
独立した影。人々は無論それを恐れた。逃げ出したり泣き出したりする奴も多かっただろうな。
ま、びびって当然って話でもあるが・・・とにかく異質な物に対して人間ってのは容赦無いからな。
仕方なかったんだ。こういう言い方は、悲しくもあるが。

さて、長い間自分を捕らえて離さなかった、過去を求める気持ちが失せて、奴は一体どうしたんだろーな?




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