2楽章

『お前は異形だ、ヒトの形を模した化け物め!』
何もする気が起きないので、森の中でひたすら眠っていた彼は、旅をしていた頃に
どこかの神父に言われた言葉を思い出し、ふいに目を覚ました。
生きることを諦めた日から、死ぬことばかり考えているのだが
彼はすぐに自分が異常である事に気付いた。
なぜか、死ぬ事ができない。
長時間飲まず食わずで居ても、眠らなくても、休まなくても、平気であった。
そのうえ剣を用いても、魔法を用いてもこの身に傷一つ付かない。
人が苦しむ寒さや暑さも自分は何も感じない。
人で無い者を異形と呼ぶのか?
しかし異形はどうにかすれば倒すことが出来る。
自分は何なのか。
消えてしまいたいのに消えることすら出来ないとは、何とも惨めな存在ではないか。

どこの誰でもいい。
俺を殺してくれないか?

ヒトが感じるはずの飢えも乾きも疲労も・・・痛みすらも感じない彼は、己の身を憎んだ。
彼は再び森を出て、戦場を巡った。
どこかの戦場で誰かが自分を殺してくれはしないかと、各地を渡り歩いた。
死ねない。何人たりとも彼に死を与えてはくれなかった。
やはり傷すら付かない。どんなに大きな戦いであっても、彼は無傷であった。
自分のこの身体は、物質をすり抜けてしまうのかもしれない。

ある戦いの最中そのことに気付いた時、彼はやはり自分は人では無いのだ、と思った。
人間ならば、とうの昔に死んでいる筈だ。
なぜ生きる事を放棄する道すら断たれているのだろう
神がもし実在するならば、何と残酷な奴だろう。
こんな自分を見て笑っているのだろうと思うと、彼は陰鬱な気分になった。

怒りが彼に力を与えた。
その瞬間、攻防の最中に突然光が爆ぜたとのちに後続の兵は証言している。
一瞬だった。本当にあっけなく光が爆ぜ、そして後には――――

ふと気付けば、彼の周りには人間の骸が積み重なっていた。
敵も味方もなく、一様に焼け焦げている。
それを見た両軍は、慌てて兵を引き上げた。
残されたのは彼一人と大量の屍のみ。乾いた荒野では、砂埃が舞っていた。


しばらく彼は、自分の力について考えていた。
自分のどこにそんな力があったのか。世界中を彷徨っていた間にも気付かなかった。
べつにあの瞬間、危機に瀕した訳ではない。
(神への・・・怒りか?)
それとも、自分への怒りか。
恐らくは両方だろうと彼は思った。
この過去も居場所も持たぬ無意味な存在を世界に産み落とした神。
見えない何かへの怒りが力の引き金になっている。

もしかしたら俺は、何かの罰を受けているのかもしれない。
例えば、神に喧嘩をふっかけた報いと考えればこの境遇にも納得がいくのではないか?
ぼんやりと、彼はそんな事を考えた。

考えているうちに、これまで感じたことの無い頭痛がしてきた。
『こわしてしまえ。お前にはそれが出来る―――――』

頭の中で、声が聞こえた。誰のものかは分からない。
聞いたことがあるような、まるで無いような・・・
あるいは過去の自分の?なぜか分からないが、頭が締め付けられるように痛い。
彼はその声を打ち消すかのように、力を放った。
どこか遠くで何かが崩れる音がした。


異形っつーのは、要するに「人でない何か」の総称みたいなもんだ。
この頃の人間達にとっては、不気味なものや分からないものは虫でも植物でも異形だった。
「人外の魔物」のみを示す言葉になるのは、もーちょい後の時代の話だ。
ま、んなこたぁどーでもいい。

生きることを諦めるというのは、死んだように生きるか死ぬかの二者択一なんだが、
ご覧の通り、奴に待ち受けていたのは非常に不様な展開だ。
何てったって人じゃないんだからな、
人を殺すための道具で死ねなくて当然っちゃそうなんだが・・・
しかしだ、奴はどのみち人間の中に溶け込むことができないならば、人間に殺して貰おうと思った。
人間でないものを殺せるのは、人間だけだと思ったんだろうな。
ところがどっこい死にやしねぇ。

人間に対する期待はまたしても崩れた。
だったらもう一切期待なんざしねぇ、と奴は誓ったのかもしれない。


翌朝、クラングファルベの城下町はちょっとした騒ぎであった。
「ほ、本当なんです!山が・・・山が消えちまったんでさ」
「何を戯けた事を。寝言は寝てから言えっ!!」門番は寝不足でいらついていた。
おそらく朝一番で異変を知らせに来たであろう山のふもとの村人は
開門を早めて欲しい気持ちでいっぱいだった。
こんなことは初めてだった。これからどうすればいいのかさっぱり分からない。
恐ろしい事の前触れではないか、と領主に報告しなければ不安は押さえられそうにない。

ふらふらと、影は歩いていた。相変わらず謎の頭痛は続いている。
昨日力を放った方向を日が昇ってから見て驚いた。山がごりっと削れてしまっている。
だいたい全体の三分の一ぐらいであろうか。流石に唖然とした。
何故自分にこんな力があるのか。
ただ死にたいだけの存在が強大な力を持つという矛盾。

彼は試しに自分を照準にして力を放ってみた。
みずからの頭上から身体を貫くように雷が走った。
周辺の草や土が焦げているにも関わらず、彼は無傷だった。
そうして彼は、世界の全てに絶望した。

自分の存在にも力にも意味がない。
ましてやこの世界など、もうどうでもいい。
心の奥底で滅びを望む者達の群れに、彼は再び身を投じる。


どいつもこいつも弱い。弱過ぎてまるで話にならない。
彼はうんざりしていた。白刃を胸に突き立てられても高度な術を放たれても
まったく意味が無かった。全ての攻撃は彼の存在を無視するかの如く、通り過ぎて行く。

『滅ぼしてしまえ』いつものように、声が聞こえる。頭痛がする。
(てめぇは何なんだ?)彼は苛立ちながら、ただ戦火の中につっ立っていた。
『何もかも怒りの業火で焼き尽くしてしまえ。壊してしまえ。お前は滅ぼす者になれる。開けばいい、扉を。
 お前には力がある。この世界に滅びをもたらす力が』
(黙れ。そんなもん意味ねぇよ)
俺は滅ぼしたい訳じゃない。ただ自分一人を世界から葬り去りたいだけだ。
『まだお前は世界に未練があるのかね?お前に何も与えなかったものに』
記憶も過去も、
そして“死”すらもお前には与えられることが無いと言うのに。
(なんなんだよ・・・・)
俺は、そしてお前は。頭にまた、痛みが走った。

『その怒り、苛立ち、存在への憎しみこそが私だ』嘲笑うかのような、声が頭の中で響く。
『殺してしまえ。
お前を仕留めることも出来ない弱き者達を片っ端から壊してやろう――――愚か者に未来は要らない』
おろかものに未来は要らない。
愚か者に未来はいらない。

なにかが、彼の中で弾けた。
途端、膨大な風が彼の周囲から戦地を覆うように放たれた。
「うわぁああああぁああっ!」近くで、いや遠くで?
何百人もの叫び声が聞こえた。
兵士達は瞬時にして風圧で手や足が飛んでしまった。真っ二つに裂かれ絶命した者も居る。
しかし彼等にとっては一瞬の出来事だったため、何故こうなったか全く分からない。
呻き声や泣き声が重なって阿鼻叫喚の惨状を作り上げている。

(ああ、結局はこうなるんだな・・・)
血の海の中で彼は、我に返った。頭痛は止んでいる。声も聞こえない。
(もしかしたら俺は、死神なのかもしれない)
彼は死に損ないに止めを刺すべく、炎を放った。
ごうごう音を立てて兵士達を焼きながら燃え上がる炎の中、彼は笑った。
そうだな。過去もなく、死ぬことも出来ないならばいっそ、それになろうか。
死神に。滅びをもたらす者に。


――――そして扉が開いた。
ただ死にたかっただけの奴が、絶望に身を任せ力を解き放った。

干渉者、という至極悪趣味な奴がだな、この世界には居るらしい。正式な名前は俺ぁ知らねぇ。
あの時アイツをそそのかしたのは、その干渉者だった。本人は気付いてないみてぇだが。
戦が死ぬほど好きな奴でなぁ、やたらと火に油を注ぎたがる。どこか一国を贔屓にする訳でなく、
まんべんなく裏から手を回す。もっと戦いが酷くなるように、長引くように、多く人が死ぬように。
世界をぶっ壊す事よりも、ある意味じゃあタチが悪いと思わねえかぃ?
そいつの存在は、ごく一部の人間は知っているが、
誰もがみんな知ってるって訳じゃなく
知っている人間たちも全てを知っているとは言えない。

ま、謎多き存在ってやつだな。正体も居場所も目的も不明だ。
分かってるのはただ争い事が好きな変人ってことだけ。な、悪趣味だろ?
だけども、奴にとっては遠慮無くただ純粋な自分自身の怒りでもって力を行使する引き金になってしまった。

世界へ解き放たれたアイツは殺戮の化身となった。





「知ってるか・・・“悪魔”の噂」
「なんですか、それ」
「正体不明の襲撃者だよ。あちこちの戦場に現れて、敵も味方も粉みじんにして去っていく・・・」
「あとに残るは屍のみ、ってやつですか?」ありがちな話だなぁ、と思った。
「信じてないだろお前!」
「だって、嘘くさいじゃないですか!怪談話以下ですよ!!」
「いや、こればっかりは妄想でも何でもなく、本当に居るらしいぜ」
居るらしい、と言っている時点で既にその存在が怪しいような気もするが。
「そう・・・なんですか?」それはそれで凄まじい話である。
「今もどこかの戦場で、それは人間を叩きのめしているのかもしれない」慈悲もなく容赦もなく。
「じゃあ、いつか俺たちも出会うのかもしれませんね・・・・」
出会った時は自分の時計が止まる時か。それとも悪魔と出会って生き延びることが出来るのか。
いつでも命懸けなこの場において、人の情も通じぬ相手に出会ったら一体どうなるのか。
誰にも分からない事だと思いつつ、ぞっとした。

・・・こんな感じで、彼の所業はじわじわと各地に広がっていった。
ただの噂だと言い張る者も居れば、信じる者も居た。
具体的にどこの戦場で何人殺されたかは、数えた者が居ないから分からない。
ただ、戦地に身を置く者達は心のどこかで彼が実在することを乞い願った。
自分が相手を殺すより先に、相手が自分を殺すより先に、
圧倒的な力で苦痛もなく自分を消してはくれないかと。

その願いに呼応するかのように、それは現れる。
欠片ほどの容赦もなく、瞬時にして平然と多くの人に死をもたらした。
その正体は何であるか分からない。
ゆえに彼は、人々からこう呼ばれた。

“戦場の悪魔”と。




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