てるてる編・其の十二



もしその約束が果たせるならば、
心残りなどなにもない。

ただ子等の幸せを願おう。
とこしえに。


                

 召喚士と知恵者 

原石は可能性を秘めている。
遠い未来に、誰かのために輝くという可能性を。

ゆえに知恵者は器の素体に原石を使用した。
十三元素を司る石。


「まぁ……君の意志は固いようだから止めはしないさ。ただ……」
「何でしょう」
「終わりのない魔法は無いから、この世界にある以上、いつかは壊れると思っていた方がいいよ。
 その時はどうするね、知恵者どの?」
金の髪の召喚士はからかうように言った。
「ですからこれは、ほんの一時の……自己満足にすぎません」
「ふむ。いつかは終わらなければならないということか」
「そういうことです。要は私のエゴですよ。
 大きな流れにとっては、ほんの一瞬にすぎなくても、犠牲者を減らしたい、という……ね」

しばらく、言葉の続きを考えるように黙っていたが、
召喚士はこの傷心の知恵者の答えが気に入った。

「まぁいいさ。世界はそういうもので回っているからね。
 引き受けよう」
「ありがとうございます」

知恵者が去った後、召喚士はひとり呟いた。
「……どう繋がるかは、分からないな。吉と出るか凶と出るか」
分からないから、面白いのだろうけど。
とおい未来の人々は、この決断を否定するだろうか?

(全ては、賭けてみなければ始まらない)
上等だ。
どうなるか分からないからこそ、やりがいがある。
「精霊と宝珠を結びつける、か……」
さながら縁結びだなと思いながら、召喚士は原石を手にする。
「誰も彼もが幸せになれるなら、それが一番良いんだけどねぇ」

                

 凍結と瓦解 

赤は自分の存在の核たる器が、氷柱に浸食されていくのを感じた。
そこに蓄積されていた氣さえも、凍り付き、崩れはじめる。
(なにもかもすべてを、凍てつかせる……)
意識がもうろうとする、というのはこういう感覚のことを言うのだろうか。

『赤ッ!?』
さらさらと、崩れ落ちていく。
自分だと思っていた存在が。
『巨大な力……あの子は……マスターが作りだしたものを……滅ぼそうとしている』
わたしたちはそれを、止めることはできないのか。

世界の片隅で、静かにゆっくりと自分たちは終わろうとしている。
この空間も崩れ去る。
自分たちは流れをつくるものだった、と思う。
ゆるやかで正常な流れ。
人にとっては、あたりまえのように思っているものかもしれないけど。
見えない物を運んでいた。

(神去りてなお、地には光を……)

知恵者が時々呟いていた、祈りの言葉。
すべては光から生まれ出た。私も、戻るということなのか。
(何も、守れずに?)

細かな氷の粒となり、器が消えていく。
さいごに赤が見たのは、消えゆく器に向かって手を伸ばす雹。
何かを掴んで、悪意に満ちた笑みを浮かんだ。

『マジかよ……おぃ、赤!!』
『消え、た?』
動揺した他のてるてるにも、容赦なく氷柱が飛ぶ。
『どうしろっていうの!?』
器が壊されたら、私達はもう存在できないのかもしれない。
それは人にとっての【死】と、同じことではないのか?

始まりも終わりも無いはずの精霊たちに、
消滅の危機が迫っていた。

                

 ちいさな祈りと黄金の針 

(何だろう、この感じは……)
ざわざわする。イツキは落ち着かない気分になった。
鍋をかき混ぜていたお玉を置いて、古びたカウンターの片隅を見る。
「輝きが、鈍くなってる?」
いつでも笑顔のあの冬の精は、どこに行ってしまったのだろう。
「戻ってきて……くれるんですよね?」
ふいに、誰も彼もが自分を置き去りにしてしまう光景が脳裏を過ぎった。
掌にダイアモンドとサファイア、二つの宝珠をのせて囁く。
「……戻ってきて、くれますよね」
宝珠の精、アイスカルト、そうして、帰ってくるよと言って出て行ったこの店の主。
「フォルテさんも、ラルゴ君も……無事でいてください」
神様のいない世界だから、誰に祈ればいいのか分からないけれど。
それでも、なにかに祈らずにはいられない。


避けそびれた、と思った時は遅かった。
胸元に目を落とすと、雹の作りだした氷柱に貫かれている。
(なんてこったい……)
ここまできて、どうにもできないなんて。
指先から容赦なく、己の存在が散っていく。
『……ここまでか……』

そんなのは嫌だ。何か、なにかないのだろうか。
現状を打破することのできるきっかけ。
さらさらと氷の粒に変わって行く半身の向こうに、何かがきらめいた。
『…………光……?』

まさか。
幻ではないのか。緑は目を疑った。
だってここは、完全な空間。肉体を持った人間が来れるはずがない。
『召喚士さん?』
あの娘は、来たというのか。
氷柱に浸食されていく器。崩れゆく管理システムの中枢。
すべてが闇に覆われようとしている時に、黄金の針が現れた。
未来さえも切り開く、美しい女神の持物。

雹の目の前に突き刺さった針から輝きがあふれ、召喚士フォルテの姿となった。

                

 信頼と使命 

金の針を持った女神は、フォルテの精神体を管理システムの内部に送り届けた。
システムの外側から、精神体を同化させたユールベントを打ち込んだのだ。
(肉体を捨ててきたのか)
なんて馬鹿な人間だ。
空の肉体を襲えば精神体も滅びるではないか。

『来やがったぜラルゴ、3時の方向から2体!』
鴉の形をした影が飛んでくる。
フォルテの身体はアンティフォナーレが書いた陣の中に横たわっている。
それを庇うように立ち、ラルゴは飛んできた影をたたき落とした。
『羊羹なのかなっ? あ、反対側からも来るッ』
「りょーかい!」
ばさりばさりと、羊羹をぶった切るラルゴの使命は「フォルテを守ること」であった。
人に入れない空間へ行くためには、精神だけの存在にならなければいけない。
眠りの中で、夢をみている時のように。
聖域の遺跡の中で、孤軍奮闘しながらも、ラルゴは召喚士の無事を祈っていた。
(どうか、無事に帰ってきて下さい……精霊様達も一緒に)
俺は一人で地道に世界のあちこち歩くなんて嫌ですよ?
あなたがいなきゃ。

『おらおら、ぼさっとしてんなラルゴぉ!!』
宝珠の精たちも、手伝ってくれているようだ。一瞬だけ炎や氷が見える。
「ああ、ごめんよ!!」
彼は再び、フォルテを守るべく剣を構えた。


「うわー、なんてゆーか愛!ですね」
「頑張ってるわねラルゴ君……」
アダージョが水鏡に映したラルゴの姿を、他の局員がはらはらしながら見守っていた。
「てめーら……仕事はどうした」
「リットさん、今いいとこなんですから水を差さないでくださいッ」
「遠見の術か、アダージョもやるようになったなぁ」
「センプレが潰れても探偵とか占い師で食っていけるぞ」
「グランさん、それって誉めてます?」
「一応な」
「うわーい♪」
無邪気に喜ぶアダージョの隣で、スビトは思う。
(ふたりが無事に帰ってきたら、一緒に美味しいものを食べに行こう)
人知れずがんばっているこの二人が、報われないなんてあってはいけない。
(……がんばって)
無意識のうちに、両手を祈りの形に握りしめていた。

                

 叫びと沈黙 

『油断したな。……お前達は、本当に愚かだ』
光があれば、それを見ずにはいられないのか。
『てめぇ……』
ほんの一瞬、黄金の針に目を奪われたその隙に、雹は氷柱を打ち込んできた。
感じたのは痛みではない。虚ろなものが自らを食い潰していく。
それは冷たさゆえに、一切の動きを奪い去り器を浸食する。
『消えたくないよ……こんな、中途半端な所で終われないよ……!』
その言葉とは裏腹に、身体が氷の粒と化していく。
『雹、器を壊して私達を滅ぼして……それでどうするっていうんですか!?』
さらさら、さらさらと、容赦なく崩れ落ちる。
『答えてよ、なにか言って! マスターはこんなこと望まなかった!』
この叫びは届かないのだろうか。
黒き悪魔に汚染されている、あの幼子に。


忘却の大陸、神木の傍らで花輪を作っていた少女はふいに空を見上げた。
(あれ……なんだろう)
何かがおかしい気がした。
「空に何か、浮かんでる?」
神木に宿りし精霊は、少女の目を通じてそのものを見た。
『あれは……この世界を守るためのもの』
「御神木様?」
『こちらからは見えないはず……どちらでもない場所にあるのだから』
「……どちらでもない、ばしょ?」
『本来なら見えるはずがない。それが見えると言うことは……』
なにかが起こっている。空に浮かぶ巨大な球体にはヒビが入っている。
各地の変異と関わりがあるのだろうか?

「だけど……それでも、世界は続くんじゃないかなぁ」
少女がぽつりと呟いた。
『なぜ、そのように思う……?』
「空から落ちてきた火の玉を、輝く龍が食べちゃった時に思ったの。
どんなことが起きても不思議じゃないんだ……って」
『そうだな……私も、精霊でありながら患うことがあるとは思わなかった』
「守る必要がなくなったから、あれが壊れるのかもしれない……」
ぎゃくてんの発想、とかいうやつだ。

得体のしれない“羊羹”なんてものが蔓延るこの世界だけど、
信じるに足るものがある。
「宝珠は回収に来ますので、よろしくお願いします・って簡単に言い残していったけど、
口で言うほど簡単じゃないはず……」
『それでも、成し遂げるのでしょうね。あの人間は、そういう目をしていた……』
叶えるべき約束のために、どんな無茶でもしてくれそうな強靱な瞳。

世の中に予期せぬ出来事は沢山ある。
いつどこで、何が起きるかなんてきっと誰にも分からない。それでも。
「勝手かもしれないけど、信じてるの。私を助けてくれた、あの人達のことを」

                

 魔女と弟子 

「師匠は、召喚術は使わないんですか?」
「……私にも、使えない術がいくつかある」
「意外です」
あらゆる場所の魔術や呪法を知っているこの魔女に、できないことがあるとは。
「正しくは……使うことを自らに禁じている。
仮に私が精霊を呼び出したとしても……異形や闇の眷属が現れるだろうな」
「どうしてですか!?」
「私はこの世界に呪われているからな。まぁ、それはどうでもいい。
 なぜ召喚術が廃れてしまったか分かるか」
「異形を呼び出して、戦争に使う国がいっぱい居たから……ですか?」
「それもある。召喚士というのは、見えざる存在である精霊を人々の前に表すことができる」
「良いこと……なんじゃないんですか」
「いつの時代も、奇跡を喜ばない連中がいる」
「……ノージュ教では、神様の姿は絵にしちゃいけないんでしたっけ」
「連中にとって神と精霊の違いはどうでもいいことなんだろう、きっと」
「んじゃあ、神殿とか教会とかに迫害されて数が減っちゃったって事ですか?」
「破魔一族もそうだな……色んな連中から目の敵にされていた訳だ」

むう、と唸って弟子が口を開く。
「……それでも、召喚士って……居るんですよね?」
「多分。私は出歩かないから知らないが……居るはずだ」
「すごいですねぇ」
「人と精霊の間に立つ者は、いつの時代も必要なんだよ。本当は」
「どうしてですか?」
「認識によって、世界は変わる。見えない何かが自分たちを支えてくれていると……
 我々が信じることで、精霊達も力を増すそうだ」
「……相互作用ってことですかね」
「そうだ。正常な流れを保つためには……どちらが欠けてもいけない」
人と精霊と。持ちつ持たれつやってきている。
「だから召喚士は、見えないものを見せることができるんですね」
「インチキだと信じない連中にとっては、それが一番の薬だからな」

                

 風と見えざる手 

赤は、風と化していた。
いままで見ていたのが全て幻だったかのような、とても清々しい気分。
器に宿る前の自分は、確かにこうして存在していたような気がする。
ぼんやりとにじむ世界。
(ああそうだ、見えるものも違うのね……)
器が奪われ、宿るべき場所がなくなってしまった。
(たしかそう、あの時の召喚士は)

「正直に言おう。先がどうなるかは分からない。
 いつか器が壊れるのかもしれないし、その時ほかの召喚士がいるとも限らない。
 多分、君達が器と一緒に消えてしまう事はないと思うけど……」
『もともと精霊は消えたりはしませんもの。大丈夫ですわ』

(消えたりはしない……そう、ほんの一時眠りにつけば、再び生まれ直す……)
転生というよりは、再生。そのサイクルも人間とは比較にならないほど長い。

(それでも今、わたしは……)
消えかかっている気がする。愛すべきこの世界から。
(……フリューリング)
人に与えられた名がある。共に過ごした人がいる。
それから、助けてくれた人や精霊も。
思い出が、どこからか溢れた。覚えている。人々の笑顔。
あの閉ざされた空間から解放された時の歓喜。
(……消えたくない……!)

願いとは裏腹に、赤の意識は遠くなっていく。
どこかへ向かって落ちていく。
(駄目だ……もう……)
マスター、私達はあの子をどうすればよかったんですか?
私達の誰もが、その正しい答えを知らない。

いずこかに向かって落ちていく刹那、
ふわり、と誰かのてのひらに包まれたような気がした。
(え……?)
何故、という戸惑いと安堵感。
その見えぬ手に導かれるまま、赤は浮上してゆく。

                

 言霊と憎悪 

認識されることによって、世界は変わる。
目に見えなくとも、世界を守る存在がいるのだと、召喚士は人々に信じさせた。
だから、消えてはいけない。
信じている人がいる。
沢山の人に、必要とされている。
もどれ。
戻れ、戻れ。

「消えるな!!」

その声は、崩れ去ろうとしている空間いっぱいに響いた。
消えゆくてるてる達の耳にも届いていたが、
雹が原石を奪い取った途端、無情にも彼女たちの姿は消えた。


『何もかも、無駄。すべては消えた』
雹の周りには、13の石が浮かんでいる。
器に使われていた原石だろうか。
「ずいぶん、姿が変わったわねぇ……」
『何しに来た』
内心、てるてるが消えたことに焦っているがあくまで強気な態度を崩さずに言う。
「あんたに渡すもんがあったんだけどさ」
足元に大きなひびが入る。
がらがらと空間の外壁が落ちてくるが、物怖じせずに、娘はこちらを見ている。
揺るぎない瞳が忌々しかった。
えぐり出してやりたいと思うほど、強く美しい輝き。
『……目障りだ』
奪い取った原石を一つに集め、力を集約する。
『消えろ』
フォルテに向かって、膨大な氣が放たれる。
召喚士はそれを真っ向から受け止めた。
避けてどうなるものでもない。

その姿を空間の外から見ていたアンティフォナーレは苦笑した。
「精神体とはいえ、よくあんな無茶ができるの……」

                

 消失と、輝く霧 

かつて黒であったものは、今輝く霧がいちめんに広がる場所にいた。
自らに形は無く、見ていると思っている景色だって本当は違うのかも知れない。
ここが始まりだったのか、それともここで終わるのだろうか。

(もともと、無理な話だったのかな……?)
人と同じ形をとるということが。
どんなに似せていても、そこには隔たりがあったのだろうか。

諦めのようなものが、紫を支配していた。
(……わたしたちは、あるべき姿に戻るのか)
大気の中を漂い、風を動かし季節を運ぶ。
器が壊れてしまった。
もうどこにも帰れない。己を形作ることができない。
氣を蓄えることも、何もできない。

(どうすればいいんでしょう)
(私達、もう何もできないの?)
あんな理不尽な、黒き悪魔に負けて終わるんだろうか。
本当の雹に会えないまま。
マスターが作りだしたシステムを守ることもできず。
(……本当に何もできないんだとすれば、私達のこの意識は何なのかしら……)
なぜ会話が成り立っているのだろう。

『人の子らが、そして精霊達が願っているからです……』

(誰だ!?)

その声は、慈愛に満ちていて美しい。
何故か、声の主をとてもよく知っているような気がした。
ずっと昔から……器に宿る前から知っている、懐かしい声。
輝く霧の中、てるてる達は姿無き声の主を探したが、
その姿を捉えることはできなかった。

               

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