てるてる編・其の十一



完全なる空間に浮かぶ球体。
それは彼女のために作られた。
外界から流れる氣を蓄え、生かすために。

いつかだれかが、
彼女を救ってくれると信じて。



                  

 胎動 

「ここは……」
「管理システムの内部、だね」
「でもなんか様子が変だよっ!?」
普段は青一面の半球ドームのような空間が、今は墨を落としたように真っ黒になっている。
ところどころ虫に食われたような数字たちが辺りに漂う。
中心部にあったはずの球体が見えない。
「オレ達が閉じこめられてた時よりひどくなってねぇか……?」
「誰がここに羊羹を仕掛けたのかしら。人には入れないはずなのに」
「たしか……ヒョウが眠っていたのもここですよね」
「多分そうだったと思う。マスターはここを完全なる空間として創った」
「うちらも年に一度来るか来ないかだもんねぇ……」
紫が自分の姿を見下ろしたのち、仲間達を見回した。
この空間をどうにかしようと思っても、自分たちは初期化されている。
「……私達がこの状態じゃどうすることもできないわね」
制服姿に戻ってしまった。
「そうだね、ここ、閉ざされた空間だから氣の通り道もないし……」

ずずん……と地鳴りがした。
「へっ?」
「何ですか、この感じ……」
赤が怯えたように腕を組んだ。
「この空間が……揺れている?」
空間を球体に例えるなら、それを誰かが外から揺さぶっているかのような振動。
実体を持たない彼女達にも、
なにか異常なことが起こっているということだけは分かっていた。

飛び交う数字たちが、ちかちかと発光する。
「なにかを……知らせようとしてる?」
ずぅん……とまた音がする。
地上で起こる地震という現象に似ているのかもしれないと紺は思った。
「ヒョウ……ここにいるんでしょう!?」
叫んだ声に対する返事はない。

ただ、空間の中心にあった球体が、蛍火色に輝いた。

                  

 迷い子達は何思う 

フォルテは考えていた。
白い髪の少女、雹のことを。
亡くなった娘を模して創られたという“器”
(なりそこないの、大精霊……)
気が遠くなるほどの歳月を、凍結されたまま存在していた。
(……何もかも、人の勝手といえばそれまでだけど)
無意識に唇を噛んでいた。
だからってあんまりじゃないのか。
創り出した者には責任があるはずだ。
(いいや、創ってしまったからこそ壊せないのか)
だからといって自分は……それに、精霊サマ方はあの子をどうするつもりなのだろう。
考えているうちに頭が痛くなってきた。

「憤っているようだね」
からかうように、ティオ・レザンが言った。
「そりゃー、憤るでしょうよ」
怒りの矛先をどこに向ければいいのか分からない。
もやもやした感情が胃の中で回っているような気がする。
偽物の記憶を植え付けられた雹。真実を歪められたまま、周りの全てと戦おうとしている。
「つまり、ものすごぉおおく、性格の悪い羊羹汚染……ってことなのかしら」

「ふふ、その通りだね。君の言う通り、性格が悪い。美しくない」
美しさは関係ないと思うのだが、突っ込んだら負けのような気もする。
「君は、対峙して気付かなかったかな・・・」
「なんのこと?」
「彼女もまた、迷い子だよ。見失っている」

迷子。
ああ、確かにあの子にぴったりの言葉。
これ以上ないってくらい、雹のことを言い表している。

然し、なんだってアンタは何でも知ってるんだと問おうとした時、ティオ・レザンは肩をすくめた。
「……おっと、ここまでだね。僕はそろそろ退散しよう」
「退散って、なんでよ」
「君の片羽が……迎えに来る」
そう言って、笑みを浮かべ、虚空を見上げた。

                  

 砕かれた揺りかご 

それは完全を意味する球の形をしていた。
うすい玻璃のような素材で出来ているのに、触れるとほのかに温かい。
凍結されていた頃、自分を閉じこめていたものだ。

解放しろ。開放しろ。
(そうか、ボクを目覚めさせたのは……)
植え付けられたこの力。
これが何かは分からない。
だけど、もういい。
どうでもいい。
解き放つべき場所はここだ。

ヒョウが手を触れると、いともあっさりと砕けた。
粉々になった霧は彼女の身体にまとわりつく。
そうして、再び球の形を成し、彼女を閉じこめようとする。
(させるか)
目を見開いて両手を広げ、ヒョウは己の内にある、黒き悪魔の力を解放した。

球体の表面が打ち震え、蛍火色の光を発する。
その内側にあるものの変容を手助けするかのように。

思えば、この球体だけがこの世でただ一つ自分のために有った物ではないのか?
ヒョウはふいに微笑んだ。
異質な力が球体の中に満ちていく。

(ボクは誰からも必要とされなかった)

誰からも必要とされない存在は消え去るべきだ。
それができないならば、目障りな輝きそのものを打ち砕いてやる。
存在意義という名の輝ける光。
求められることと愛されることは同じだ。
(なにもない。ボクには…………なにもない)

輝きを滅ぼせば、それを得ることもできるだろう。
できるはずだ。

                  

 神々の道 

アンティフォナーレは、金の針を素早く動かし、虚空に何かを書き殴った。
空間を繋ぐ道を作るための言葉。
この場にいる誰もが知ることのかなわない神代の言葉。
何が起こるのかなぁと期待に満ちた眼差しでアダージョが眺めていると、
銀色の扉が現れた。つるつるぴかぴかしていて、とても立派だ。
その扉は、音もなく開いた。主を受け入れるように。

『道は繋がれた。行くぞ、若造』
「はいっ!」
「気を付けてねラルゴ君っ!!」ぶんぶんと勢いよく手を振っているアダージョの隣で、
「……二人で、戻って来い」
神術使いはどこまでもクールに言い放った。

扉の向こうに降り立つと、奇妙な光景が広がっていた。白と黒の絵の具が混ざり合い
ぐちゃぐちゃになっている。あまり見ていて楽しいものではない、と足下に目を落とすと紋様が広がっている。
「うわっ、何ですかこれ」
光り輝く円の中に、対の羽根か炎のような紋様が浮いている。
『お守りみたいなものだ。それより……あまり喋ると舌をかむぞ』
(えっ?)
問い返す間もなく、自分が紋様と共に急激に動いているのを感じた。
(動いているというか……運ばれてるというか)
ひっぱられている。
何か巨大なものに。
ターコイズの力で移動する時より、はるかに大きく荒々しい力。
空色の瞳の女神は、ラルゴの傍らで腕を組み、前を見据えている。
「……なにか、邪魔をしているものがあるな」
わずかに速度が遅くなった。
「だ、大丈夫なんですか? い……行き止まりみたいに見えますけど」
正しく言うと、それは巨大な鏡であった。空間を繋ぐ道いっぱいに広がっている。
『我が針に越えられぬものなど無いっ! 征くぞ!!』
「えぇえええっ!?」
強行突破。女神にもかかわらず、なんと男らしい選択だろう。
アンティフォナーレは腰帯から黄金の針を抜き、巨大な鏡に突き立てた。
『切り裂け、ユールベント』
ラルゴは思わず目を閉じ、手の中に握りしめたオパールに祈った。

                  

 変容せし者 

蛍火色の光が爆ぜた。
その途端、地鳴りが消えて静寂が訪れた。

『雹……?』
その言葉に反応して、それはこちらを見た。
真っ白な長い髪、伸びた四肢。
その瞳にあるのは深い絶望と憎しみ。
誰もが言葉を失った。
雹は、姿を変えた。同時に、性質も変わっている。

『……名前なんて、ない』
その名を呼んでくれたひとは、もういなくなってしまった。
大切な人だったのに、自分の世界に戻ってしまった。
きっと僕のことなんてすぐに忘れてしまうに違いない。

『おぃ、様子が変だぞアイツ!?』
『大きくなっちゃってるよ? どういうことなのっ』
ぼそぼそと言い合っている黒とブラック以外の全員が驚愕していた。
雹の周囲に巨大な氷柱ができあがっていく。

『初めから、なにもない』
その言葉と同時に、氷柱がてるてる達の方へ飛んできた。
慌ててかわしたが、背後でばきん、と大きな音がした。
『え……!?』
砕けた氷柱から、青緑色の霧が立ち上った。
それは空間を浸食し、綻びを大きくする。

空間が割れてゆく。みしみしと軋む音をたてながら。
『うそでしょ……?』
真っ暗な闇に生じたひび割れの中に、浮いていた数字が呑み込まれていく。

『ど、どうしようっ』
黒がおろおろしながら紺に言ったが、
こんなものの直し方など、知っているわけがない。
完全と称されたものが、こんなにあっさりと崩れるのか?
(仮に……直す方法を知っている者が居るとすれば、マスターだけだ!)
でもその人はとっくの昔に死んでいて
広い世界のどこを探したって、もう居ない。

それでも、ただ闇にのまれていくことなんかできない。
空間の崩壊は、管理システムそのものの崩壊。
『ここを守らなければ……』
赤はそう呟いて、雹へと向かっていった。
『待って、赤!』『行っては駄目!!』

『やめてください、雹』
面倒くさそうに、雹は赤を見た。
その眼差しに、少女の面影はない。

みえる。赤色のと、緑色の。
『……よこせ』
槍の形をした氷柱が、赤の心臓部を貫いた。

                  

 鏡の向こう側 

闇を切り裂いて、彼等はやってきた。
金色の光の中に立っていたのは……
「フォルテさん!?」
驚きに目を見開いた青年の、無駄に長い髪が妙になつかしい。
「ラルゴ……」
安堵と同時に、疑問が湧いた。
お前、どうやってこんな所に来たんだ?
「来てくれると信じてた割に、結構な言い草だね」
「声に出したつもりはなかったんだけどね」
「ふふ、顔に書いてあるよ」
つくづく、この魔族には敵わねぇなぁ、とフォルテは思った。
「なんで助けてくれたのか、よくわからないけど……色々、ありがと」
「どういたしまして。それじゃあ、頑張ってね」
その言葉と共に、気まぐれな魔族、ティオ・レザンは消え去った。
静かな闇に溶け込むように。

(まぁ、縁があったらまた会えるでしょう)
今は自分のやるべきことをしなければ。
フォルテは拳をにぎりしめ、掟破りの相方に向き直った。

紋章の上に立つラルゴの傍らに、まばゆい光を放つ、金髪の女性がいる。
(黄金の針の、守り手……!)
なんということだ。神術使いに高い高い貸しを作ってしまうことになる。
呆然と立ちつくすフォルテの前に、ラルゴが手をさしのべた。
「もどりましょう」
「……あぁ、戻ろう」
手を取ると、体温を感じた。
(私もラルゴも、生きている)
そのことが、何だか妙にありがたかった。
『では、行くぞ』
鈴の鳴るような声で女神が言った。

紋章が輝きを増し、白と黒とがごちゃまぜになった空間を、急激に上昇していく。
これは世界を渡る道。
境界から元居た場所へ戻るために、金の針が作り出した道なのだとフォルテは思った。

                  

 消えゆく光 

アインザッツの片隅にある工房の一角に、アパッショナートは戻ってきた。
先程まで、真昼の空に立ち上った謎の光……氣の龍を見た衝撃で街角に呆然と佇んでいたのだ。
彼だけでなく、多くの人が消えてしまった火球と、それを喰らった光る龍を見ていた。
ひとは、自分が目にしたものを現実のものとして受け止めるのに少々時間がかかってしまうらしい。

(精霊様と……あの二人、宝珠の精が“龍”を呼び出したのかな?)
シロウトである自分にはよく分からない。
兎に角、画家の卵である以上こんな時やることは一つだと思い、画帳を広げて、
思うさま描き殴っておこうと思ったのだが、ふと気付いた。

「石が……光ってる」
あの召喚士が置いていった、ルビーとエメラルド。
一瞬、強く光ったと思うと次の瞬間煌めきが失せていた。
「どうして……?」
不安になった。自分の知らない所で、何かが起こっているのだろう。
それだけははっきりしているけど、その場に駆けつけて
昔々の英雄豪傑の如く事態を解決してくれる人は、いない。
しいて出来ることといえば、祈ることぐらいだろう。
アパッショナートは絵筆を取った。
何かしていないと落ち着かない。
(つまるところ……俺にとって絵を描くってのは、祈りなんだな)
精霊様も、あの召喚士も、みんな無事だといい。
しゃかしゃかと手を動かしながら、彼は彼なりに祈っていた。


画家の卵が身を案じている春の精霊フリューゲントの左胸には、深々と氷柱が刺さっていた。
『あ、赤っ!?』
抜こうと思って赤が氷柱に手をかけてみると、それはみずから崩れ落ちた。
『これは……』
氷柱に触れた掌が、指先からゆっくりと消えていく。
『みなさん、氷柱に触れてはいけません!』
『へっ!?』
『恐らくですが……器が分解されます。全力で避けて下さい』

赤の言葉と同時に、氷柱が飛んできた。
『よ、羊羹ってそんなことも出来ちゃうのッ!?』
矢のように飛んでくる氷柱をひょいっ、とかわしながら疑問が口をついて出た。
『精霊が宿る器を壊す……この空間だからできるのかもしれない』
『そうさね、氣の力が使えない今は動く的みたいなもんだからねぇ』
『反撃できねぇってのが、イラつくなぁ』
ブラックが苦々しげに呟いた。
『防御もできないんですよねぇ……当たれば人間にとっての毒みたいなものですし』
『おまけに、管理システムにもじわじわ毒が回ってる……雹を……なんとかしないと』
私達全員がこの場で消滅してしまうかもしれない。
ぞくり、と紺は怯えに似た感情を抱いた。
何もかもが壊れてしまったあと、あの子は一人で何を思うというのか。

                  

 聖なる灯の元で 

宝珠の力を使って移動する時以上に大きな力の奔流を感じる。
世界と世界の道を繋ぐ力。
(圧倒的だ……流石は神様ってとこね)
キィン、と耳の奥に響くような音が聞こえる。
黄金の針が、頭上にあった何かを打ち砕き、
その破片で自分たちが血みどろになるのではと焦ったところまでは覚えている。

ふいに、温かい風を感じた。
次の瞬間、弾かれたように白と黒の渦を抜けていた。
「どわぁっ、こ、ここどこ……?」
織り崩れるようにして二人が倒れ込んだのはどこかの遺跡。
傍らには粉々に割れた鏡が落ちている。
この中に閉じこめられていたという事なのだろう。

アンティフォナーレは宙に浮いたまま光が差し込んでくる方を指出した。
『聖域……じゃな。あの塔には見覚えがある』
「世界の真ん中ですか。始めてきました……」
「ま、部外者は入れないし……つーか、のんびり喋ってる場合じゃないのかも」
立ち上がったフォルテの顔は、いつになく険しかった。
「あ……そういえばフォルテさん、これ」
ラルゴが差し出したのは、乳白色をした小さな石だ。
「何これ、オパール?」
「ええ……アダージョちゃんに渡してくれって頼まれてたんです」
「アダージョが……」
直感的に、この状況に深く関わるものだと思った。
「ありがと」
小さな石を無くさぬよう、袋の中に入れた。

『マスター、大変ですっ』
突然現れたのは、宝珠の精、エメラルドだ。
「どうしたの!?」
『何だか分からんが、精霊様方が危ねぇ。下手すりゃ、消えるかも……』
「ルビーまで! 本体が無いのにどうやってここまで来たの!?」
『そりゃ、マスターの位置ぐらい辿ってこれるさ。聖灯が戻ってきてるから』
茶々を入れたのはターコイズだ。
エメラルドとルビーに比べると、本体たる宝珠がラルゴの首輪にあるので輪郭がはっきりしている。
『……何じゃ、賑やかしいのぅ』
「いつものことです」なぜか嬉しそうに、ラルゴが言った。

『つまりですね、マスター。精霊様たちの“器”には私達と同じ素材でできてるんです』
「宝石を使ってるってこと?」
『あぁ、春の精霊様の場合はルビーとエメラルド。俺たちは同胞の位置なら何となくわかる』
『……でも、行けなかったんです。どうやって入り込んだらいいか分からない空間で……』
「そこに行かなきゃ話にならないってことね……」
ターコイズを一瞥すると、しずかに首を振っていた。
となれば、この場で頼れるのはただひとり。

「アンティフォナーレ様……お願いがあります」
いたずらっぽい笑みを浮かべて、女神は不敵に言い放った。
『乗りかかった船だ。聞いてやろう』

  

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