< 連休前の二人 >



佐波皆戸は3冊目で勝負に出た。
あえて、京本が買った漫画と同じ作家の漫画を貸した。
本を入れた袋の中をちらと見た時の、京本明里の微妙な笑みが忘れられない。
「ははぁ、これできたか」というような顔つきだった。

いつものファミレスは平日だからか、若干顔ぶれが違う。
空席も多いし、なんだか違う世界に迷い込んだような気がする。
というか、制服の京本とこんな所にいるっていうのが違和感の原因かもしれない。

「佐波はなかなか、見所があるな」
「どういうこと?」
お冷やの水を手渡しながら尋ねる。
「この前、小説で20冊くらいあるシリーズものに手を出すか出さないかで悩んだんだが」
「あぁ、5巻目くらいで終わってくれるなら読んでもいい気になるけど……」
延々とつまらないものを読むことほど虚しい時間はない。
あるいは、面白いと信じて読んでいたのに最終巻で納得がいなかった場合の憤り。
一体どこにぶつければいいのか分からず、灰川に愚痴ってしまったことがある。
「そうなんだ。迷った。
 だから、3冊読んでつまらなかったらやめようと思った」
「ふむふむ。どうだったの?」
「……微妙だったんだ。じゃあ5冊目くらいまで読めばハッキリしないかと思った」
「……うん」
何となくオチがよめてきた。
「その繰り返しで、結局最後まで読んでしまった。
 最後まで読んだのに読後感が『微妙』だったんだ!」
「うわぁ……」
同じパターンだ。読んだものに違いはあれど、気持ちが分かる気がした。
「図書館で借りた本なのに『金返せ!』と思ったのはあれが初めてだったよ……」
「ど、どんまい!」
他にかける言葉がみつからなかった。

「……という訳で、3冊借りて微妙だったらもう止めようと思っていたんだ」
目を伏せながら、ぼそぼそと言った。
なにこれ、
『もう終わりにしよう、お前の選本イラつくわ』って展開!?
京本はこめかみの辺りを掻きながら言う。

「佐波は、センスがある。属性が偏ってない」
……なんだか分からないけど誉められた!
よかった。
安心したので今日も漫画の感想を聞いてみることにしよう。

「つーか貸したやつ持ってたりした?」
「……データ上でね。でも貸してくれたお陰でカバー裏が見れてよかった。
 あと、短編も読めたし」
感謝された!
やばい、無性にうれしい。俺の顔はにやけていないだろうかと不安になる。
「そっか、よかった〜 やっぱ二冊目だから安定感があるよね!」
「絵柄の進化がよく分かるしなぁ。あとは……やっぱり
 あそこまで肌を露出させずにエロさを表現する人は希少だな」
注文していたケーキが来たので、フォークで切り分けながら京本は語り出す。

「たしかに、露出させればエロいもんねぇ」
「服というのは理性の象徴。制服なんてその最たるものだ」
「……服が無いと社会の秩序が崩壊するしね」
「その理性を纏わせたまま、というのは日常を踏みにじるようなもの。
 問答無用で劣情を催す“肌”を隠すことによって、更にエロくなってる寸法だ」
……れつじょうとか真顔で言われてしまった。
次から録音とかしておきたいなぁ。
「真っ裸は非日常ってこと?」
「そうでなければ、深夜の公園で裸になって捕まったりしない」
言えてるかも、しれない。

「だけど、人は禁止されると何でもやりたくなるんだ。たとえば……」
京本は鞄から手帳らしきものを取り出し、机に置いた。
「これを読んじゃいけない、ぜったいだ」
シンプルな黒い手帳だ。
……そう言われると俄然読みたくなってくる。
むしろ、京本の手帳には何が書かれてるんだろう。
俺への恨み言とか書いてあるんだろうか。
ものすごく、興味がある。
「……な、読みたくなってくるだろう」
にやりと笑い、手帳を片付けた。
「あぁ、すげぇ読みたくなったよ!」
性的な意味で。
「約束は破るためにあるって言葉が示すように、
 法律で禁じられていたって人間やりたくなったら何でもやるんだ。
 人間なんて獣に過ぎないんだよ、君」
「ケモノですか……」
発言が過激だよ京本さん!
「でもそれじゃ、社会生活が成り立たないよね? だから服とか法律とかが必要で……」
「規範とか美意識とかで己を縛り上げてどうにか共同体を形成しているわけだ。
 いまここで制服着てる私達だって、制服によって社会に適応しているんだ」
「言われてみたらそうかも」
うなずくことしかできない俺に向かって、京本は止めの一言を言った。
 
「――――服をはぎ取ってしまえば、獣が二匹いるだけだ」

……俺は何てコメントすればいいんでしょうか、神様?
ぐっさりと、心になにかが突き刺さった。それが何かは分からない。
余程マヌケな顔をしていたらしく、京本が笑った。
「そういうことだろ? だから裸体はえろいんだよ」
「……京本サン、いろいろ考えてるんだねぇ……」
すごい、今裸体とかごく自然に言った。
「考えてもしょーがない事だけどね」
そう言って、残っていたケーキを平らげた。

ファミレスを出て、ふらふらと駅まで歩く。
なんだか街の人達も黄金週間を前にうかれているように思える。
「連休はバイトか?」
「うん……京本さんは?」
「いつも通り家に引き篭もってると思う」
(引き篭もってあんなことやそんなことを!?)
……いかん、自重しろ俺。きもい。

「妹さんによろしく」
「えっ!? ああ、うん……また連休明けにね」
京本は、にやりと笑って改札を通っていった。
どうやら熱弁をふるって満足したらしい。
(また本屋にこないかなぁ)
そんな事を思いながら、家路についた。
大型連休前日の、夕暮れ時のことだった。





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