おだやかな風が屋上を吹き抜けていく。
今日も京本明里と佐波皆戸はそろって昼ご飯を食べていた。
「京本サン、おっぱいバレー見に行こうゼッ☆」
「…………ぜったいイヤ。
芳賀君でも誘えば? あの人巨乳好きそうだし」
「いやーん、京本サンったら芳賀のことそんな目でみてたの?」
「佐波、しなをつくるなキモい。 ご飯が不味くなるから近寄らないでよ」
しっしっ、と振り払うようなしぐさをするがぬかみそ男は笑っている。打たれ強い奴だ。
「なんかあれは映画以上に窓口で買う段階でみんな興奮してそうだよね」
「言えてる。あと、上映中絶対画面より客の顔を観察しちゃうだろうなぁ」
「ああ、観察するの楽しそうだね」
弁当箱を片付けて一息ついた。
どこまでも爽やかな初夏の空、白い雲が流れていく。
会話の内容だけが爽やかさを欠いていた。
「そういや、前から聞きたかったんだけど……なんでわざわざ書店で買ったの?」
俺のバイト先の本屋に京本が欲しかった本あったせいで、今こんなことになっている。
冷静に考えれば、ネット通販でもなんでも使えば店頭で買う必要は無い。
「だって、ネットで買って家族にばれたら気まずいじゃない」
「確かにそうか……」
「あとは十八になった記念みたいなものよ」
予想以上に真面目な答えだった。
「へぇ、早生まれなんだ。おねーさんか……いい響きだ」
「……うっとりしないでくれる? 金とるわよ」
京本は少し俯き、肩に少しかかるくらいまで伸ばしている髪を指先でいじった。
「あんまり学校でこういう話はしたくないし……」
学校に居るときは、あくまで真面目でいたいらしい。
「じゃ、またファミレス行こうぜ」
俺はまだ肝心の「十八の記念に買った本の感想」を聞いてないんだ。
でも、下心ありと見られてしまうだろーか?
(その時は脅すまでだ)
違った意味で清々しいぞぬかみそ男。
「……まぁ、別にいいけど」
京本は全てを見抜いているかのように投げ槍に言った。
そんな訳で、土曜日の夕方。
前と同じ駅前のファミレスに居た。
相変わらず警戒されているらしく、京本はまたしてもジーパンだった。
(まぁ、学校ではスカートだしいいんだけどね!)
京本の引き締まったおみ足を週に5日も見れるなんて、冷静に考えたらすごいことだ。
それにしても、である。
「なっ、何で眼鏡!?」
「……開口一声がそれ?」
かっちりした黒フレームの眼鏡。ものすごく、似合っている。
京本は、実は眼鏡っ子だったのか。
「コンタクトが割れたから仕方なく……」
小さな肩掛け鞄の紐を掴んで目を逸らした。
なんだろう、寡黙な読書家が隠れ眼鏡っ子だなんて、あまりにもできすぎてるんじゃないか?
京本の新たな一面を垣間見たところで、店内に入った。
注文を終え、水をぐびりと飲んでから、京本が言った。
「ニヤニヤしすぎ」
そんなに顔に出てるんだろうか。なんて単純なんだ俺ッ!
「悪いけど、これが地顔なんだよ」
むしろ、自分にここまで眼鏡属性があったことにびっくりだ。
何だかもう、全てがどうでもよくなってきた。
ずっと愛でていたい。
照れる京本は可愛い。ひたすら可愛い。
「そういや、灰川も眼鏡だけどあーいう眼鏡は嫌い?」
「灰川君っぽいよね、あのフレームが目立たない四角いレンズのやつ。
べつに嫌いじゃないけど」
京本の注文していたオムライスが来た。デミグラスソースがかかっていて実にうまそうである。
店員さんが去ってから、京本が口を開く。
「……うちのクラスだと霧谷さんの眼鏡がいいかなぁ」
「分かる! あの子のちっちゃさと重たそうなレンズの似合い具合は異常だよね」
佐波皆戸、ロリコン疑惑浮上。
「しかも性格もちょっと天然入ってるし。あの子は可愛い。じつにいい」
京本の目がギラリと光った様な気がする。
(クラスの女子をどういう目で見てるんだ……!?)
少し怖くなったがスルーしておく。
「あと司書の先生の眼鏡な」
「職業が先か眼鏡が先か。永遠の命題だな」
……そんな、卵が先か鶏が先かみたいな感じで格好良く言われても困るよ!
そう思っていたら、頼んでいたチキン南蛮定食が来た。
京本は律儀に自分のオムライスを食べずに待っていてくれたらしい。
「とりあえず……食おっか」
「いただきます」
しばし、無言で食べる。
結局その日は、眼鏡談義で終わってしまった。
「メイドさんと眼鏡という組み合わせはなぜあんなに素晴らしいのか」とか
「眼鏡をファッションに用いる輩(京本サン曰く“エセ眼鏡”)がゆるせない」とか
けっこういろいろ語り合った。
熱弁している眼鏡……ではなく、京本は見ていて飽きない。
こんど彼女に貸す本は、眼鏡モノで行こうと堅く決意した。
(女医か、司書か、委員長か……)
迷いどころである。
しかも今後、京本がツンデレ化して
「べっ、べつにあんたのために眼鏡かけてきたんじゃないんだからねっ!」
……などと言われてしまったらどうしよう。
(もっ……萌え死ぬかもしれない)
命の危機を感じた。
ぬかみそ男は幸せな妄想と共に、帰路についた。
「何ニヤけてんの兄、きんもーっ☆」と妹に言われたが、まるで気にならない。
いっそコンタクトがいつまでも完成しなければいいのに、と思った。
翌々日、いつも通り黒のブレザーに身を包んだ京本は眼鏡をかけていない。
ちょっと残念だったが、それ以上にほっとした。
共有する秘密がまた一つ増えた。
奇妙な満足感と共に、平和な一日が始まっていく。