「知っとるか? ネットってのは案外ファンタジーやぞ」
「ふぁんたじー? どっちかって言うと幻想のカケラも無いやんか」
「そう思うやろ。やけどな、これは本当の話やぞ。「七人の巨人」が守っとる世界や」
「巨人? この情報化社会に巨人?」
「その情報化社会を支えとるのが『七人の巨人』・・・ルートサーバーじゃ」
「なんそれ」
「ルートサーバーゆうんは、各大陸に一つずつあると言われとるでっかいサーバー」
「サーバーの親玉みたいな? そんじゃ、日本にもあるん」
「場所は分からんけど、あるらしいなぁ・・・・でな、そこを攻撃されたら大変な事になる」
「巨大鯖が落ちるって事? そういや、どっかでトラブルあったなぁ・・・・」
「まさに、それや。全っ然ネットに繋がらんようになる」
「怖っ!」
「今ネットが繋がるって事は、巨人が頑張っとる証拠じゃ」
小難しい理屈を抜きにして、私達は繋がっている。
目には見えない、得難きもうひとつの繋がり。
それを可能にしているのは、世界のどこかに確実にあって、
数が増え、スペックが強化されているかも知れない巨人たち。
「……ふぁんたじーやなぁ」
「うむ。紛れもないファンタジーや」
どこかの兄妹の話。
花を手向けても、意味がないことなど知っている。
ディードはいない。ここにいない。
世界のどこを探してももういないのだ。
(どうして私みたいな奴が生きていて、アンタは死んでしまったんだろう)
墓の前に花を置き、グラシィはそっと囁いた。
「あたしは…………アンタの事が好きだったよ」
永久に伝わることのない想い。いつだって私は大事なものにとどかない。
それが聞けただけでじゅうぶんだ。
俺が死んだのはお前のせいじゃない。
そう言ってやりたいのに、俺はもう声を持っていない。
あの日から泣けなくなったグラシィの頬に涙が流れた。
喉元から嗚咽がもれる。
抑えようとしても、涙は溢れ続けて止まらなかった。
(……あたしはこの先も、お前を思い出してみっともなく泣くのだろう)
無意識に左胸を押さえていた。全てはここにあった。
無くしたと思っていたけれど、私は持っていた。
心というもの。
ああまったく……情けねぇな、何で幽霊なんだ俺。
泣くなよ。
もし身体があれば抱きしめてやれるのに。
俺はお前の笑った顔が見たかったんだよ、一度で良いから。
お前を縛り付けている使命から一時だけでも解放してやりたかった。
力になりたかった。助けることができないなら、せめて。
なんだよ、涙でぐしゃぐしゃになっても可愛いじゃねーかこいつ。
生きてるうちに見たかった。今更にも程があるぜ神様。
『……マスター、あんたが望むなら代わってやるぜ』
『ゲネラルパウゼ……?』
黒き曲刀に宿る、意志に呼応する力。
『俺があんたの代わりに黄泉の府へ行こう』
『できるのか……そんなこと?』
『分からん。でもなぁ、このままじゃあんまりじゃないか』
たしかにそうだ。あんまりだ。
(……それでも)
ディードは思い出す。死に行く者が残した言葉を。
(迷っちゃいけない。未練があっても、手放して……次へ行く)
いざ選択する立場になると、こんなに重いことはない。
『……お前が、いるじゃねぇか』
『ディード?』
『だから、いいんだよ。俺は、絶対に戻ってくる』
それがいつになるのか、分からないけれど。
どんなに時間がかかっても、困難でも、必ず会いに行こうと思った。
言えなかった言葉が山のようにあった。
『……俺は無機質だからよく分からんが、ホントに、いいのか?』
『何度も言わすなよ。決心が鈍るだろうが』
そう言って、肉体を失った元マスターは笑った。
『……ごめんな』
涙を流すグラシィに、この声が聞こえただろうか。
己の魂がこの世から消え始めているのが分かる。
いつの間にか雨が降り出した。
(悲しいなぁ……)
なんだってこんなに、痛いのだろうか。心なんて形のないものなのに。
ぼろぼろと、とめどなく涙があふれてくる。
あんなに近くにいたのに、どうして私はアンタともっと話をしなかったのだろう。
後悔が波の如く押し寄せてくる。
(……マスター)
姿を現さないまま、ゲネラルパウゼが呼びかけてきた。
(なに……?)
(あのな、ディードが言ってた。『絶対に戻ってくる』って)
……馬鹿だ。次も人に生まれ変わる保証なんてないのに。
転生するのがいつなのかなんて本当は誰も知らないのに。
そもそも生まれ変われるかどうかすら、わからないのに。
(……アイツらしいわねぇ)
(本当だよ。つくづく人間って分からねぇよ)
グラシィは立ち上がり、天を仰ぐ。雨が額を打つ。
雨粒と涙で視界はぐちゃぐちゃだ。
灰色の雲が空いちめんに広がっている。
眼鏡を外し、涙をぬぐう。
(それからもう一つ……『いつかどこかで』だってさ)
何という前向きさだろう。
死してなお、私にエールをくれるのか。
やさしい雨に打たれながら、グラシィは呟いた。
「やっぱりアンタには、かなわないなぁ……」
その頬を、ゆるやかに涙が流れていく。
流れるがいい。いつかどこかで巡り合うまで。
この場を去った魂と、再び出会うその日まで。
馬鹿げた期待に過ぎないけれど、自暴自棄になって生きるよりはずっといい。
抜けない棘は、心に刺さったままだけど、痛いときには泣けばいい。
失ったものは戻らないけど、自分の至らなさに泣くことに意味はないけれど……
それでも、亡き者のために泣く自分を許してやろうと、グラシィは思った。
石の竜は飛んでいく。
もはや役目は終わりに近かった。
世界のあちこちにあった羊羹はほとんど消え去った。
そうして残るは、石の竜と基盤のみ。
石の竜は海の上で動きを止めた。
びしり、とあちこちにひびが入り、巨大な身体が崩れ始めた。
基盤もどろりと溶けて水底へ落ちた。
ついに全ての元凶は、粉々に砕けて風に舞い、海へ溶けて消え去った。
不安分子は取り除かれ、過ちは正された。
ただ人々の記憶の中に、羊羹という脅威とそれによって失われた人の姿が焼き付いている。
きゅーちゃんを河に放ち、ネコミミは師匠の元へ帰ってきた。
朝靄がたち、庵の周囲は静謐な空気に満ちている。
「師匠、ただ今戻りました」
「……無事だったのか。安心したよ」
縁側で呑気に茶などすすっているが、あらゆる武術を極めたと噂される豪傑である。
「この辺りの羊羹はどうなりましたか?」
「ある日を境に動かなくなったから皆で積み上げておいたら……いつの間にか消えたよ」
不思議なこともあるものだねぇ、としきりに関心している。
事の顛末を話すと、師匠も納得してくれた。
「なかなか大変だったようだね」
「影が乗っ取られなけりゃ、もっと楽だったと思います。もう一回くらい投げておけばよかった」
「……投げる?」
「なんだか分からないけど、物に触れるようになったみたいですよ」
「ふむ。いつか立ち会ってみたいものだ」
「多分そのうち、フラッと来ますよ」
胡座を組み、炒り豆を囓りながら師匠が問いかける。
「それは、要としての勘かい?」
「多分そうです。上手く言えませんが」
「……不思議な繋がりだね。要というのは」
確かにそうだ。親子でも兄妹でも師弟でもなく、共通の能力を持っているわけでもない。
それぞれに違う姿形で、異なる力を持っている。
神から別れた力という一点では紛れもなく繋がっている。
「いつか星空の下で、バッタリ出くわすような……そんな気がします」
「君がそう思うなら、きっとそうなる」
師匠は爽やかに笑った。
ネコミミは空を見上げる。
同じ空の下で、それぞれの場所で、今日も要は生きている。
天と地の狭間で、泣いたり笑ったりしながら。
人の中で、人と異なる力を抱えながら。
それでも真っ直ぐに生きているのだろう。
力に溺れることなく、悩みながら、それでも前へ。
「あの戦いで学んだことは……私達はひとりじゃないってことです」
人とは違う、ということにネコミミが悩んでいたことを師匠は知っている。
「……良いことを学んだね」
「はい。得難き宝です」
今日も明日も明後日も、世界は続き、人はみな生きていく。
神様はいなくても、助けてくれる人が必ずどこかにいる世界で。
(……ならば私は、人にあらざる力でもって、この世界を守り続けていくと誓おう)
愛すべきこの世界と、そこに生きる人々の平和のために。
朝の光が夜露を照らした。
あたらしい一日が始まろうとしている。
< 完 >