メンテナンス中の札を外す。
戦いは、終わったのだ。
「お疲れさまです」
声をかけてきたのは、電脳を統べる者。
その姿は見る人によって変わる。今は単なるもやのように見える。
フレデリカにどのような裁きを与えたのだろう。
「ご安心を。あれは現実に戻れませんでした」
「……そうですか。自業自得というやつですね」
「全ては、己の身に返ってくるものです」
「そうですね。網を強化しましたが、気に掛けておいてもらえるとありがたいです」
「了解。何せこちらも人手不足でね、繕っても繕っても壁を破ってくる馬鹿がいるもんですから……」
「笑止なことを言いますね。人間とは総じて馬鹿なものですよ」
わたしをふくめて。
「……ご苦労様でした」
去っていくちゆの背後で黒いもやは人の形となり、恭しく頭を垂れた。
「しかし、人が愚かであるからこそ、この場は希望に満ちている。
溢れそうなほどの、情報の渦の中で何を吐きだし、何を得るかは自分次第。
……一度放たれた輝きは生きることでしょう。それぞれの人の中で」
さまざまな人の思いが、今日も仮想現実を飛び交っている。
不足を補うように、響き合う何かを探すために。明日を生きるために。
羽山にある五芒星の屯所では、市が立っていた。
二月に一度行われるもので、各地から行商人が集い広大な敷地の中に店が並ぶ。
布、組み紐、刃物、籠などの日用品から野菜、果物、漬け物、干物、種などの食品に至るまで
さまざまな商品の売り買いが行われている。
六道滅紫は石段に座りぼんやりと市を眺めていた。
ほどよい陽気に照らされて、人々が楽しげに行き交いしている。
「あれ……六道さん?」
商いをしていた薬師の女が近付いてきた。
「えらい、久しぶりですねぇ」
笑みを浮かべて語りかける女の顔に、見覚えがあった。
おもわず立ち上がり、目を見開いて問う。
「…………なぜ、ここに?」
もう二度と、会うことは無いと思っていた。
彼女は、瀕死の自分を助けてくれた命の恩人。
そして、あの娘を一人で育てた女。
「……相変わらずええ男やなぁ」
赤面しつつそんなことを言う。
うちなんかすっかり歳くってもーてあかんわ、等と呟いているが
出会った頃とあまり変わっていないような気がする。
障子の隙間から、九曜朽葉はその様子を見ていた。
「すげぇ……六道に面と向かってあんなこと言う女初めて見たッ」
「朽葉様、のぞき見はよくありませんよっ」
「……カタいこと言うなよ浅葱ぃ。だってほれ、見てみろよあの堅物が赤面してる」
「明日は、雪が降るかも知れませんねぇ……」
帳簿に筆を走らせながら七寸五分が言った。
同じ頃、門前に巫女の姿があった。
「ただ今戻りました」
「ご無事で何よりです!」
門番をしていた水晶末が式神を飛ばして七つ星の帰還を連絡する。
「市が立っているんですね……」
「ええ。久しぶりの市なので賑わってますよ」
広い敷地内いっぱいに並ぶ店を横目で見ながら、人の波間をぬって本部へ向かう。
ふいに、店が途切れて視界が開けた。
行商の籠を背負った後ろ姿に見覚えがある。
薬師を示す深緑の布で頭を被っている。
まさか。
立ち竦んでいると、その人物が振り返った。隣には父さまがいる。
あなたの目に、今の私はどう映るのか。
「青藍……?」
「……かあさま……!」
別れたときも、どこかの市だった。
母が商いをしている間、物珍しく店に並ぶ品物を見ていたら
「星見」である四つ星が現れ、巫女を厄星だと言った。
追い立てられて、慌てて逃げた。どこまでも走った。
天地にただひとりきりでいるような心細さ。
あれから幾年経ったのだろうか。
懐かしい母の腕に抱かれて、巫女はただ涙した。
「……どういう状況なんですか、ありゃ」
市で買ってきたみたらし団子を食べながら、七寸五分が言った。
「泣かせるじゃねーか。まさかの親子対面だよ」
あんたは酔ってるから目が潤んでいるのだと思ったが、無視した。
「何はともあれ、めでたしめでたしって事なんじゃない?」
「浅葱さんは、いつも上手にまとめますねぇ……」
ぽかぽかと暖かい陽気の中、
賑やかな市の片隅で、散り散りになった家族はついに再会を果たした。
その夜行われた祝宴では、人も人ならぬ者も、同じ火を囲み飲み食い歌い、
戦いの終わりを喜んだという。
影は歩いていた。星の輝きの下、黙々と歩いていた。
ふいに、前方に黄色いものが見えた。
「……どこまで行くんや?」
十三の要、發を頭に乗っけたチュンチュンであった。
「知り合いの墓だ。なんか用か」
「いや、自分怒ってるんちゃうかなー思て」
「なんでそう思う」
「一人だけさっさと行方くらましたやんけ」
「騒がしいのは嫌いでね。お前らはどこに行くんだ?」
チュンチュンは腕を組み、胸を張った。
「調律者の場、ゆう所や。わぃも行ったことない。一緒に行かんか」
断られるだろうと思いつつ聞いてみた。
影は立ち止まり、ひょい、と頭上の發を掴み挙げる。
「まぁ、付き合ってやってもいい。墓参りはいつでも行けるしな」
「ホンマか! いや〜助かるわ」
旅は道連れ、世は情け。奇妙な珍道中が始まる。
(オワリ ハ ハジマリ ナノデスネ……)
「せやで。それが延々続いていくんや」
星降る夜に、彼等は再び歩き出す。
やわらかな風が吹く。
菩提樹の葉が揺れ、教会から日暮れの鐘の音が聞こえる。
井戸端で話をしている女達の中、背の低い娘が一人こちらを見て、手を振る。
「お帰り!」
「ただいま、グリュネ」
「羊羹がきれいさっぱり消えたから、帰ってくると思ってたんだ」
「よかった!! 今夜は宴だなッ」
「大げさですよ皆さん」
苦笑混じりに言いながら、人の輪を抜け出して教会へ向かう。
小高い丘の上にある教会。なつかしの我が家。
扉を開くと、天窓から差し込む光が静かな聖堂に降り注いでいた。
「……この再会を、神に感謝しましょう……」
神父様は十字を切った。
シスターは微笑んで、共に日暮れの祈りを唱えた。
「神去りてなお、地には光を」
楔よ楔。永劫ほどけぬ魂の呪縛。
要は十三。神の力を与えられたしもべたち。
(……それでも、私達は生きる)
生きていくのだ。
それぞれが築き上げた関係の中で。愛すべき土地で。