U.スコルダトゥーラ
その石は黒かった。
彼は―――彼自身もペザンテに来て分かった事だが、武器以外の物体は持つことができる。
「まだ適正者が見つかってないのは、この石だけなんだ」カデンツが言った。
意志に呼応する力。
(そもそも意志ってのは、何なんだろうなァ)
疑問を抱きつつ、それを手に取った。
どくん、と何かが脈打つのを感じた。てのひらが暖かい。
「一つ聞いてもいいか・・・」「なんだい?」
「この石、生きてんのか?」
「半分は正解だね、会話することだってできる。ただし適正者以外には分からないみたいだけど・・・・」
「そーか」呟いて彼は目を閉じる。
石がもし姿を変えるなら剣がいい。自分と同じ真っ黒な刀身。
(すべて 望みのままに)
「・・・・?」
声が聞こえた気がして目を開ける。
手元に目線をやると、思い描いた通りの剣がそこにあった。
「やっぱり君なら使いこなせると思ったよ!」
「大したもんだな、この遺産・・・」
「それじゃ、名前を付けないと」
「ナマエ・・・・?」
「物の真の名を知っているか知らないかで、その物の力を真に発揮できるかできないかが決まってくる。
だから、我々は名付けるんだよ―――――真名を」
一種のまじないである。
「そーいうもんなのか・・・」彼はがりがりと頭をかいた。
「ゲネラルパウゼ」
太古の言葉で“一瞬の静寂”を意味する。
カデンツはその言葉の意味は分からなかったが、ふとあることに気付いた。
「君のことは何て呼べば良いんだい?」
「・・・・俺か?名前なんて無いからなぁ」正しくは、思い出せないだけなのだが。
「面倒くせぇな。お前がつけてくれ」
「それじゃあ・・・・“影”でどうだい?」
光があるからこそ浮かび上がる存在。彼はそのものであり、全く違うものでもある。
「カゲ、ね。そのまんまだが俺にこれ以上ふさわしい名は無ぇだろーな」
「君が適正者だと分かったことだし仲間を紹介するよ。行こう、影」
・・・こうして、影は己の名を手に入れ、相方を得た。
俺の名前はゲネラルパウゼ、という。
“意志に呼応する力”
それは保持者の心を鏡のように映す存在。
映る者が居なければ、そのものに意味はない。
だから俺は、名付けてもらえたことで、ようやく誕生できたってことになる。
石のまま、長い年月眠っていたけれど。
その日々も無駄じゃなかったって思えたよ。
影も放浪の末に友を得、仲間を得たことで変わっていった。
あいつの変化は・・・側で見ていて面白かった。
もう彼は、人を殺さない。
飽きるほど殺し、殺しても殺しても、得られるものはなかったから。
そう決めたせいか、魂が見えるようになった。
人の内側で静かに燃えている炎。激しく美しい輝き。
ただ彼は、襲い来る異形を倒す。
淡々と。自分にとっては驚異でもなんでもないと言わんばかりに。
どんなに人が望んでも、出来なかった事をしてのけた。
五人目の騎士。
意志に呼応する力に選ばれし者。
その名を――――影、という。
「報告します、我が軍勢はことごとく打ち破られています!」
「ばかな!あれだけの量の異形を打ち破れるものが居るわけが・・・」
「居たらどうすんだ、じぃさん」
「なっ・・・き、貴様は何者だっ!?」
大総帥の眼前には、黒い影があった。
「異形を実戦に使うなんざ、神をも恐れぬ所業だなぁ。なるほど。あくどい面してやがるぜ」
「どうやってここまで来たッ!見張りは何をしていたのだ!?」
報告に来た衛士を見ると、いつの間にか倒れて――――爆睡していた。
「・・・ばかな、何を寝ておるのだっ」
「俺が言われたのはただ一つだ。アンタに降伏するよう話つけてこいってさ」
「貴様、何の術を使った!」
「そんなこたどーでも良いだろ。さっさと止めようぜこんな戦。一文の特にもならん」
首筋にぴたりと黒い剣を押し当てる。
たかだか果物ナイフ程度の長さの武器に対し、敵国の権力者は本気で怯えていた。
得物を手にしている正体不明の影。
これは一体何なのだろう。
「い・・・異形かお前は?」
「ちげーよ。何でもいいから止めるって言おうぜ」
言葉遣いも態度も使者としては全体的に投げ槍である。
「スコルダトゥーラはくれてやる。・・・それでもか?」
「うっ・・・・・・」
心が揺れた。
影はその隙をついた。
「あの土地には何があんだ?」
老人は口を閉じようとした。
だが、その意志に反して勝手に言葉が紡ぎ出された。
「・・・ 失われた魔術 」
禁忌と呼ばれることもある。それは今この影が使ったような・・・外法。
(ばかな、こんなことが出来る者が存在するとは)
「幻想だよ、んなもんは」きっぱりと影は言い切った。
「なぜそう言い切れるのだっ」
「俺が先に見つけてるぜ?もし存在するんだったら」影はにやりと笑った。
「さ、くだらねぇ戦はお終いだ!」
大総帥は呆気にとられていた。なんなのだこの訳のわからない侵入者は?
「アンタには色々聞きたいこともあるしな、悪ぃが来て貰うぜ?」
力を求め続けた者達の奇妙な会話はそれで終わった。
そして長きに渡った戦いの停戦協定が成される。
大総帥は影と出会って後、魂が抜けたようになってしまい、
その地位を、戦死した息子の忘れ形見であるドゥエ・コルデ・ディエシスに譲った。
当時わずか9歳だったその少年が、驚くほどの速さで各地の内乱をおさえ
プラチード共和国を建て直した。
少年は14の時に正式に国を継ぎ、スカラ・エニグマティカと名を改めた。
・・・さて、世間の認識ってやつが極端から極端に向かうのはよくある話で・・・
影が地上に現れてから一体何百年流れたか分からない頃、
ようやく名前のついた“影”は英雄と称された。
かつて戦場の悪魔と呼ばれ、人々から死神の如く恐れられていた影が、
初めて目に見えて「良いこと」をした。
だれかの為に戦う、ということを。
戦いを終わらせる一端を担った。
これまでのように、自分に死をもたらす可能性が無ければその場を去るという事はしなかった。
ようやく彼は、自分以外の為に戦うことを知った。
彼にそれを教えたのは、金髪の騎士カデンツ。
カデンツは戦争が終わっても変わらず影を信頼していた。
揺るぎない信頼こそが、影を変化させたんだろうな。
前へ 戻る 次へ