さて、聞くも愚か、語るも愚かな物語の続きを始めよう。
彼は一人だった。
まっくらな森の中で目覚めてから。
彼の望みは死ぬことだった。
だけど死は彼にとって最も遠きものだった。
彼を支えていた最後の糸が切れ、
そして彼は戦場を渡り歩く。自分を殺せぬ弱きものの死を求めて。
世界には戦が溢れ、多くの血が流れ、それでも彼に傷を負わせる刀も術もなく。
あとに残るは屍ばかり。
骸が一つまた一つ。
戦場には悪魔が居る。
ただの噂かそれとも誠か。
人々は期待とも不安ともつかない思いで戦地に赴いた。
それは、敵も味方も無しに全てを破壊する。
正体不明の襲撃者“戦場の悪魔”
そう呼ばれて久しい彼にも、変化の時が訪れた。
ふらふらと、熱にうかされたように彼は戦場を駆ける。
誰の剣も彼の肉体に傷を負わすことは無く、
やはり自分の姿を「人」と認知するものは居ない。
「悪魔・・・お前は何なんだ!?」
その問いに答えられる者が居たら、寧ろ自分が会ってみたい。
(足掻くな。力無き者の定めを受け入れろ――――)
もはや弱いという事は罪である、とまで彼は思うようになった。
自分が強いのが悪いのではない。相手が弱いから死んでいくのだ。
そんな事を考えながらも、彼は無差別に攻撃を繰り出す。
数分後には、あたり一面を滅びの炎で焼き尽くした。
いつまで続く。こんな事が・・・・
誰でも良いから早く止めを刺してくれ。
この無意味な命を終わらせてくれ。
何処へ行っても死ねない自分。力だけあって、他には何もない。
どこかに死に場所ぐらいは有るはずだと思っているのに
僅かな希望は何度も何度も砕かれ続ける。
もはや自分で自分が何をしているかも分からなくなってきた頃に、
彼は出会った。
アッチェレランドは八つ当たり気味に机に拳を打ちつけた。
「プラチード軍は正気なのか・・・?異形を投入してきやがったぜ」
「正気を失っているだろうな、あのご老人は。
異形が多い国とはいえ・・・それを味方につけるとは、恐ろしい国だ」
「あれ、カデンツは何処に・・・・」若き日の13の要・・・のちの「老人」は、室内を見渡した。
「交渉に行ったらしいぞ」フェルマータが言った。
「・・・何の?」
「秘密裏に、5人目をスカウトしに」
向こうが禁忌である異形召喚を使うのならば、こちらも鬼札を使っても文句は無いだろう?
「スコルダトゥーラの決着をつける為にこっちに力を貸せ、って事だな」
「受けてくれるのかな」
「さてね。しかしカデンツの頼みを断れる奴が居たら、俺は是非会ってみたいね」
珍しく頭痛が無く、戦場へ行く気が起こらなかったので、彼は草原に寝転がってぼうっとしていた。
この呪わしき肉体の事を、空を見上げている間だけは忘れられる気がした。
彼は人の気配というか、そういう物には至極鈍感であった。
なにしろ衣・食・住など無視しても死なない存在なのだから、
人の目を盗んで盗みを働く必要すらないのだから。
べつに誰かと会話をする必要も無かった・・・というか話しかけても大概向こうが無言で逃げてしまうのである。
戦場に居るときも、どんな攻撃も通じないためか殺気というものを体感したことが無い。
そういう意味ではとても鈍い。
とにかく「感じる必要が無かったのだから発達のしようがなかった」という事であろう。
人の気配に鈍感であるがゆえに、彼はそいつが自分の方を遠くから観察していた事も、
徐々に近付いてきている事にも
まったく気付いちゃいなかった。
「君はそこで何をしてるんだい?」
ゆえに彼は、何者かに声をかけられた時、物凄く驚いた。
思わず身体を起こし、声のした方を見た。見たこともない人間。
しかし、それは向こうにとっても同じである筈なのに・・・なぜか、その男はにこにこ笑っている。
暫く無言で観察してしまった。彼には男の笑っている理由が理解できなかった。
その男は金髪をきらきらと日になびかせ、紺色のマントを羽織っている。
どこかの騎士団ふうの衣装を身につけているが、所属している国名などは彼には分からなかった。
ふと彼は何か答えるべきなのかもしれない、と思い当たった。
「別に・・・なにも・・・」かろうじてそれだけ答えた。
「ここは見晴らしが良いねぇ。僕はこんな所があるなんて知らなかったな・・・・」
人と会話との会話というものを体験したことが無かった彼は、非常に困っていた。なに語ってんだコイツ、と思った。
「お前、この辺の人間じゃないのか?」困っているのになぜか尋ねてしまった。
「暫く前線に駆り出されていたから・・・・」
ポツリと、男は呟いた。前線という単語は、
一見したらただの優男にしか言えないこの男にはひどく似合わない言葉に思えた。
「何の取り合いをしてるんだ。領地か、人民か、それとも資源か」
「なんというか・・・・境界線争いみたいな感じかなぁ。愚かなことだよ、まったく」
男は溜息をついた。彼は何と言って良いかが分からず、黙っていた。
そうして決心したように
「君は、噂に名高い“戦場の悪魔”なんだろう?」と目の前の存在に問いかけた。
「・・・確かに、そんな風に呼ばれているらしいな」
否定するほどの理由もないので彼は素直に答えた。
「この戦いを終わらすために、力を貸してくれないか」
前置きも無しに、男はまっすぐとこちらを見ながらそう言った。
「・・・・どういう事だ」
「僕の名前はカデンツ。所属はガイセルド帝国・・・・今どこと戦っているかは、知ってるかい?」
「いいや、知らんな。ガイセルドという名前自体初めて聞いた」
彼はあちこちうろうろしているくせに、地名に頓着が無かった。
「ガイセルドはさっきも言った通り、境界線争いをしているんだ。プラチードという国とね」
「昔からか」
「そう、もう何年も前からずっと。どこまでが自国の領地であるかで揉めてるんだ」
「くだらねぇ話だな」
「・・・そうだね。実に愚かな事だよ」カデンツは二度目であるその言葉を再び言った。
「君は・・・終わらない戦いほど愚かなものは無い、と思ったことはないかい」
そう問われて彼は考えた。確かに自分は自分が死にたい為だけに、戦場を渡り歩いてきたが
人間というのはそうではないのだ。死にたくて戦場に居るわけではない。
なにかを守るために、武器を取るしか道がなかったのだ。だから彼等はあの場で命を賭けて戦うのだ。
「死を求める訳でもないのに、自分の命を危険にさらけ出すというのは確かに愚かかもしれんな」
「・・・・君は、死にたいのかい?」
やや意外そうにカデンツが眉をあげた
「違うと言ったら嘘になるな。だが・・・なんでだか、死ねないんだよ俺は・・・」
「そうなのか。人間に対して罰を与えている存在なのかと思っていたよ」
「逆だな。俺は誰かに罰して貰いたい、ただそれだけの為にあちこち戦場を巡ってた気がする」
どうしても、自分一人では分からなかった事が、
カデンツと名乗った男と話しているとするする解けていく気がする。
「異形と戦った事はあるかい」
「いや・・・無い」
実のところ、彼は長々生きているくせに異形を目の当たりにした事が無かった。
「あれは、人の心が生み出した何かではないか、という説もある。それぐらい見た人によって印象が違う」
「同じ物を見ている筈なのに?」
「そう、同じものを見ている筈なのに、違って見える。・・・だけど」
「フォリアは確実に存在する。こちらの攻撃は通じないくせに、向こうからのあらゆる攻撃はこちらに反映する」
「何だ?俺とまるで同じだな・・・」内心彼は驚いていた。
人ではない何か、という程度の認識しか持っていなかったから。
「いや、異形は言語を解さないし、こちらの話を理解しようとする姿勢を見せてくれないよ」
「下手な慰めはいらねぇよ」
「いや、本当の事さ」そう言って、男は人なつっこい笑みを見せた。
・・・・どうにも調子が狂う。
「それで、異形がどうしたんだ?」
彼がそう聞くと、カデンツは溜息をついて少し表情を硬くした。
「敵国プラチードが戦争に異形を投入してきた」
「・・・どういう事だそりゃ。人の手に余る存在が異形なんじゃねーのか?」
「その通りだ。本来はね」
「異形は異次元の生物と言われている。
召喚する術を知る者など今の世に居るとは到底思えない・・・なのに」
「スコルダトゥーラ・・・・あの土地をガイセルドに渡さないために躍起になっている」
「何かあんのか、その土地は?」
「分からない。ただの荒野にしか見えないが、向こうにとってはそうではないらしい」
その地には一体何が隠されているのか。誰にも分からない。
捕らえたプラチード側の兵士さえも、知らなかった。
「異形を討ち滅ぼす術をこの国は持ってるのか」影は少し興味が湧いたので聞いてみた。
カデンツは返事をせずに、懐から何か取り出した。
(石・・・?)
どこかで見たことがあるような、そうでないような、砕けた石のかけら。
「大昔の魔術師が残したものだよ。“意志に呼応する力”と呼ばれている」
カデンツはそれをぎゅっと握りしめる。ふしぎな、赤い光が手からこぼれる。
光はそのまま剣の形になる。揺らぐ炎の刀身・・・
それは、意志に呼応する力。
保持者の意に応じて姿形を変え、望んだ通りの力を持つ。
「つまり・・・・異形すら滅することができる、という訳か」
「そういう事だね。最も、適正者が見つからなければどうしようもない代物なんだけど」
「適正?」
「うん。どうやら誰でも気軽に使えるものじゃないみたいなんだ」
「どうやらって・・・詳しい事が分かってねーのか?」
「実は分かってないんだ。ただ、意志を具現化させる力・・・氣の操り方が重要みたいなんだけど」
「まぁ、使える奴が居たんだからよかったじゃねーか」全くもってその通りである。
「君は・・・山を削ってしまうぐらい強力な魔法が使えるらしいね?」
いつだったかそんなこともやったような気がする。「なんか知らんが使えるらしいな」
「無意識に大気に満ちる氣の力を集め、それを利用しているんじゃないか?」
「そうなのかもしれんな・・・」そんな風に意識した事が無かったため、彼は投げ槍に答えた。
「正直よく分からん。頭痛がする時は力が暴走してる気もするし」
「そうなのかい?君は術具を用いずに魔法を使えるんだね・・・・」
改めて彼は戦場の悪魔を見る。
丸腰である。身(?)一つである。まさか自分を術具代わりにしているんだろうか。
「フツーの魔術師ってのは、杖とか持ってるんだよな確か」
「そうだね、術具を使って氣の力を安定させている」
「君も・・・氣を集める対象を、君そのものでなく別のものにしてしまえば、苦しまずに済むのではないか?」
「どーだろうなぁ・・・」
「試してみないかい?」
まるで鍛えられた鋼のような、誠実そのものの瞳でカデンツは彼をとらえた。
違和感が、あった。
その瞳の奥にはこの優男に似合わぬ怒りのようなものを感じた。
(要するに、こいつ自身が誰よりも戦いを終わらせたいという事か)
だからこそ「戦場の悪魔」と呼ばれる不吉の象徴である自分に助力を求めてきたのだ。
別に彼は、力を安定させる云々を本気にしている訳では無かったし、武器が欲しかった訳でもない。
ただ、この若き騎士にいつまでもこんな目をさせていてはならないような、そんな気がした。
「良いぜ、手伝ってやる」
「本当かい!?」若き騎士は、心底嬉しそうに言った。
「恩に着るよ!!」
「そういう言葉は、戦が終わってから言いな」彼は、何となくだが理解していた。
恐らくこいつは本来戦場に向いてない人種だ、と。
たまに居るのだ。無理矢理駆り出されてしまった場違いな人間が。
そいつらは、どんな場にあっても揺るがないものを持っている。
何故か、彼にとっても力を使いづらい人種。ごく僅かだが、確かに存在する。
カデンツ、と名乗ったこいつは間違いなくそれだった。
彼は初めて自分自身の為でなく、誰かのために力を使おうと思った。
それこそが変化の始まりだったが、彼自身はまだそのことに気付いていない。
斯くて、帝国の四騎士はこの時期から戦争が終わるまで、秘密裏に『五騎士』になった。
もっとも現在では史実から消え去った話である。
当時戦場に居た者だけが、この事実を知っている。