V.賢者

戦は終わった。
その大陸はついに明確な境界線を得た。
黒の時代から終わることなく戦いが続いていた二つの大国は、
ようやく停戦協定を結んだ。

祝福の歌がきこえる。
王都ペザンテでは連日人々が生還を喜び合い、
二百年あまり続いた戦の終焉を祝った。

「ありがとう、影!君のおかげだよ」
騎士カデンツが目に涙をうかべ、感謝の言葉を口にした。
「どちらかってぇと、お前が頑張ったからだろ」
“戦場の悪魔”に名を与えたのだから。
「いーや、アンタが居たからこんなに早く片付いたんだぜ?」
斧使いのアッチェレランドもそう言った。
「つーことで、飲め!食え!!」
「既にできあがってるだろお前・・・」思わずフェルマータが突っ込んだ。
「酔っ払いはさておき、貴殿の力があったからこそ戦は終わった。私からも礼を言おう」
「・・・まぁ、良かったな。これから先どうなるかは分からんが・・・」
影は感謝に慣れていなかったため、微妙な気分で返答した。
「だけど、これからこの国は・・・いいえ、この大陸はきっと変わると思います」
後の“老人”が笑顔でそう言った。
「そうなるといいな」
「変えてみせるさ!なぁフェル」「やっと・・・やっと役人の仕事に戻れる・・・」
「ここからが腕の見せ所だね」カデンツも笑ってそう言った。
戦いは終わったのだ。彼等の心に安堵が満ちていた。
そしてこれから変わっていけるということは、何と幸せなのだろう。


影はすぐにこの国を離れようと思っていた。
しかし、カデンツに呼び止められた。
「君にどうしても会わせたい人がいるんだ!」
「だれだ・・・?」
「僕達の師匠だよ!!」
なんでも、その男が“意志に呼応する力”と呼ばれるものを持っていたらしい。
「使い方も教えてくれたし・・・それに、君に声をかけてみろって言ったのも師匠だったんだ!」
「そーか。この国の宰相か何かか?」「そうだね・・・昔は皇帝に仕えていたみたいだよ」
今はなにをしているのだろう。少しだけ興味が湧いた。

知識の塔、と呼ばれる城の片隅のさびれた塔の手前に小さな小屋があった。
「導師様、いらっしゃいますか?」
「おお、どうしたねカデンツ」
「影、こちらが僕等の師匠だよ」
そこに立っていたのは、豊かな白髭を胸元まで伸ばしている老人だった。
立っているだけなのに、妙な存在感がある。どんなものでも受け入れてしまいそうな慈悲深い眼差し。
「よう来てくれたの・・・。儂の名はリンケハント」
僅かに目を細めながら、老人は影の方へ近寄った。
(こいつ、俺を全く恐れていない・・・?)
「是非一度会いたいと・・・思っていたのじゃ」
「なんでだ?」
「簡単な事よ。かつて戦場で儂の命を救ったのは、他ならぬお主じゃったからな」
・・・全然記憶にない。
「それじゃ、僕はこれで失礼します」
気を使ったのか師に頭を下げ、カデンツは出て行った。

「あんた・・・右腕は戦で無くしたのか」
「一度死んだようなものじゃ。ゆえに儂にこの名を与えたのはお主ともいえる」
「・・・俺のせいか」
「生き残ることができた。感謝しておるよ」老人は明確な答えは言わない。
そんなことは知る必要などない。過ぎてしまったことは元に戻らないと知り尽くした眼差しで彼を見た。
「影よ、お主は自分が何であるか分かっているかね」
「ずっと探し続けてきたけど・・・分かんねぇままだ」
「知りたいかの?」灰色の瞳が問いかけてきた。
「まぁ、一応な」
「“理を知る者”の名において、わしの言葉に誤りが無いことを誓おう」
キー・オルド・スケル。知の神の名は偽りを許さない。

「お主は“十三の要”じゃ・・・」

十三の要。
その言葉を聞いた時、なぜかとても懐かしいような気がした。
誰かにその名を冠せられたのだ。
「・・・それって、一体何なんだ?」
「人にあらざる力を持つ者・・・彼等が居るからこの世界は成り立っているとされている」
「それって、魔法とか・・・そういうものか」
「十三属性を司っておるという説もあるな。お主は全て使えるようじゃが」
「そうだな。攻撃を無効化するのも、俺が要だからなのか・・・?」
「恐らくは、そうじゃ」
ようやく一つの解を手に入れた。
明確にはそれが何であるか、はっきりしていないのに、彼は己の力を素直に受け入れることができた。


いつの間にか、目の前には白磁のカップがあり、紅茶が注がれていた。
「・・・何だこりゃ?」
「どうせ一杯紅茶を飲むなら、客人と分かち合いたいものじゃろ?」
・・・そーいうもんなのか。
影にはよく分からなかった。
ただ、リンケハントの煎れた紅茶はやたらと美味かった。
(変なじーさんだな)
そう思うのだが、不思議と居心地がよかった。
「また来てもいいか?」
「良いとも」
リンケハントは微笑んだ。


影はその夜、刀に宿るものを呼んだ。
「ゲネラルパウゼ」
『どーかしたのかい、マスター』
半透明の少年は眠たそうに生あくびをしながら現れた。
「お前、リンケハントって爺さんの元にいたのか?」
『会ったのか。大したじーさんだろ。意志に呼応する力ってのは、
 ああいう無垢な人間の側にしか存在できないからな』
「無垢?」
『アンタもそうだ。適正っつーのはそういう事なんだよ』
己を無垢だと思ったことは全くと言っていいほど無い。影は困惑した。
『なんつーか、魂の無垢な部分、とでも言えばいいのかな。俺にもよく分からん』
「・・・」影が無言なので、彼は続けた。
『俺はね、創られた時から悪い意味でトクベツなのさ』どういうことだろう。
『なんてたって、持ってるだけで力を吸われるんだからな。扱える奴なんかどこにも居ねぇと思ってたよ』
影は氣の力を無意識に取り込んでいる。
だが今は媒介に氣を取り込むことで、あの不可解な頭痛も破壊衝動も消え失せていた。
『人間ならこういう時は・・・どう言うんだろうなぁ。よく分からんが、
なんだか一本線が通ったような、これまでのことが全部無駄なく繋がった・って気分だ』

『暇を持て余したのはきっと、アンタに出会うためだったんだな』

ゲネラルパウゼはそう言って、その姿を消した。
(リンケハントの元に、しばらく通うといい。色々と知ることができるはずさ)
影の心にそう呼びかけながら。


そうして影は、リンケハントの小屋に居ることが多くなった。
誰も読むことのできなかった古代語を彼はすらすら読んだ。
リンケハントは流石に驚き、翻訳のために聞き取りをしようと思ったら
「何なら訳してやろうか」と影が現代語を綴り始めた。
だれに教わったわけでもない。
何故知っているのか分からない。
ほかの国の言葉、一部の民族でしか使われない言葉、はたまた最近開国した東国の字まで
彼はあらゆる言語を知っていた。読むことも書くことも話すこともできる。
それが彼にとって「当たり前」であったから、
要の力なのかもしれないと思った。
リンケハントは多くを問わなかった。
影にとってはそのことがありがたかった。

ある日、賢者はポツリと言った。
「戦は終わった・・・これからおぬしは、どうするつもりじゃ?」
なんならずっとここに居ても良いのだと、片腕の老人の笑みは言っていた。
「世界はおぬしを受け入れる。たとえおぬしの過去と今が繋がっていてもいなくても」
わしもおぬしも世界と繋がっている。
何も失ってはないし、終わっていない。
「すべてはこれからじゃ。間違いに気付いた所から・・・仕切なおしていけばいいんじゃよ」
罪を償うなんてできることじゃない。
いちど失われた命はかえってってこない。
基本の基本。シンプルな摂理。
だけど、誰もそのことを彼に教えなかった。
「知らなければならない・・・」
この世には彼の知らぬ、汲むべきものが沢山あるのだ。

影は迷うことなく答えた。
「俺は・・・また旅に出るよ」
一所に留まるのは、なんとなく落ち着かない。これまで放蕩を続けていたせいだろうか。
「そうか・・・・・・しかし近くに来たらここへも足を運んで欲しいものじゃの」
「言われ無くったってそうするさ。アンタは恩人みたいなもんだからな」
ひとりではない、ということを教えてくれた。
「十三の要がどんな連中であったか・・・いつかこの老人に教えておくれ。達者でな」

その日は晴れ渡っていた。
『どこに行くんだぃ、マスター』
「足の向くままに歩くだけだ」
もしかしたらそのうち、十三の要に出会うことだってあるかもしれない。
可能性と希望に満ちた旅立ちだった。
どこからともなく風が吹き、木々がそよいだ。
自然の奏でるその音は、祝福に似ていた。





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