偉大な王は地を去りて
その姿はもう、誰も知らない。

知らないけれど
その影は 
今も地上をさまよって
どこかで世界を見つめてる。

水面に映る月の影、まっくら森のあの向こう

「孤月の王のものがたり」





4楽章

   
彼は理解する。
すべては移り変わって行くものだと。
路傍の石にしても、一つとして同じ物はない。
それぞれが名を持ち役目を持ち、消え去ることもまた定められている。

過去を探して世界を巡り、死を求めて旅をした。
だけどそのどちらからも己が切り離されているのなら・・・
『今を生きろってことなんだろーな?』
「たぶんそういう事だろうな」
三度目の旅には、目的は無い。
ただ、少しお喋りな相方がいた。



・・・つーことで、俺等は世界のあちこちを巡ったんだ。
奴はリンケハントの元でようやく地図の存在を知ったらしい。
こーいう所が奴の「無垢」たる所以だ。
本人は無自覚だったけどな。
ま、一所に留まることができなかったから土地への執着が湧かなかったんだろう。
片腕の賢者が何かと手を回してくれていたらしく、
ガイセルドでは大概リンケハントの知り合いがもてなしてくれた。
帝国の四騎士のうち一人、アッチェレランドは田舎に戻って百姓やってたしな。
いろんな人間と出会うたびに、奴は何かしら得ていたと思う。
結局のところ、人は出会う人を通じて変化していくってことか。

無機物の俺にはよくわからねぇけどな。
ああそれから、長い旅を延々語るのも芸がないから
俺の独断で印象深い連中の話だけをしよう。



プラチードに行った時、荒野で妙な小僧に出会った。
片腕の賢者と同じように、影を全く恐れない。というよりも・・・
まるで、恐れそのものが欠如しているような奇妙さがあった。

「旅人か・・・?」ボロボロになった布を纏った少年は尋ねた。
「まぁ、そうだな」
「単身で大総帥の元に乗り込んできた“影”か」
(なんで知ってるんだ、このガキ?)
「礼を言おう」
「は?」

少年は片膝をつき、深く頭をたれた。
それはこの国の最敬礼。
「私があの耄碌じじいを殺すわけにはいかなかったからな」
さらりととんでもない発言をかましている。
「今どうしてんだあのジーサン?」
「・・・生きている。会いたいなら勝手にすればいい」
おお、愛想もなにもない言い方だ。
自分以外にこんな風な物言いをする奴を見た事がなかったので影はひそかに感動した。
「どこに居るんだ?」
「クランクファルベで隠居してるよ」
かつてお前が削った山もそのままだ、と付け加えたかったが、
少年は黙っていた。

「君と出会えたことを感謝しよう。この国で君に害を成す者は居ない」
その奇妙な小僧は、意味深な事を言い不敵に笑った。

「・・・なんだったんだ、ありゃ?」
『わかんねーよ。そもそもあれ、本当に人間か?』
「人間じゃねぇなら何だったんだよ・・・」
この問いに対する俺の答えは、残念ながら未だに見つかっていない。
器と中身の違い、とでも言えば良かったんだろうか・・・わからん。


とある島で、占い師が影にこう言った。
「あなたの望む物は、未来にしかない・・・」
「俺に望みなんかねぇよ」
「それは、無いと思っているだけ」
確信に満ちた言葉だった。
「なるほど。じゃあ俺の望みが過去を知ることだとしても」
「答えは、未来にしかない」
「ははっ」
影は珍しく笑っていた。
「そりゃあいいな。諦めてたが、いつか分かるのか。あんがとよ」
俺は詐欺かなんかじゃねーかと思っていたが、意外にも金を受け取らない。
「お金はいらない。私は自分の力を試したいだけ」
「名前は?」
「グラーヴェ」
「そーか。お前さん、きっと良い占い師になるぜ!」
何を根拠に影がそんなことを言ったのかは、未だに分からない。
ただ、金を払わず颯爽とその場を去った。

「・・・いずれ、あなたにも分かる。自分が何者なのか」
黒髪の占い師の言葉は、人々の喧騒に紛れて消えた。


それから、十三の要について研究している学者なんかにも会った。
彼は山で遭難して死にかけていた時現れた謎の黄色い生物についていくことで
どうにか難を逃れたらしい。
以来、十三の要にまつわる伝承やら民話を集めてるとか・・・
ま、一般社会から見たら「変な人」だが、影はこういうやつらと居る方が多かったな。
武者修行のためあちこち旅してる闘士とか、
おのれの信仰のために聖地を巡り続ける修行僧とか。
妙なやつらばかりだったけど、時間を経てもう一度会うと変化してる事もあったりする。
とにかく・・・俺が思うに、奴はそういうヒトの成長みたいなもんを楽しんでた節があるな。



色んなものを見た。
この世界には美しいものも沢山あるけれど、
同時に醜い物も沢山ある。
どんなに足掻いても戦いはなくならない。
影は頼まれてラメントで戦うことが多かった。
この土地だけはいつまでも黒の時代が残っているかのように、
意味のない戦いが終わらなかったからだ。

ただ、影はいつも最低限の力しか使わなかった。
簡単に命を刈り取る力を持っているからこそ、双方兵士を眠らせて、
一部の者だけで話し合いをさせたりした。
それで収まることもあれば、逆にこじれることもあった。
人間は難しい。
無機物の俺にはやっぱりよくわからない。

それでも一つだけはっきりしていることがあった。
年月は、人を変え影を変え、そして俺のことも、少しだけ成長させてくれたってこと。




『なぁマスター、俺を誰かに預ける気は無いかぃ』
「・・・・なんでだ?」
剣はしばらく無言だった。
『ずいぶん長いこと、アンタと旅をしてきたが、そろそろ限界みてぇだ』
「限界?」
『アンタの力は強大だから。
 俺はアンタが力の使い方を理解したら手放してもらうつもりだった』
何故か言い出せなくてここまで来ちまったけどな、と剣は続ける。
影は、この剣には限界などなく自分の傍らにあると思っていた。
「・・・物事には必ず終わりがあるとリンケハントは言っていた。
 俺が手放せば、オメーはちったぁ長生きできんのか?」
長生き、という言い方は剣に使って良いものなのか、分からないけれど。
『まぁそうだなぁ。
 アンタの力が俺の存在をかなり確かなものにしてしまっているから・・・』

次に俺を手にするやつは、力を正しく使える奴じゃなきゃいけない。
なにが正しいのかなんて俺にはよく分からないけれど。
善なるものと悪なるもの、両方持ち合わせているのが
ヒトという不思議なものだから。

決別は悲しくはない。
なんせ俺は無機物だから。

ただ、影の「望み」ってもんが叶う時を
見れなかったのは残念だけどな。
あの占い師が言った未来ってのは、いつのことなんだろう?





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