てるてる編・其の十



その悪しきものが、なぜ存在し続けるのか。
答えは単純にして明解。

いつの世にも、力を求めるものがいるからである。



                  

 ひとりぼっちの雹 

どうしてだろう。
気が付けば同じ事ばかり考えている。

(ボクを起こしたのは・・・アオリじゃなかったの?)
勝手にいなくなるなんてひどい。
どこにもいかないと言ったのに。
(ボクは、アオリが大事だったのに)
彼女もそう思ってくれていたはず。
(アオリが居ればそれで・・・よかったのに)

結局ボクは誰からも必要とされないままだ。
(あいつらには役目もあるし、仲間もいるのに・・・)
どうしてこんなに違うんだろう。
(ボクは・・・・・・ひとりだ)
そのことがとても情けなく、みじめなことのように思えた。

誰でもいいから側にいて欲しい。
ボクはずっと寂しかったんだ。

                  

 天秤で量れぬ想い 

「もしも・・・知恵者と奥さんがさ、雹をどこかから見ているとしたら・・・」
本をぱたんと閉じ、ティオと名乗る魔族に差し出す。
「きっと、悲しんでるだろうね」
そう言ってティオ・レザンは本の表紙に手を置いた。
本の向こうにあった物語を、流れ落ちた時の砂に流されてしまった過去を、汲み取るように。

「・・・大精霊を作ったこと、それ自体は罪ではなかったのかもしれない」
古の召喚士、レジェロの時代には居なかったという大精霊。
あとの時代に作られた、いわば人工の存在だったのだ。
(器と宿る物・・・このふたつが無ければ意味を成さない存在)
それでは雹は器から精霊を追い出したのだろうか。
(何となく、謎が解けてきた)

「あまりこの言葉は好きじゃないけれど・・・運命の悪戯と言うしかないね」
「確かにそうねぇ・・・知恵者は奥さんも娘さんも大事だったんだろうし」
だからこそ、どうすることもできなかった。
「死んだ娘も、偽りの娘も、どちらも比べられないくらい大切で・・・失いたくなかった」

「その愛を歪めることは、誰にもできないんだよ・・・」

・・・愛。
(こんな、人が言うのもこっ恥ずかしい単語を平気で言える魔族がいるとは・・・ッ)
なぜか顔が熱い。
発言してない方が照れてしまうとはどういう事だろう。

「ところで、アンタ私の怪我治してくれたの?」
気まずいので話題を変えてみた。
「おや、ばれちゃったか」
「なんでこんな力の薄い空間でわざわざ・・・」
「そりゃあ、僕は君たちのお話が気に入っているからね」
(・・・お話?)
何のことを言われているのかさっぱり分からない。
「ぼくら魔族は、君たちより頑丈にできているから多少術を使っても平気なんだよ」
力の薄い空間で術を使うには、そのものの生命力を削るしかない。
(でも魔族は長寿だし、私の怪我を治すくらいチョロいのかしら?)
本当に妙な魔族だとフォルテは思った。

                  

 しあわせのかたち 

「君にだけは・・・話をしておこう」

その頃の自分はまだ声を出すことができなかった。
何の話が始まるのか分からないが、頷いてみた。
「ありがとう」
マスターは悲しそうに笑った。
「私には昔、娘がいたんだ・・・」

その子は妻によく似た亜麻色の髪をしていた。
「丁度初雪の降った日。妻も冬生まれだから喜んでいた」
マスターは、ぽつりぽつりと語った。
愛し子がいた幸せな日々。
それを大嵐で失った時の夫婦の悲しみ。
話すことで気持ちを落ち着かせているようだった。

大精霊として世界を渡るようになった時、紺は自分を作り出したものに訊ねた。
「マスター、いつか話してくれた・・・あの子は、どうなってしまったの」
「封印しているよ。どうしても、壊すことができなかったんだ」

「この世には完全な魔法は無い・・・だから、もしかしたら
 遠い未来であの子が目を覚ますこともあるかもしれない」

「その時は、君が彼女に伝えてくれないか?僕たちはとても幸せだったって」
失ってしまった娘にとっては・・・偽物の娘を愛していたなんて残酷な事かもしれないけど。
(だけど、病んだ妻は何度も後追い自殺をしようとした。
 それをしなくなったのは、間違いなくあの子がいたからだ)
彼女の傷もまた少し、癒えたのだろう。

「・・・人間の幸せを守る事って、すごく難しいんですね」
「何が幸せなのかは、人によって違うからね」
しあわせには色んな形があるのだ。多分。

「僕たちは、祈ることしかできない。
 そうして君達はほんの少しだけ、その祈りに耳を傾けてくれればそれでいい」

紺はマスターが語ってくれた事を、忘れずに覚えていようと思った。
どんなに時が流れても、きっと忘れずにいようと。

                  

 神術使いピウモッソ 

「あの・・・どうして俺を助ける気になったんですか?」
「気まぐれだ。宿命に逆らう者に幸いあれ、とノージュ教典にもある」
「はぁ・・・」
時々神殿でもっともらしく教典など読み上げていたりもするが、
ピウモッソの本職は「戦う坊さん」だった。
戦う相手は人骨を使って霊魂を呼び寄せる死霊使いを筆頭に、
いわゆる邪悪なものたち全般。
異形すら浄化する力を持つらしいが、魔術師以上に絶滅危惧職である。
(たしか、神術の使い手になるにはすごく厳しい修行がいるんだっけなぁ・・・)
誰かからそんな話を聞いた。

「ラルゴ、“黄金の針の守り手”の名は分かるか」
「黄金の針・・・空間を裂く、っていうアレですよね。
 えーと、確か女神様で名前はアンティフォナーレ」
「正解だ。私の主神もアンティフォナーレだ」
「・・・それって、呼び出せるって事ですか?」
頷きもせず、否定もせず、ピウモッソは足下に何やら印を書き、短剣をつきさした。
そして、ラルゴには分からない言葉で何かを呟いた。
(神代の言葉、かな・・・?)

その言葉に従うように、短剣が姿を変える。
「黄金の針・・・・・!?」
「・・・これがユールベントだ」
何を縫うのか、と突っ込みたくなるくらい長い。
きらりと輝くその針は、肘から手までと同じくらいありそうだった。
(刺されたら確実に凶器になる・・・!)
ラルゴが内心怯えていると、その針を掴む手が現れ、ついに全身が現れた。
腰まである長い金の髪をなびかせて、空色の瞳でこちらを見た。

『・・・なんじゃ、この妙な毛色の人間は?』
「私の知り合いですよ」
「ラルゴと申します」
妙だと言われても軽く受け流せるあたり、ラルゴは人間ができている。

                  

 虚と実 

「なぁんだ・・・出て来ちゃったんだ。つまらないの」
「雹!!」
「もうちょっと暗黒の世にしておきたかったのに」

「何のためにそんなことを・・・」
「べつに理由なんてないよ。僕にとってはどうでもいい世界だし?」
「太陽の不在はお前の器にだって影響を及ぼすだろうが!」
「・・・言ったでしょ、どうでもいいんだよ何もかも」
「っこのガキ」
「ブラックさん。抑えてください。逃げられちゃったら困りますから」
聖域の周辺では雲が晴れたが、全てを正常な状態に戻すには時間がかかりそうだ。

紺が口を開く。
「あのね・・・キミは忘れちゃったかもしれないけど」
「私たちを作ってくれた知恵者は、失った自分の娘に模した姿でキミを作ったの」
しらない。そんなこと。
「奥さんが心を病んでしまって・・・そしてキミを本物の娘だと思いこんでしまった」
それは、他のてるてる達も初めて知る物語だった。
「娘につけた名前で君を呼んで、一緒に遊んで、すっと側にいたんだ・・・」
「じゃあ、どうして封印されていたの?」
「奥さんが死んじゃったから。一人でキミに向き合うことが辛すぎた、って言ってた・・・」
あざやかに蘇る思い出が、彼を余計に苦しめる。
「私達を作ってくれたひとだから・・・壊すことなんて、できなかったんだよ」
「うそだ、ボクはそんなこと覚えてない!!」
雹の記憶では自分は創造主に失望され、凍結されたことになっている。
ほかの姉妹に比べて感情も能力も安定しないから、と。

「一番愛されていたのは、キミだよ」
そんなわけない。
信じることができない。
「・・・・・・どっちがほんとうなの?」
分からない。
(僕は、何もいらないって思ったはずなのに、どうしてこんな気持ちになるの?)

その疑問が生じた時、内側から何かが呼びかける。
「開放しろ」と。

雹は何も分からぬまま、その声に従った。
もうなにも知りたくない。信じたことが嘘だった時の方がつらいもの。
辺りが光に包まれ、聖地の上空に居たはずの7人のてるてるは、
再び0と1が支配する、管理システムの世界に戻ってきた。

                  

 未だ滅びぬ悪 

世界の歪みと呼ばれる場所がある。
そこは地上に生きる人々にはたどり着けない、夢と現の狭間。
現実であり、そうでない場所。
オニキスで作られた大きな神殿がある。
宮殿のまん中には白い砂がさらさら落ちる砂時計がある。
これは宮殿の持ち主の寿命を表している。

宮殿に住む者こそ、干渉者。
この世界にあらゆる災厄の種をまく、悪魔のような存在。
何かを支配したい、という人の欲望に対し、干渉者は揺さぶりをかける。
そうして依頼人の望む力と引き替えに寿命をもらう。
干渉者が今なお生き続けているのは、人の欲望に果てがないから。
だから悲劇はなくならない。
だから災いは繰り返す。
人々がどんなに平和を願っても。
この場所で干渉者が生き続ける限り。
干渉者の目的は誰にも分からない。
その存在を知っているのはごく一部の者だけ。

異世界からやってきたフレデリカにも力を貸した。
そうして干渉者は研究した。
羊羹という、異世界の者が作り出した兵器。
おそらくは作り出した者すら気付かない力が秘められていた。
魔術と組み合わせることで、術者の意のままに汚染された者を操ることが出来る。

(大精霊の“器”・・・そんなものまで汚染させられるとはな)
じつに優秀な兵器だ。
作りだした者の命運など干渉者にはどうでもよかった。
(さて、もう一つの種はどうなったか)


種とは雹に植え付けられた偽物の記憶。
不要者として扱われた不遇の過去。
それがために雹は全てを憎んだ。

・・・この事実を知るのは、干渉者だけだ。

                  

 問答 

『して、何用だ?』
「彼の相方が行方不明でしてね。貴方なら探せるでしょう?」
『そりゃ、儂の針に不可能は無いが・・・』
「協力していただけますか!?」
『まぁ待て。汝の求めるものが何か分からぬ以上手伝いようがない。
 汝の望むものは何か?』
「フォルテさんを助け出すこと、です」

『違うな』
「えっ・・・!?」
女神は黄金の針を腰ひもに刺し、腕を組んだ。
『そんな今この瞬間だけの願いでは、私は動くことはできない。
 お前にとってその女はどういう存在なのだ?』
ラルゴは助けを求めるようにピウモッソを振り返った。
「・・・私の仕事は助力を呼ぶ所までだ。自分で考えろ少年」
うわぁ、心が読めるんだろうかこの人。

『むぅ、そんなことも分からずに側にいるのか?
 人というのはおかしなものよのぉ』
(俺にとってのフォルテさんは・・・)
ラルゴが悩み始めた時、女神が謎めいた言葉を言った。

『それは汝の運命すら変える可能性を持つもの。
 “幻想”と呼ばれる、実在する奇跡。
 もしそれを得ることができれば、世界の色は変わる・・・』

『当ててみろ。もし答えられたら特別に行ってやらないこともない』
アンティフォナーレは楽しげだった。
分からないけど知っている、知っている何かであるとラルゴは感じた

                  

 宝石泥棒と賞金稼ぎ 

「・・・お前、金は好きか?」
「えぇっ!?」
何を言っているのだ、この少女は。
とまどうラルゴに盗んだと思われる金ぴかの装飾品をいくつか手渡し、
「これ、やるから見逃してくれ」
ぶっきらぼうに言い放ち、逃げようとした。
思わずその手をつかんだ。
「ちょっと待って」

「急ぐんだ。捕まったら姉が泣く」
少女の水色の瞳を見ているうちに、思ってもいなかった言葉が口からぽろりと落ちた。
「・・・一緒に逃げよう」
月のない夜だった。
狩る者である賞金稼ぎと、狩られる者である、宝石泥棒が
共に路地裏を駆けた。


彼女はかつて心を無くしていた。

「・・・姉が、泣くんだ。私のことを、かわいそうだと言って。
 私は何故姉が泣くのかが分からなかった。
 そして今も恐らく・・・涙の意味を知らない」

十三宝珠の中に無くした感情が封じられている事を知り、それを求めて世界を旅した。
ラルゴは生まれつき自分のために力をつかえない呪を施されていたため、
自分の力を捧げるべき人をずっと探していた。
だんだん人間らしくなっていくフォルテの傍ら、彼女を守るために力を使いながら。

「旅をしていて分かったんだよ・・・結局こころに完全なんてものは、ないんじゃないかって」

そうして十二個の宝珠を手に入れて、最後の一つは俺が持っていた事を知った。
俺の呪いの中に、彼女の心があるのなら・・・
かえしてあげようと思った。

「生きようとしてくれ、頼むから。
 古い呪いだってなんとかなるかもしれないじゃないか。
 そんな、今死ぬのも後で死ぬのも変わらないみたいに言うな・・・」

ああそうだ・・・あの時彼女は泣いていた。
俺のために。

「生きていても・・・いいですか?」
「あたりまえだ。ばか。いつか言ったじゃないか。
 泣く時は俺の前で泣いてくださいって。
 お前が居なくなったら、あたしはどこで泣けば良いんだ?」


過ぎ去った物語。
それらすべてを経て、彼等は今も旅している。

                  

 託されたもの 

(あれ、あの子なんだろう)
神術使いピウモッソに連れられ、外に出て行ったラルゴの後ろを
アダージョと同じくらいの年頃の女の子が追いかけていく。
大人達は気付かず呑気に雑談を続けている。
(もしかして、幽霊・・・?)
アダージョは知らない。
それは大嵐でこの世を去った少女。
魂は冥界に降りたが、心・・・記憶は地上に留まっていた。

アダージョは外に出た。幽霊の様子を観察してみる。
心配そうなまなざしでラルゴを見つめている。

(なにか、心配事があるの?)
アダージョは心の中で少女に語りかける。
幽霊は驚いたようにこちらを見た。
『あなたには私が見えているのね・・・』
(うん)
『彼のおともだち?』
(まぁ、そんな風なものかなぁ)
実体を持たぬ者とは声を出さずに会話ができる。
しかしこの幽霊は随分と古い時代の服を着ている。
古王国時代に流行った文様・・・だったような気がする。
いつか本で見たことがある。

『・・・あたしはね、とうさまもかあさまも大好きだったの』
幽霊の少女はぽつりと呟いた。
『だから、ふたりが幸せそうにしているなら・・・それで良かったの』
悲しそうに目を伏せた。
『ほんとうは、ちょっぴりあの子が羨ましかったけれど』
(あの子って・・・?)
『私が死んだあとに、両親が愛した精霊さん。
 あの子は探しているの。存在の理由を・・・』

精霊が存在の理由を探したりするものなんだろうか?
すこしだけ不思議に思った。
『彼にこれを渡してくれる?』
(これは・・・)

いつの間に置かれたのか、アダージョの手の平には小さな石がのせられていた。
乳白色の中にチカチカと様々な色がきらめいている。
ふと顔を上げると、幽霊はもう消えていた。

「・・・・・・奇麗な石」
アダージョはそっと目を閉じ、この石の記憶を読み解く。
昔、あの子のお母さんが持っていた指輪についていたようだ。
大嵐に流されてからは水の底に沈んでいた。
(あの子とラルゴ君がどういう縁なのか分からないけど・・・)
「石はちゃんと渡すからね」
アダージョは呟いた。
遠い昔、どこかで生きた人々の思いを手の中に感じながら。

                  

 完全なる対の羽根 

半魔族のリタルダントは、あの日ラルゴにこう言った。

「あれはお前の“ 特別なひとり ペルフェクツォ・アイン ”だ。側を離れるなよ」

「ペルフェクツォ・・・アイン?」
「そう。フォルテがやろうとしている事には、必ずお前の助けがいる」
「本当ですか?」
「お前ぐらい自分の力に無自覚な奴も珍しいなぁ」
 多分それがお前等の良さなんだろうけど。
 おまえら二人、どちらが欠けても、やり遂げる事は出来ない。精々がんばれよ」
見てきたように、きっぱりと断言した。
(・・・そうだ、俺は答えを持っていた)

「望みはただ一つ、 特別なひとり ペルフェクツォ・アイン の元に行くことです」

『・・・よい響きじゃ。うっとりするのう』
輝くような笑顔で、空間の神は言った。
(もしかして、言葉の響きが好きなだけなのでは・・・)
少々疑いたくなったが、ともかくやる気を出してくれたようだ。
『それでは、探るとするか。暫く待っておれ青年』

木陰からアダージョが出てきた。
「うわー、すごい美人さんだー」
『誉めても何も出ぬぞ、こどもよ』
そう言いつつ、アンティフォナーレはちょっぴり嬉しそうだった。

「どうしたんだい、アダージョ?」
「あのね、この石・・・ラルゴ君に渡して欲しいって言われて」
「オパールか」
「多分そうですね。きれいだなぁ・・・ありがとう、アダージョ」
ラルゴは微笑んだ。
この石がフォルテの元に導いてくれるような気がした。



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