「天地の理を意のままに動かすことは、誰にもできぬ」
パルテ著“神無き時代に我等は生まれ”より。
世界と世界の間には境界がある。
それは極端に氣の力が薄い世界。
鏡の向こう側と言われることもある。
「そう・・・君がボクの邪魔をしてたんだ」
声がしたので、フォルテは体を起こした。
「アンタが“雹”・・・?」
「君、何なの?ずいぶん変な力使うみたいだけど・・・」
「あー、アレね。召喚術っつーのよ。ここじゃあ、使えないけどさ」
女は異空間に居るくせに、妙に明るかった。へらへら笑っている。
「・・・なにその余裕。君の相方は ただの人間だろぉ?」
ただの人間では、こんな場所に来れない事ぐらい君も知ってる筈だ・・・
「相方・・・ね。あんまり見くびらない方がいーわよ」
「なにを?」
「ただの人間を。うちの相方は、時々とんでもない事をするからね」
召喚士は、そう言ってにやっと笑った。
その笑いの意味が分からずに、雹はしばらく召喚士を見つめていた。
一体なんなんだこの得体の知れない女は。
「・・・どうした?私は別に逃げたりしないわよ」
「気にくわないね。君のその態度!」
いいや、なにもかもが。
雹は無意識に力を使った。氷の槍が飛んでくる。
「いっ、痛ぁ・・・」
「自分の口の軽さを反省するんだね」
それだけ言い残して、雹は消えた。
とっさに身を動かし庇った腕から、血が流れている。
(痛覚があるってことは、ここは夢界じゃないな・・・)
そう思った途端、ぐらりと体が傾いた。
何でだろう、と思う間もなくフォルテはその場に倒れた。
(ねむい・・・こりゃ暫く、眼ぇ開けられないなぁ)
疲労に抗う術を持たない彼女は、大人しく目を閉じた。
星を喰らった龍は大地に消え失せた。
そして龍穴に置かれた十二の宝珠は、互いに位置を知らせ合う。
石と石の連結。
目に見えぬ調和。
『はじまりより地に有りしもの』
『巡りの環をつなぐもの』
『季節を運ぶ者』
『命を呼ぶ者』
『我等精霊を見守る者よ』
『いにしえの力は解き放たれた』
宝珠の精たちは、どこからか浮かび上がった言葉を紡ぐ。
その姿が人を模した形では無く、宝石の色をした光に変わっていく。
『彼方から万物を照らす光よ』
『永久を約束された光よ』
『ふたたびこの地を照らせ』
『天と地と人の子らと・・・』
『われら全ての幸福のために』
『――――帰還せよ。聖灯と共にあるべきもの』
太陽。
あらゆるものに恵みもたらすもの。
宝珠の精は、主以上にその帰還を望んでいた。
さいごに呪文を口にしたダイアモンドの姿が虹色の光と化した時、
聖地を中心とした六芒星は完成した。
それぞれの頂点から光が伸び、円となる。
巡りの環。
その中心に居るであろう“太陽”に向かって、人には見ることのできない光は集結していく。
様々な土地に住むの精霊達の、思いと共に。
紺の攻撃をかわしながら、赤が言った。
「ブラックさん、もしかして攻撃用の力は・・・」
「置いてきてるよ向こうにッ!」
こっそり主の側を離れた事への詫びのつもりだった。
今のブラックは牙の無い獣と同じであった。
「うわぁああ、どーしようっ」
反撃の余地がない。
「せめて動きが止めれれば良いんだけど」
「しのぐだけでも精一杯ですね・・・」
「紫、あの二人が謎解きしてるからそっちに行けッ!」
「わかったわ!!」
「距離あるのに何で分かったの?」
「そりゃお前、オレと緑は表裏一体だからな」
便利な答えである。
「うーん・・・この“w”が謎ですねぇ」
「何なんだ、こいつ?」
「たしか青はブラウであってるはずなんですけど・・・」
ああでもないこうでもないと迷っていたその時、紫がやってきた。
空中に浮かぶ文字をじっと見つめ、びしっと指さす。
「む、紫っ・・・!?」
「天地が逆っ!」
「謎の“w”のことかッ」
くるりと字を回して青が叫んだ。
「わかった“himel blau”だッ!!」
緊急起動用のコード。直接“器”へと響く音。
ばちっと音がして、紺の体はその場に崩れ落ちる。
「何か・・・離れたよっ」
「あれは・・・」
「「羊羹!」」
すかさず赤が動きを止め、ブラックが仕留めた。
「汚染か。まぁリーダーが切れた時の方が動きにキレがあったしな・・・」
「・・・怒らせた事あったのね、ブラック」
「昔の話だ」
「ちょっと二人とも、呑気に話してる場合じゃ無いわッ」
「陣ができてる・・・見える!!」
なにもなかったはずの空間に、たしかに六芒星が浮かび上がっている。
「太陽の帰還を望む精霊の声が・・・・聞こえる」
わたしたちも帰らなければ。
『地上へ』
最果ての島では、龍を目撃した興奮がさめる気配が無かった。
「ふわー、何だったの今の・・・」
「凄かったですねぇ!!」「もう死んでもいいよ。ありがたや・・・」
「ばーちゃん、不吉なこといわんでよ」
「星を食べちゃうなんてすごいよねぇ〜」
めいめい、好きなことを喋りながらいつまでもいつまでも空を見上げていた。
何か物足りない事に気付いた男が、ジェンティーレに言った。
「おいネェちゃん、宝石のやつらはどうしたんだっ!?」
「あれっ、もしかして・・・流れ星を止めに行ったきり・・・」
帰ってきていない?
「どこ行っちゃったんですか!?アクアマリンさん、パールさんっ」
声の限りに、ジェンティーレは呼んだ。
『ここにいるよ』
「えっ、でも姿が・・・」
『見えないけど、居るんです。本来精霊ってそういうものなんですよ』
おだやかなパールの声。
『祈ってもらえるかしら』
「・・・?」
『もう一度日の光が・・・世界に降り注ぐように』
『あなた方の祈りが、この地に眠る力の純度を高めるんです』
誰かがリュートの弦をはじいた。
その指が、島に古くから伝わる歌を奏でた。
人々は、唄いだした。
祈りをこめて、高き場所にいる神に、届くように。
その歌声に守られて、ふたつの宝石はきらきらと輝いていた。
祈りに応えるように、龍穴の力は解放された。
標である二つの宝石に彩られた、不思議な光が人々の集まっていた岬から立ち上った。
「えぇっ、こんどは何ですかっ!?」
水色の光と、銀色の光が混じりながら空の彼方へ上がっていく。
ああ空には全ての希望があるのだと、人々は思った。
痛い。なんかずきずきする。
(あたし、何してたんだっけ。ああそうだ、断絶空間に居るんだった)
身を起こし、傷口に触れてみる。
血はどうにか止まったらしいがこの空間から抜け出す方法が分からない。
やれやれと再び眼を閉じた。
(しかし・・・あんなちびっ子が敵だなんてねぇ。変な感じ)
調子狂うわ、などと思っていると・・・
「やぁお嬢さん。お困りのようだね?」
何処から湧いて出たのだろう。
黒のマントに身を包んだ男が現れた。
深い紫色の瞳、鳶色の髪。白い手袋。マントの留め具は銀。
まるで舞台から抜け出してきたような格好である。
おまけに、嫌みなぐらい、非の打ち所がまるでない美形だった。
妙な雰囲気がある。人ではないものの気配。首筋がぞくぞくした。
「・・・何よアンタ。一体どこから出てきたの?」
困惑するフォルテをよそに、男はにこにこ笑っている。
「ふふ、僕の名前はティオ・レザン。通りすがりの魔族だよ」
男は軽くウインクした。
(あ、左目の下に泣きぼくろがある)
割とどうでもいい事にフォルテは気付いた。
「で、その魔族さんはどうやってこんな所に来た訳?」
「魔界はあらゆる世界と繋がっているからね、闇ある所なら僕らは通り抜けられるのさ!」
「それじゃ、私をここから出してくんない?」
「君は人間だから駄目★」
あっさり断られてしまった。
「・・・それなら、何しに来たわけ」
「君の知らない物語を語りに。僕は戯言師・・・形無き者の意を汲む者。
もし君が望むなら、大精霊が創られたそのわけを話そう」
自称通りすがりの魔族、ティオ・レザンはそう言って彼女に手をさしのべた。
それはこの空間から出るための、唯一の希望に見えた。
ブルストヴェルグでは青と虹色の光が立ち上った。
忘却の大陸では、紅と碧。ドレンテでは黄と黒。
その光は高く高く立ち上り、世界の中心を目指した。
再び古の神殿に戻った聖灯に向かって、真っ直ぐに飛んで行った。
夜の砂漠を旅する二人組がふと足を止めた。
「どうなさいました?」
女が傍らの少年を振り返る。
「あの光・・・」
少年が指さした方向には鮮やかな光が立ち上っていた。
ルビーの赤と、エメラルドの緑。
「夜なのに・・・どうしてでしょうね?」
「とても、きれい」
「ええ。きれいですね」
少年の笑みにつられて、連れの女もまた笑った。
おなじ光を水鏡で見ている者がいた。
「陣は完成したか・・・」
クリヴィスは剣を引き抜いた。
手の中でその姿が消え、魔女はそのまま寝床へ戻った。
(あとはレジェロの弟子が、何とかするだろう)
そんな事を思いながら、ずるずると長いスカートの裾を引きずり、無責任に眠りについた。
精霊を束ねる者達・・・“器”は大気の力を取り込むことでその姿を変える。
「ここは・・・聖域ですわ!」
赤が叫んだ。確かに眼下には聖域の塔が見える。
「おや、聖灯が戻ってるね」よかったよかったと青。
「私達も・・・精霊の姿に戻れましたね」
「あとは、リーダーだな」
聖域にある古代遺跡の祭壇。
カント=コンフィナリスは突如現れた半透明の少女と向かい合っていた。
「エレヴァートは、もう一人きりしか残ってない」
『君だけ、なの・・・?』
「そうだ。だから俺が死んだら正当な血族は途絶えちまう」
唐突に暗い話をされてしまった。
いくら大精霊とはいえ、死んだ人を生き返らすことはできない。
「でもまぁ・・・どうにかするさ。俺が生きてる間に何とかしてみせる」
紋章を魔法陣にかざし、彼は言った。
「エレヴァートと共に有り続けた光よ、再びこの地と、世界を守ってくれ」
『約束するよう。でもね、一つだけお願いがあるの』
「なんだ?」
『私に名前をつけて』
「・・・名前、ないのか?」
『うん。忘れちゃった』
面倒な展開である。
カントは若干疲れていたので思いついたままを口にした。
聖域の民の言葉で「空色」を意味することば。
「よろしく頼むよ、ヒメルブラウ」
カントはそう言って笑った。
(何だかすごくいいひとだなぁ)
『ありがとうカント君。ちょっと行ってくるよ!』
(行くってどこに?)
そう訊ねる間もなく、少女は姿を消した。
遙か天空、己が宿るべき器目指して飛んでいったのだ。
「そもそも彼女達は、宿神・・・万物に宿る精霊だった。
明確な形を与えたのが知恵者。だから、元々は姿形を持たない」
そう呟いた男は、いつの間にか本を手にしていた。
深い緑色の表紙に銀の装飾が施されている。
ぱらりと無造作にページを開き、フォルテに手渡した。
「読んでごらん」
ついと指さされた所を目にすると、
白紙のように見えたページに次々と文字が浮かび上がった。
『なぜ創り出されたのか、彼女たちは知りません』
彼女は静かに文字を追っていった。
『この悲劇を知るのは、渦中に居た者と人であらぬ者のみ。
その時代に生きていた知恵者とその妻の間にはなかなか子どもができず、
念願の第一子が生まれた時、二人はたいそう喜びました。
ありったけの愛情を注いで育てました。
可愛らしい女の子です。
よく笑い、よく泣く健康な子です。
十年の歳月が流れ、女の子はこれからも可憐に成長を遂げるだろうと思っていた頃
だれも予想できなかった大嵐が起こりました。
木々は倒れ、土砂が崩れ、集落は半壊しました。
そして避難している最中に、
愛し、守り、大切に育ててきた子を失ってしまいました。
知恵者とその妻は嘆き悲しみました。
「・・・・・私の愛しい子。お前はどこに行ってしまったんだ?」
わたしは十三の要、知恵者である筈なのに。
守りたい者の命すら守ることができない・・・・
なぜ、嵐など起こるのだろう?
嵐だけではない。日照りや集中豪雨、雷、大雪。
決して人の力ではどうにもできない自然の牙。
それがもたらす恩恵も確かにある。
だがある程度は管理できるようにはならないのだろうか?
人間の慢心を防ぎ、最低限の自然の厳しさを実感させ続ける術はないだろうか。
(そうか、私が要として出来る事はただ一つ――――)
知恵者は作りました。目に見えぬ精霊を束ね、人語を理解する“器”を。
はじめの一体は愛娘を模した姿で。
わが子を失った悲しみを、癒すかのように。
彼の友人は召喚士でした。
器に宿神を治める事ができたのは、友人のお陰でもあります。』
「これって・・・」
「君は巻き込まれるべく、巻き込まれたということさ」
遠い縁。奇妙な巡り合わせ。
(まさか召喚士が関わってるなんて・・・)
彼女の血を読み解いた魔族は全て理解していた。
ただ満足そうに、本を閉じ、笑った。
何故かその笑顔を、どこかで見たことがあるような気がした。
(・・・気のせいかしら?)
今は深く考えないでおこう。フォルテは頭を切り換えた。
「それで、話の続きはどうなったの?」
ラルゴは賢者の幽霊と分かれた後、ペザンテにあるセンプレの支社に行った。
(宝珠の精も姿を消しちゃったしなぁ・・・)
どうしたものかと思い、力なく休憩室の椅子に座ると声を掛けられた。
「あら、ラルゴ君じゃない。どうかしたの?」
「アレグロさん・・・」
神出鬼没だが、根は優しい人である。
ライトパープルの瞳で見つめられると、心まで見抜かれているような気がする。
「おねえさんに話してごらんなさい」
そう言われたので、彼はこれまでの経緯を話した。
彼女が居なくなってしまった事も含めて。
「なるほど〜、ラルゴ君最近見ないなぁと思ったら、そういう事だったんだ〜!」
「アダージョ、納得してる場合じゃなくってよ」姉のアレグロは溜息をついた。
「敵の正体がずいぶん曖昧ね・・・異空間に引きずり込まれてなけりゃ良いんだけど」
「いっ、異空間!?」助けに行くにはちょっとどうしていいか分からないような趣がある。
「引いちゃだめだよラルゴ。多分物凄くフォルテちゃん、助けを求めてるんだしさァ」
「それは・・・そうなんですけど。どうやって行ったらいいものか分からないじゃないですかっ」
「じゃあ聞くけどラルゴ君、彼女に会えなくなってもいいの?」
今日のアレグロさんは何だかいぢわるだ、とラルゴは思った。
「それは嫌です。でも、打つ手がないから困ってるんですけど・・・」
珍しく彼は気弱になっていた。今頃どうしているのだろうかと不安で仕方がない。
「でもぉ、姫のピンチには必ず騎士が駆けつけるじゃないですかぁ〜♪」
白馬とかに乗って。現実に白馬など、あまりお目にかかったことはないけれど。
「そうよっ!諦めちゃだめだよラルゴ。信じる者は救われるって昔から言うじゃない!!」
休憩室でお茶をしていたらしいアダージョとスヴィトに力いっぱい励まされてしまった。
「ねぇ、ラルゴ君が首にしてるそれって、宝珠がついてるんでしょ?」呑気な二人組をよそに、アレグロが言う。
「宝珠の呪いは解けたのに外れないんだっけ」
「はい・・・外れないんです。まだ呪われてるんですかねぇ・・・俺」
「逆だ」
「え・・・?」
振り返ると、透き通るような金髪に銀の瞳をした、中性的な人物が立っていた。
「精霊はお前を気に入っている。だから離れようとしない」
「そうなんですかー!よかったねぇラルゴ君」
良かった・・・んだろうか、果たして。
「お前が望むなら、手を貸してやらないこともない」
実に居丈高な態度であった。
しかし、それがピウモッソの常であった。
「是非、お願いします!」
ラルゴに迷いは無かった。
年がら年中、悲しいくらいに腰の低い男であった。
「愛ですね〜」
「うん、愛だねぇ♪」
「いーよなぁ若いって・・・」
「あら、レガート君久しぶりじゃない」
周囲の盛り上がりなど、今のラルゴの耳にはまったく入っていなかった。
「知恵者は恐れた。天候を操る力が個人の意のままになることを」
「たしかに、悪用すれば国を潰すこともできるもんねぇ・・・」
相槌をうちながら、フォルテは気付いた。
(アタシの怪我、いつの間に治ってるの・・・?)
雹に攻撃されて血が出ていたはずの傷が、痛くもなんともなかった。
どういうことだ、と聞こうとしたらまた本を差し出された。
仕方が無いので受け取る。
そうして続きを読んだ。
『知恵者の妻は、子を失った悲しみを忘れられず病気がちになりました。
ある日、夫の留守中に仕事場を覗くと娘にそっくりな人形があります。
思わず彼女は名前を呼びました。愛しい、我が子の名前を。
するとその人形は口を開きました。
「なぁに、おかあさま?」
応える時のちょっとはにかんだ笑顔まで、そっくりなのです。
「あなた、あの子が帰ってきたのよ・・・」
帰宅した知恵者に彼女はそう言いました。
“器”は、この段階では眼前の人の「そうあって欲しい」姿形を取るものでした。
知恵者は、悔やみました。
あまりにも悲しいと人は心を守るために、起こった出来事を忘れてしまうのかもしれません。
彼は覚えています。愛娘の手のぬくもり。大嵐で散っていった命。
彼女は心を病み、全て忘れて、“器”を本当の娘のように愛し、死んでいきました。
「ねぇおとうさま、おかあさまは何処へ行ったの?」
妻の失った娘に対する想いはあまりに深く、ついにその形を解除することは出来なかった。
・・・あまりにも辛い。これは娘じゃないと分かっているのに。
作ったのは自分だから、壊すこともできるはずなのに。
それすらも出来ない知恵者は、涙ながらにその“器”を封印しました。
いつか時が流れて、この罪が許されることを祈って。』
「さぁ、一番かわいそうなのは誰かな?」
幼い娘を失った知恵者か。
心を病んでしまったその妻か。
ずうっと亡くなった娘の代わりに愛され続けた器か。
・・・わからない。
知恵者のしたことは罪なのだろうか。
偽物の娘を愛した母は間違っていたんだろうか。
大精霊を作ることに手を貸した召喚士はどう思っていたんだろう?
分からない。
ひとつだけ確かなことは、彼女は・・・“器”は愛されていたということ。
心を病んだ妻は、嵐などなかったという妄想を信じ込み、己の娘として愛した。
ちっとも年を取らないことすら気にならなかった。
永遠を許されたこども。
そう言って死ぬまで可愛がった。
(どうして雹はそのことを忘れているんだろう?)
何だかその一点が解せなかった。
ひどく嫌な予感がした。
光が集う。
どこからか祝福の歌が聞こえる。
二つの三角形の交わり。世界の中心に自分の帰るべき場所がある。
(おかえりなさい)
何だか遠い昔に聞いたことがあるような、優しいだれかの声。
(・・・ただいま、女神さま)
心の中でそう返事をして、紺は目を開いた。
「リーダー!!よかったよぉおおっ」
黒が駆け寄り、抱きついた。
「よかった・・・召喚士さんに感謝しなきゃですね」
「雹はどこにいるの!?」
「ふぇ!?」
肩をつかまれて黒は困惑した。他の者も同じだ。雹の居場所など分からない。
「つーか、いきなりそれかよ」「何されたの結局」
「・・・汚染されていたんだと思うけど、よくわかんない」
「雹に会って、どーするんだぃ?」
ぽつりと青が問いかけた。
「私・・・あの子に言わなきゃならない事があるの」
他の姉妹達は知らない。
わたしだけが知っている。
あなたの過去を。