それは、たった一つの願いです。
幸せになりたい。
そもそもの始まりは、世界の秩序を守るために。
荒れ狂う混乱から人を護るために。
だれかの力となるために、
創られた存在だった。
「いいかい、君達は・・・・世界を動かす力そのものなんだ」
目には見えないけれど、この地上に確かに満ちるもの。
たえず巡らなければならない理
留まる事のできない大きな流れ
「だからこそ、その心根が曲がっていてはならないし、不安定では困るのだよ」
何を言われているのかも、分からなかった。
ならば何故このように創りだしたのか。
「君は―――だ。永久に凍結する」
「どーでも良いっちゃそうなんだけどさ」とフォルテ。
「何ですか?」並行して隣を歩きながら、ラルゴが問い返す。
「いやさぁ・・・最近ますます増えたと思わない?羊羹」
と言いつつ足下の羊羹をぶしっと踏みつぶす。
「確かに、増えたような気がしますねぇ・・・」
草むらを歩くたびに何匹もの羊羹に出くわす。
「こんなに叩き甲斐の無い敵ってのも、ある意味珍しいわよねぇ」
思わず溜息が出る・・・。
「ホント数ばかり多くて嫌になりますね」その数の多さたるや、夏場の蚊の如く。
「本当の問題点はそこじゃない気がするんだけど」「?」
「この、緊迫感の無さはどうなのよッ!?」
思わずフォルテは足蹴にした羊羹(崩れている)を指差した。
「こんな情けないものに世界が滅ぼされそうだなんて腹が立つと思わない!?」
「言われてみれば、馬鹿らしい話ですよね・・・・・・」
世界を滅ぼす敵の見た目がちょっと大きめの動く羊羹。
どんなファンタジーだこれは。
「例え洗脳とかいう恐ろしい能力がオプションで付いてるとしても、よ?」
このビジュアルじゃ怯えようが無い気がするが、如何なものか。
「確かに一理ありますが・・・」頑張れ、フォローするんだラルゴ。
「やっぱり人が人である限りは弱さから逃げられないし、
嫌な所を突いてくる敵と言えばそうですよね」
脅威なのである。どんなに見た目がマヌケであろうとも。
「ほんっと、早くどうにかしたいもんだわ」
振り向けばそこに脅威、なんて生活はあまり良い暮らしとは言えない。
「どうにかしたいものですねぇ」
異様な世界を正常に戻すためには、ただ前に進むしかないようだ。
神木様、ご神木様。
どうか答えてください。
少女は酷い日照りの中ぜえぜえと息を喘ぎながら、その木の元に辿り着いた。
「ど・・・うして・・・?」
我等が大地の民は古の誓約に従い、祈りを捧げ続けて来たはずなのに。
なぜ今、この時に助けてはくれないのか。
誰も彼もが皆、朽ち果てるのを待つだけになっている。
その木は母なる大地の守り神。
古の大陸で一番始めに命を与えられたもの。
ゆえに、その木は讃えられなければならない。
我等の母であるのだから。
いつ如何なる時も決して枯れることのない、大地の民の守り神。
命の象徴。大地の民の誇り。
とこしえに、永久に。
護って下さるのではなかったのか。
それとも、その考えが浅はかだったとでも言うのか。
「雨・・・を・・・・」
お願いです。
降らせて下さい。
このままでは、大地も人も乾ききり、全ての命は消え失せてしまう。
「そっか、龍穴だぁ!!」黒は急に納得した様子で声をあげた。
「・・・何が?」紫が訝しげに聞き返す。
「えーっとね、赤と緑が呼ばれた場所を思い出してみて」
青が答える。「ドレンテとアインザッツだろぉ?」
「そう。どっちも山岳地帯っていうか周囲を高いモノに囲まれてるからさ〜」
氣が集まり易いんだよね〜、と黒は得意げに言った。
「なるほどね・・・。そういう場所なら陣も敷きやすいわね」
六芒星、というのは地の理に叶っていたのだな。紫もまた納得した。
ふたつの三角形の重なり。
二重の陣の真ん中に聖地がある。今は閉ざされ、眠っている太陽がそこに居る。
「いま確実に言えることは、全ての鍵は聖地にあるって事ね・・・・・」
聖地は世界の始まりの土地である。
この世と断定されている場所が、今のように確たるものでなく様々なものが入り交じり
混沌としたさまであった頃、創造主が降り立ったと言われている土地・・・・それが聖地。
「だからこそ、私ら精霊を統べる者もまた聖地に居たって事よな」
始まりの地、創世の地。そこは古の力が残る稀な場所。
そうして、この世界の氣が集約する中心部。
集う膨大な力。目に見えない大きな渦が大気を満たす力場。
「あの場所に手を出すことはまかり成らないのよね・・・・・・本来なら」
「聖域の民の教えに・・・『この地に住まう者は皆、心清らかでなければならない』ってのがあったらしーよ」
「それ、裏返したら清らかでないもんが聖域に居たら悪いことが起きるって事かいな?」
「今まさに、聖地で力が悪用されてたら最悪だよね〜」
あはは、と冗談半分に黒は言った。
一瞬の静寂。
「ま、まさか・・・・?」青ざめる紫。
「いや、考えようによっては十分にあり得るねぇ」うーむ、と唸りながら青。
「嫌な感じがするね」なにかがざわざわと。不安で肌が泡立つような感じがする。
「そうね、中心が揺らぐからこんな事になってるんだわきっと」
紫は呟く。どこか遠くを見つめながら。
いますぐに行くから、あと少しだけ待っていて。
すべてを壊してしまいたい。
何もかも、もう嫌なんだ。周りにある全ての物が。
ここから先の事なんかなにも考えたくない。
未来というのは先を夢見る者達が造りだした言葉。
それでは夢を見れない人間はどう生きれば良いと言うのだ。
大勢に混じることも出来ない人間はどうすれば良いのだ。
ずっとこのまま、孤独という名の苦痛を味わっていなければならないのなら
「私は“この先”なんて要らないわ――――」
のぞみを捨ててしまうが良い。
世界は闇に包まれ、未来なんて絵空事は永久に来ない。
その声に呼応するかのように、黒い渦の中からぞわぞわと羊羹が生まれ出てきた。
「奪い、殺し、根絶やしにしてしまえ」
聖域にある、本来なら女神アークウィングを祀る塔の最上階。
ヒョウと少女はここに居た。
塔そのものが羊羹に汚染されている。
とどのつまり、氣の流れをねじ曲げることが可能になっている・・・
少女、アオリの思いのままに。
「そうだね。消えて無くなってしまえばいいんだ」ヒョウもまた、言った。冷笑を浮かべて。
『助けを求める声がする』突然ターコイズはそう言った。
「はぁ?私にゃ聞こえないけど・・・・何処で?」
『遠いな。ちょっと強引だけど転移するぜ!』
「何、アンタの独断っ!?」なにか召喚士としての立場がないフォルテであった。
『アンティフォナーレ、空間を裂く黄金の針ユールベントの守り手よ、かの精霊が待つ地に我等を誘導せよ!』
口を挟む余地すら与えず宝珠の精、ターコイズは空間転移の呪文を唱えた。
ものすごい力で見えない何かに引っ張られたような感覚がフォルテとラルゴを襲った。
空間を越える、というのは実際の距離を高速で越えているのではなく、短縮した距離を一気に越えている。
(ちょっとした裏技みたいなもんだけど・・・毎度の事ながらこの感覚酔いそうにるわ)
景色は一瞬にして去り、上も下も自分自身すらもどうなっているか分からなくなる。
(あー、気持ち悪いッ!!)
と、
不快感が消え去る。足下には地面の感触。空は雲一つ無い青空。ぎらぎら照りつける太陽。
ぜーはーと息をついて憎々しげにターコイズを見つめる。
「物事には・・・順序ってもんが・・・・あるでしょーが・・・・・」
ほんの少し前までむっつりと押し黙っていたくせに、急すぎる。
『――――いや、待ってられないだろ。
いっぱしに召喚士を名乗るならもちっと精霊を信用すべきだぜ』
言われてからフォルテにもようやく事態が飲み込めてきた。
「なによ、このねじ曲げられた環境」
正しく働くべきであるはずの精霊の力、自然の作用の歯車が狂っている。
「ここは・・・忘却の大陸ですよね・・・・古の契約に護られたもう一つの聖地とも呼ばれる・・・・」
大地の民が住まう土地。
あくまで他大陸との交流を避ける彼等は独自の宗教観に基づき生きている。
「ターコイズ。あんたに助けを求めたのは神木に宿る精霊ね?」
『流石は聡明なる我が主。その通りだ』
それはこの地の守り神であった。何千年も昔から。
短命な人々がそれでも懸命に生き抜いていくのを見守っていた。
この大地に住まう者の祈りこそが力に変わり、そうして人々に恵みをもたらしていた。
変わらない、大きな流れ。いつまでもこのまま平和に過ぎていく筈だったのに。
ラルゴは唖然とした。「これが・・・噂に名高いご神木ってヤツですか?」
眼前にあるのは、成る程確かにその名にふさわしい大樹であった。
しかし。
「枯れてる・・・・・?」
そんな馬鹿な事があるものか。古の契約なんて強大な力でもって存在し続けたものが・・・?
『土が汚染されたか、大気が汚染されたか・・・何だろうな。
とにかく精霊の姿が見えないぐらい病んでるなこの木』
フォルテの目にも確認出来ない精霊は、その姿すら現ことが出来ない程に弱っている事になる。
『俺にも聞こえたのは声だけだったんだ。しかしこれからどうすっかなぁ・・・』
「どーするもこーするも無いでしょ」
改善出来るとしたら、閉ざされている精霊の誰かだ。
さて一体何の精霊でしょうか。雷と春と風は出てきている。となると夏か秋か冬か・・・
「大変です!」思案していた所に、ラルゴの驚きに満ちた声が聞こえた。
「どーしたラルゴ」「お、女の子が倒れてます・・・・」
「大地の民かしら?とりあえず介抱してあげて。その子のお陰で解決の糸口が見つかった気がする」
「はい!」
「ガーネット、翡翠。大地より生まれ出た灼熱の紅と木の力を宿す碧の石よ、我が元に来たれ」
『直球勝負だねぇ』ターコイズが呟く。
「ってか単純に木には木かと思って」あとはここに住むのは大地の民だしな。
『お久しぶりです我が主』しずしずと和装の女性の姿を模した宝珠の精、翡翠が言った。
『忘却の大陸・・・・随分と歪んだように見える』
挨拶も無しに、いきなり核心に触れたのは長髪男性の姿を模したガーネット。
「その歪みを正せるであろう精霊を呼んで欲しいんだけど、アンタ達ならできるよね?」
爽やかな笑顔で、召喚士は言ってのけた。
『『・・・・・』』
宝珠の精は、互いに無言で顔を見合わせた。
『できなくは、ない』ガーネットが口を開いた。
「煮え切らない返事ねぇ。何か問題でも?」召喚士の問いかけに、沈痛な面持ちで翡翠が答えた。
『あの・・・・もし仮に、ですよ。仮に・・・守護精霊が病まれていたらどうします?』
「病む、って一時期のアンタ達がそうだったよーに負の力が働いて精霊の力の働きが乱れるって事?」
『その上、今解放されている宝珠の精はルビー、エメラルド、クリスタル、キャッツアイ、それに我等で6つ』
『消耗した状態で病んだ精霊様を止められますか・・・?』
なるほど。
要するに主思いのこの精霊達は自分の身の上を気遣っているのだな。なんだかこそばゆーい。
ニヤリと笑って、フォルテは言った。
「取り敢えず、精霊を呼び出してもらえたら事態の半分は解決するはずなんだよね」
どれだけ病んでいようと、
ターコイズがここに移転した経緯を考えれば神木の精霊は助けを求めている筈だ。
鍵は名前だと彼女たちは言った。
「やってもらえるかなぁ?」またもにっこりと、笑顔。
主に忠実な宝珠の精達は渋々、と言った感じで仕事にとりかかった。
『この樹に宿り、今は姿を失い空間を漂う偉大なる精霊よ』
『古の誓約に基づき、長きに渡りこの地を守護した精霊よ』
『『いま我等の力を糧とし、その姿を此処へ現せ!!』』
神木から、光が爆ぜた。
そうして姿を現した精霊の姿は・・・・元は美しかったのだろうに、
今は歪んで無惨な姿になっていた。
地上を守る七つの光が消えたのを感じたのはしばらく前のこと。
はじめに一番大きな光が。そうして時を同じくして他の六つが。
汚染され、平和だったこの地の歪ませてしまったのは確かに自分だ。
だけど、こういう時にこそ地上で輝いていなければならない七つの光が消え失せていた。
精霊の意識は光の消失を悟った時から失われていた。
しかし・・・・・
(何ということだ、これは)
あの豊かな大地が荒れ果てている。豊かな大地が、一滴の水も降らぬ不毛の地と化している。
見慣れぬ風情の男女、それから大地の民の子どもが見えた。
まだ何を言っているのかは聞こえぬ。
感覚は戻らないが目は見える。
そして口が使えるかどうかは分からぬが、呼ばねばならない名がある事を思い出した。
『ネーベルレーゲン、私のために歌っておくれ』
霧雨よ大地を癒せ。
この傷ついた神木を、哀れであると思うなら、どうか出てきてはくれまいか。
『遅くなってしまって悪かったわ・・・・・・』
紫の髪をなびかせて、精霊は言った。
「いいえ、お気になさらずに。これであとお二人ですね?」
『後二人ね。そう・・・・後二人。ブラックを含めると三人だけど・・・』
「・・・・それでは、この場はこれにて失礼します」
紫が外に出てすぐに取りかかったのは歪みを治すことと、
雨を降らせて傷つき病んでしまった神木と大地を癒すことであった。
それらが一段落してからようやく、協力者である召喚士フォルテと話をしたのだが・・・
(何やら、忙しそうな女の子ね?)
ガーネットと翡翠を預けて、さっさとどこかへ行ってしまった。
大地の民の少女は、雨が降った事を知り喜び勇んで集落へ帰って行った。
「じゃね、頼んだわよ翡翠にガーネット。神木の精霊様にも宜しく言っといて」
神木の精霊は、今はまた姿を消して眠りについている。
颯爽と去っていく主を見送りながら、宝珠の精は深い溜息をついた。
もちろん、紫の知らない所でだが。
『大丈夫でしょうか・・・』
『あれは昔から嘘が下手だな翡翠。心配されるのに慣れてないんだろう』
『不安、です』何もかも背負おうとしている主のこの先が。
『なに・・・・今のフォルテには精神安定剤がついている。大丈夫さ』
地上に舞い戻った光はこれで三つ目。
すべての光が揃う日は、近付いてきている。