そして彼女は眠りの中で、
どんな夢を見ているのだろう。
そこは聖域と呼ばれる島、中心地にあるのは創造の女神を讃える塔。
今は羊羹を生み出す中心地と化している。
ヒョウは小さな窓から外を眺めている少女に話しかけた。
「アオリは・・・どうしてここに居るの?」
呼ばれた少女の髪は青く、紺地のセーラー服を着ている。
胸元のリボンは深緑。首には何故か―――黒い首輪、
「ここ、というのはこの世界という事かしら」長い髪をなびかせて振り返る。
何かを諦めたような目で笑う、不思議な少女。
「うん。ボクは元々ここで作られて・・・破棄されてたんだけど。アオリは違うんだろ?」
「・・・私はね、元々過ごしていた世界が、憎くて憎くてどうしようもなかったの」
理由なんて言葉では、語れないほどの憎悪。
「だからいわゆる仮想現実というものに、のめり込んでしまった訳」
「仮想現実・・・・?それはこの世界の事!?」
ヒョウはアオリ腕を掴んで、尋ねた。
「いいえ。ここではない別の何処かだわ。近くて遠い、誰も辿り着けない場所・・・・・」
辿り着けないからこそ、ひとはそれを希い、焦がれ、求める。
「そこは、アオリにとって楽しかった?」
何だか良く分からないので、ヒョウは重ねて質問した。
「楽しい・・・・そうね、現実以上にろくでもないという点では楽しかったかもしれないわ」
だけど、それと同時に。
「何もかもが虚しかった。結局どこにも私の求める物は無いんだと判ったから」
「・・・・それじゃあ、アオリはこの世界に迷い込んでしまっただけなんだ」
がっかりしたように、白髪の少女は呟く。
(僕のように、ずっとこの世界の誓約の中で縛られていなくても良いんだ―――)
うらやましいな、と思った。「でも、私は」アオリが口を開く。
「自ら迷い込んでここに居るの。帰るつもりは無いわ」にっこりと微笑む。
ヒョウも思わず笑った。
現実の肉体がどうになっていようと知った事ではない。
「いまの私はね、この世界が滅んでしまう所を見たいの」うっとりと、ささやく。
崩れてしまえ。朽ち果ててしまえ。世界が軋み、滅びの歌を歌い上げる瞬間を―――私は見たい。
相変わらずここには何もない。真っ白な空間。
「いやぁ、いよいよ2人になっちまったねぇ黒・・・・」
「そ〜だねぇ、青ちゃん」
然し、少しだけ変化している事があった。
「さっきから思ってたんだけど、目を閉じて神経を研ぎ澄ますと少しだけ外の様子が分かるよね?」
頬杖をつきながら、黒。
「確かに・・・・赤や緑、紫の事はなんとなく判る。
問題の白の居場所がいまいち分からないのがアレだけどね」
ふたつの宝珠に守られるように、光り輝く自分に近しい存在。
「多分ブラックはまだ――――辿り着いていない」同色のためか、黒はそこまで分かるようだった。
そもそも黒とブラックは時を同じくして作られた。
そのため、呼び名を変えた同色名が与えられている。
「紺は、リーダーはさ・・・」青がぼんやりと呟く。
「どうしているのかな。陽を閉ざす、とは具体的にどういう事を言うんだろ・・・」
まさか居なくなってしまった訳ではあるまい?
「力を封印されているって事なのかなぁ?」
「でも、太陽見えなかったらかなり困るよねぇ・・・」
自分が植物なら死活問題だろうなーと思った。
「困るよね。というか・・・リーダーは何で抵抗しなかったんだろう。
アタシとしてはそこが不思議なんだけど」
たしかにそうだ。
彼女はてるてるの中で一番始めに創り出された、一番力を持つ存在。
だからこそ太陽を司っている。
「・・・雹はいつ創られたんだっけ。本当は彼女の方が私達より先なのかな?」
「どうだろう。初代の知恵者が創り出した事は確かだけど・・・」
長く生きていると記憶とは曖昧になってしまうものである。
何かを摂取する必要の無い彼女らに「生きる」という言葉が適切かどうかはともかく。
「もしかしたら、一番始めに創られたのがあの子かもしれないねぇ」
「覚えてないって事は、そーなのかもしれない・・・うーん・・・・」二人で首を傾げてしまう。
「この世界は、分からないことが多すぎるね」悪意に満ちているかのようだ。
「本当に。うちらでさえそうなんだから、人間にとっちゃ大変だろうねー」
「どうしたフォルテ、不景気な面して」
休憩室で話しかけられたので顔を上げると、燃えるような赤い瞳の少年がいた。
「誰かと思えば・・・若年寄のリタルダントじゃない」
リタルダントは見た所ただの性格悪そうな子どもなのだが、
実は魔族なので無駄に長生きである。
「相方はどうしたんだ?」優雅にコーヒーなどすすりながら尋ねてくる。
「んー、今ほーこく中。意外とセンプレってお役所仕事だよねー」
彼女の相方・ラルゴはセンプレの雇われ賞金稼ぎであった。
「普通の役所は魔族なんか雇わないと思うが」
「それはそうかもねぇ」あはは、と笑いながらフォルテは言った。
「どうした、やけに覇気が無いな」
「手持ちの宝石の半数開放してるからね・・・ナチュラルハイにもなるさ・・・」
頬杖をついて机に広げた地図に目を落とすと、思わず溜息が出た。
「ようやく半分か・・・・」まだまだ先は長い。
「せいぜい足掻いてみる事だな。それはお前が選んだ道だ」
灰色の髪に朱の目をした魔族は楽しげに笑った。
「何なら、餞別に魔具の一つもくれてやろうか」若年寄は笑っている。持っているのかお前。
「いらないわよそんな・・・持ち主の力を根こそぎ持って行くよーな恐ろしい代物、人の手に余るわ」
「冗談だ」
「性格わっるー、長い間生き過ぎるのも考えものねぇ・・・・」
はぁあ、とまた溜息をつく。
「そうだとも。人間は我々から見れば短命で油断したら病にかかるし、
食わなきゃ死ぬしで、ありとあらゆる意味で制約が多すぎる。
しかし、だからこそ這い蹲って生きるのだろう?」
なるほど一理ある。
多分おそらくきっと、リタルダントは性格が悪いなりに励ましてくれているようだ。
「悪あがきは、人間の特権だ。大昔から人間にだけ許されてる事だ」
「はぁ・・・そう言われちゃしょーがないわねぇ・・・見苦しく、足掻いてみるわ。ありがと」
礼を言われて驚いたのはリタルダントの方であった。この女も随分と変わったものだ。
「フォルテさーん、報告終わりましたよっ」
「早かったじゃん」
「なんか今はどこの部局も忙しいみたいですよ・・・あれ、リットさん今日和。お久しぶりですね」
ラルゴはいつも通りの笑みを浮かべている。
「あぁ、久しぶりだな優男。変わらないねぇお前は」
「何でそんな、しみじみと言うんですか・・・?」
「いや、誉めてるんだ」眩そうに目を細める。
フォルテが変わったのは、こいつのお陰だろうなと、彼は思った。
「ちょっと耳かせラルゴ」
「何よ、内緒話ぃ?」ちょっとふて腐れたような声が聞こえる。
「な、なんですかリットさん・・・」
耳打ちされた言葉に何故かラルゴは一瞬驚いたような顔をしたが、リットと二言三言交わしたのちに
「お待たせしました!」と戻ってきたときは、いつも通りのラルゴだった。
(一体なんだったのかしら・・・?)
内緒話が苦手なフォルテはしかし、相方に問いただす事も出来ない。
(まぁ、いっか)今はそれどころじゃないしな、と自分に言い聞かせることにした。
「これより、鎮めの贄を捧げえぇえる!」
ばたばたばたばたっ、と大粒の雨が降りしきる中、島の男衆は輿を担いでいた。
「待ってくださいよぉっ、何だって通りすがりの旅団の踊り子を勝手に生け贄にしようとするんですかっ!?」
横暴にも程がある。
「ええい、やかましい小娘だ、嵐が収まらぬのだから仕方が無いではないかっ!」
「ひょっひょっひょ、ここで会ったが運の尽きよ・・・」
「土着の者ではなく、余所者の肉が好きなのじゃ、龍神様は」「諦めろよネェちゃん!」
「それでもって、若くて奇麗な娘さんなら言うこと無しじゃ」
「誰かそれ実際に確認したんですかっ?」
「ぬ・・・とにかく、昔からそういう事になっておるのじゃ!さぁ観念しろッ」
なんだこの野蛮な思想は。普通は土着の者を生け贄にするものじゃないのか?
踊り子ジェンティーレは困っていた。このままだと本当に殺されてしまいそうである。
「だーんーちょーうー!!助けて下さいよう!!」
「助けを呼んでも無駄じゃ。お仲間は今頃食事に盛られた薬でぐっすりよ・・・ひょっひょっ」
いちいち手が込んでいる集団である。
(うぅ、島という閉鎖的環境に住む人達の、追い詰められた時の団結力って・・・無駄にすごい)
彼女は輿に力任せにぐるぐると縄で縛り付けられ、周りで騒いでいる島人に担がれている。
絵に描いたような生け贄姿だ。雨粒が顔に当たって、痛い。
「ちょっとお聞きしますけどー、私はどこまで連れて行かれるんですか!?」
ごうごうと風が吹き荒れ、木の葉が舞い、
人の住みかも全て流してしまいそうな豪雨の中、彼女は必死に声を張り上げ問いかけた
「ええい、黙って祈りのコトバでも唱えていれば良い物を・・・」
「本当に生きの良い娘じゃの。こんな状態で無ければ惚れそうじゃ」
何だかさりげなくとんでもない事を言われている。
「あの岬だよ」
そんな事言われても見えないんですけど。
「岬っ!?じゃあなんですか・・・もしかして海にドボン!ってやつですか!?絶対やです!!」
「既にお主に否定権は無い」
んなこと言われても、命がかかっているのである。岬についたらしく、彼女は一旦地面に降ろされた。
島の男たちは彼女を見下ろしている。
(何か・・・何か無いかしら。時間稼ぎになりそうなこと)それでいて同情してもらえそうな何か。
「この若さで死ぬのであればせめてぇ、一曲踊らせてくださいぃ・・・」
しくしくと、彼女は急に泣き出した。一同に動揺が走る。
「踊るたって、この雨風の中で?」「音楽も何もねぇってのに」
「踊ると見せかけて逃げるつもりじゃねぇだろーな、姉ちゃん!?」
「そんなつもりは無いですぅ・・・ただ私は踊る事を生業としてきた者として、死ぬまでそうありたいだけですぅ」
彼女は泣き真似を続けながら、妙に冷静であった。
なんだか自分はこんな所ではまだ死なないような気がする。
ジェンティーレは、前向きを通り越して物凄く楽天的な女であった。こんな状態に陥っても、
心のどこかでは何とかなるんじゃないかと思っている。
「いいんじゃねぇーか、別に。踊り子なんだろその子。踊らせてやったら?」
誰かが言った。「この豪雨の中、踊るなんてできんのか見物だしな」
「それはいえてるかもしんねぇ」
「どう足掻こうと、運命からは逃れられんぞ小娘」神妙に、先導の老人が言った。
運命?そんなもの知ったこっちゃ無い。どこで潰えるか分からない物を信じたりなんかするものか。
彼女は変に割り切っていた。
はじめから信じていない人間に、それは決して振り向かない。そういうものだ。
「逃げる気なんてないですよ。第一、逃げようが無いですし」
もし本当に運命があるのなら、ただひたすら、抗うだけだ。
踊り子は笑った。とても爽やかに、悲哀の一欠片もなく。
一同の長はただ一言、こう言った。
「・・・・縄を解いてやれ」
場所は変わって、アインザッツの知る人ぞ知る名店、バレルハウス。
「お久しぶりですマスター!しばらくバイトに来れなくてすみませんでした」
「何かあったのですかアパッショナート君?少しやつれて見えますが・・・・」
初老の男は心配そうに青年を見た。
「いやぁ、ここの所寒かったもんで。あはは」
売れない画家は密かにこの店でバイトをしていた。
春の精霊フリューリングとお喋りな宝珠の精達には、お留守番を頼んでいる。
ちなみに、彼がやつれているのはここの所色々とあったため、寝食忘れて制作に没頭していたら
知らぬ間に減量に成功してしまったという悲しい事情からだ。
おまけにバイトもど忘れしていた。人としてどうなんだそれは。
心の底でちょっぴり反省していると、店の扉が開いた。
「こーんにっちわー♪」からからーんと扉についた鐘が鳴る。
入ってきたのは何となく眠たそうな黒髪の女。「おや、リヴェメントさん今日和」
「あぁ、今日もいい男ねぇマスター」
「ふふ・・・年寄りを誉めても何も出ませんよ」
二人の会話を聞きながらアートは店のグラスをキュッキュと熱心に拭いていた。こういう作業は好きだ。
「おやおや、画家君が来てるじゃない。おねーさん会いたかったわー。
また創作に没頭しすぎて痩せたの?羨ましいわねー」
「楽器を演奏する人って痩せないんですか?」何となく体力を消耗しそうなイメージがあるのだが・・・。
「いや何つーか、人にもよるんだろうけど私の場合は演奏後お腹空いて食べちゃうからねぇ。
増えもせず減りもせずかな?あははー」付け足したような乾いた笑いが何となく怪しい。
「それはさておき、好きなものがあるってのは良い事よね、うん!」
「ええ、私もそう思いますよ」にこやかにマスターも言う。
「出来れば死ぬまでシェイカーを振り続けたいですねぇ」
目標は生涯現役。何ともプロフェッショナルな台詞だ。
「そういえば私もときどき楽器と心中したいなぁって思うことがあるわ・・・」
それは医者に行った方が良いんじゃないだろうか。
画家の卵は内心でそう思ったが、うっとりしている演奏家に遠慮して聞かなかったフリをした。
好きだからどうにもならないのか、どうにもならないから好きなのか。
一体どちらなのか。分からない。
まるで分からないけど・・・
好きという感情は、自分をこの世に繋ぎ止めている要素の一つであると思う。
それが何であれ、生きるに値すると思えてしまう物となるべく早く出会うことが
楽しく生きていくコツかなぁ、と画家は密かに思った。
『青、黒あなたたちまだそっちに居るの?』
「その声は紫っ!?」「残念ながらまだ閉じこめられてるねぇー」あはは、と青は笑った。
何だかもう笑うしかない。『困ったものねぇ・・・・』紫は溜息をついた。
『でも、後2人出れたら良いんですし』これは赤
『あとはブラックさんがガイセルドに辿り着けば良いんですよね♪』いつの間にか緑の声も。
『全く、手間が掛かる話だぜ・・・』
「ところでさ、さっきも考えてたんだけど、誰か雹が創られた時の事覚えてない?」
『創られた・・・いつでしたっけ・・・』
『あれ、全然記憶に無いです』
『どうしてかしら・・・・』
『やっぱり俺たちより前に作られてたんじゃねーのか?』
「リーダーより先に?」『そこまでは分からないけど・・・』
試作品、と誰かが言った。
『そんな事言ってたっけ?』
『いやでも失敗とか何とか』聞いた記憶があるような、無いような。
なんだか記憶がひどく曖昧模糊としている。
『そういえば、前々から思ってたんだけど・・・』と紫。
『雹を開放したのは、誰なんだろう』
「あれっ、そういえばそうだよね・・・・永久凍結って術とか呪札とかで固めてしまうんだよね、確か」
『人間がどうにかできる域じゃなかった気がするぞ、あの面倒な作業は』
「でも、雹が封じられていた事なんて、いったい誰が知ってたんだぃ?」
『私達ですら・・・場所さえ分からない』
「おかしい、よね」
『誰かがけしかけている感じがします。それが誰でどんな目的を持っているかは分からないけど』
『時期を狙って、どのタイミングで何を転がしたらより悪くなるかばかり考えてる奴とか?』
『それはもはや、人間ではないわ・・・狂ってる』
悪意を具現化したら、或いはそのような物になるのであろうか。
「えっ?・・・なにこれ・・・あ、あれ・・・フォロン?なんで!?」
黒が突然、虚空に向かって叫びだした。
「どしたの黒っ!?」
「やばい・・・・私が行かないと!」
踊り子は、命を賭けて踊っていた。
しかしそれは、状況に反して実に静かな舞いだった。
無駄な動作は一切無い、ゆっくりとした踊り。踊りながら心の中で、ジェンティーレは祈る。
(どうか・・・・この地を守る貴き者よ―――この嵐を鎮めたまえ)
降りしきる雨粒が飾りか何かの如く、踊り子の周りをキラキラとはねる。
まるで水に宿る何かが、彼女の命に従っているかのように。
島の者達も、その不思議な光景に見入ってしまう。
ただ無作為に贄として捧げるつもりだった踊り子は、聖霊に愛されている。
時々、わずかにだが存在する。俗に聖霊憑きと呼ばれる者が。
どんな場所であれ、その土地の精霊と意志を通わせる事が出来る。
(聖なる者の寵愛を受けた娘・・・)
もしこの島の生まれなら、巫女として生きる事になったであろう、と長は思った。
雨の精霊が彼女の祈りに応じてか、雨粒は彼女に触れることなく軌道を変えた。
ぱしっ、と見えない何か―――聖霊に弾かれ、そのまま大地へ落ちる。
踊り子は海に面した崖の淵で身をかがめ、身体の前で両手を合わせた。そして瞳を閉じる。
まったく知らない単語が突如、頭の中に思い浮かんだ。
(嵐の王、ラーベンシュヴァルツ)
わが祈りを聞き、この地に安らぎをもたらせ。
音がした。とても大きな音が。
おもわず彼女は目を開く。
「な・・・・なにこれ、龍!?」
自分の目の前にいるそれは、他の言葉では形容できないものだった。
それは海を割り、すさまじい水音と共に嵐の中に現れた。
「りゅ、龍神さまだー!!」
「皆の者、祈れぇえい!」
「贄はこの通り、捧げますっ!」
「だからどうかお静まり下さい!!」
(こんなでっかい奴に食べられるの・・・!?)
改めて宙に浮かんでいる存在に目を向ける。
胴は巨木よりも太く、鱗は自分の顔よりでかい。爪など自分の腕ぐらいありそうだった。
しかし、なんだか苦しんでいるような・・・?
(気がする・・・・っけど、あああこっち向いた)
とても大きな口がこっちへ近付いてくる!
(終わりだ――――)
祈りは届かなかった。
観念して、ジェンティーレは目を閉じた。
その時、どこからか声が聞こえた。
『こらぁあっ!フォローン!!!』
空耳?と思ったが声は確かに聞こえている。
『エトセ・タリカ・レィヴェンシュヴァルツ―――主名において命ずる!その子を食うなぁっ』
「え・・・・?」
自分の目の前に、見たこともない女の子がいた。
髪の色は漆黒。
(ああ、それでラーベンシュヴァルツか・・・)
こんな状況なのに、彼女は呑気にそんな事を思った。
しかしなおも、龍は動きを止めない。巨大な口が開き、光る牙が迫ってくる!
『食うなっつてるでしょーが!!』
ぼこぉん、と少女は龍の喉を思い切り蹴り上げた。
(龍神さまを蹴った・・・!?)
その場に居た人々は、自分の目を疑った。
ごほごほっ、と喉に蹴りをくらった龍神・・・通称フォロンは咳き込んだ。
(龍神って咳き込んだりするんだ)
なんだかもっと、偉大な存在だと思っていた島人たちはしばし唖然とした。
『大丈夫?』黒が話かけている。
と、大きくげほっと咳をした龍神の口から何かが飛び出した。
「あ、あれはまさかっ?」あの黒い物は。
見た目とは裏腹に恐ろしい力を持つ例のアレに似ている気がする。
「よ・・・・」
「・・・・羊羹?」「たぶん・・・羊羹だったな!?」
「じゃあ・・・龍神様は・・・」
「お、汚染されていたって言うのか!?」
「それで嵐が起きてた、のか」
神様なのに?島人の間に震撼がはしった。
「黒き悪魔、相手を選ばずって事かしらねぇー」突然、聞き慣れない声が聞こえた。
「う、うわっ何だこの女!」
「いつの間にっ!?」ふぅ、と溜息をついて召喚士は言った。
「私の事よりもあんたら、ジェンティーレに謝んなさいよ。それがスジってもんでしょ」
「わあっ、フォルテさんだ!どうしちゃったんですか〜こんな所で会うなんて、奇遇ですねっ☆」
踊り子は我が身に起こった危機など2億光年前に置いてきたかのように、爽やかに笑っていた。
この世で一番恐ろしい物は、あらゆる危機などではなく、こういう楽天家なのかもしれない。
水神の怒りから生じていた嵐は、唐突におさまった。
ひとびとは風雨で荒れ果てた島内の後かたづけに追われている。
島の長の家では、召喚士が現場に居合わせた面々に話をしていた。
「・・・ということで、この2つの石を守ってくれたら平穏無事に過ごせます。保証します」
フォルテはなげやりにそう言った。
「本当か?」
「年寄りを騙そうったってそうはいかんぞ!」
「何ですかっ、フォルテさんの言うこと信じないんですか!?」ジェンティーレがぷんすか怒っている。
「そりゃそーだろ」「石を守るだけで平穏に過ごせてたまるか!」
「ひひっ、旨い話には裏があると言うしのぅ」
実に疑り深い。
(殴ってやろうかしら、こいつら)フォルテは密かにそう思った。
「いえいえ、本当に大丈夫なんですよ」
オレンジ髪の長身の青年がそう言って微笑んだ時、一同は大いに戸惑った。
(何だこの無垢な笑顔!?)
(し、死んだばーさんの笑顔を思い出すのぅ)
(どうしよう、ときめく。初恋のあのひとを思い出す)
(いや、流されちゃいけないんだろうけど・・・なんだか騙されてしまいたい様な)
警戒心むき出しだった面々が、何故か一瞬にして癒されてしまった。
はぁ、とため息一つ。召喚士は精霊の名を呼んだ。
「アクアマリン、パール。清き水と月の気配を司る者よ、我が元へ来たれ」
来たりてこの地を守り、夏を司る精霊の力となれ。召喚士はこころの中で言葉を紡ぐ。
それに応じて宝石が煌めき、2体の宝珠の精が姿を現した。
「何じゃ!?」「まっ・・・・まさかこの女?」
「いや、こ、このお方はッ!?」
島の人々はざわめいた。
『マスター、何やら騒がしいですが何事ですか』
『なにかあったのですか?』
「相変わらず呑気ねアンタ達・・・まぁ、いいや。外野は気にしなくて良いからさ、
精霊様の位置特定に一役かってくんない?」
『分かりました』
『要するに、ここで待機ってことですねー』
「そういう事。そのうち迎えに来るからさぁ」
『了解ですわ』『まってまーす☆』
夏の精霊が水神の傷を癒している間に、召喚士は宝珠の精に約束を取り付けた。
(あれ、騒がしかった連中がえらく静かになったわね・・・)
「召喚士殿?」
「なに・・・何よこの空気?」明らかに先程までとは違う。
「ご無礼を働いて申し訳ない」
「我等海の民は、自然と人の仲を取り持つ力を持つ貴女を尊敬しております」
「何のご縁か分かりませんが、今後ともよしなに・・・」
「はぁ。取り敢えず石の事は宜しく頼みます」
「おおせの通りに」
(・・・・何でこんな、唐突に態度変えるかなぁここの連中。気持ち悪いわ)
召喚士は知らない。この地にかつて偉大な召喚士が来て、悪しき海の精霊を鎮めたことを。
その精霊を守護精霊とし、この地を永久に守護する誓約を与えたということを。
時代が過ぎれば、あとに残るのは伝承だけ。
しかし語り継がれる限り、伝承は生きている。
彼等が急に態度を変えたのは、この地の危機を救ったのが
一人の召喚士であったことを、昔から聞かされて育ったからである。
『なんだか変なことに巻き込んじゃってごめんねぇー』夏の精霊はフォルテに詫びた。
「気にしないで下さい。私は自分に出来る限りの事をしているだけなので」
『あと2人だから・・・・お願いねっ!』ぺこりと頭を下げた。
「陣を完成させて、太陽を起こしましょう」おそらく自分に出来る手伝いは、そこまでだ。
「それではまた」
『気を付けてね!!』
『マスター、がんばってくださいねっ』『ご武運を・・・』
精霊、宝珠の精だけでなく、島の人やらジェンティーレが属している旅団の面々まで見送りに来ている。
「フォルテさーん!無理はしないでくださいねー!!」
踊り子が人の間に埋もれぬよう、ぶんぶん手を振っている。
「・・・何だかなぁ」
「すごいですねぇ」召喚士とその連れは、微妙な心境だった。
『さて、行くんだろうマスター?』
「えぇ。多分次はアプゼッツェンのどこかだと思うんだよねー」
「確か港町に支局がありますよ」「本当センプレって手広いわねぇ、感心しちゃう」
『よし、んじゃあ跳ぶぜ!』
光が爆ぜ、二人の姿は消え失せた。
『マスター、あんなに力使って良いのかな・・・』パールが心配そうに言う。
『退くに退けない状態なんじゃない?』アクアマリンは冷静に分析をした。
『うーん・・・世界の危機は分かるんだけど、なんかもっとこう身体を労ってほしいとゆーか』
『言えばよかったじゃない。そう思ってるんだったら』
『そうなんだけどねー』
『だってマスター相方の言葉しか聞かないじゃん』
『確かに、ね』
「何となく取り残されている気はしてたけど・・・・いよいよ一人ぼっちかぁ」
いやーまいったな。おねーさん困っちゃう、と青は乾いた笑いを交えつつ、独り言を呟いていた。
『一人コントしてる場合じゃねーぜ、青』
「おやブラックじゃん。しかも映像つき!?」
なにもない空間に、半透明の制服姿のブラックが浮かんでいる。
『相変わらずマイペースねぇ、あなたは』
『本当ですわ』制服姿ではなく、精霊の姿をした紫と赤もそう言った。
「ブラックはまだ解放されてないんだねぇ・・・」
『そうだ。だがオレもそろそろ帝国へ行くみたいだぜ』
解放の時は近い。聖地を中心とした六芒星が描かれるのはもうすぐだ。
『いやー、まいったまいった!まさか龍神に羊羹が宿るなんてねぇ・・・・』この声は、黒。
『輪をかけてマイペースなのが来やがったな』ちっ、とブラックは舌打ちする。
『ま・・・待って下さい・・・本当に汚染されていたんですか?』
緑も来た。いつの間にか全員集合。まあ、リーダーは居ないんだけど。
『されてたっぽいよ?羊羹みたいなもの吐きだしたもん』
(黒が言うと緊迫感がないなぁ)
他のてるてる達は、無言でそう思った。
「それなりに精霊に近い存在である龍神が・・・・汚染ねぇ」
『紫ん所も、御神木の精霊が大気の汚染で病んじまったんだろ?』
『ええ、そうよ』
『じつは風の丘の精霊さん達も具合を悪くしていたようで・・・・』
「一体どうやって治したのさ?」
『召喚士さんがくれた宝石のお陰でどうにか』
宝珠は六芒星を浮かび上がらせるための標であり、魔よけの役割も果たしている。
『アインザッツでも雪の精が汚染されていたようでしたけど』
「待っとくれ。皆なんでそーいう重要な情報を教えてくれなかったんだい?」
『だって、言う暇なかったじゃない』言い切らないで凹むから。
蔓延る羊羹、どこまでも拡大する汚染。
はじめは動物たち、そして人間。さらには、目に見えない精霊たち。
『神木の精に水神フォロン・・・古の誓約に縛られた守護精霊まで汚染されるなんて』
『つーか、十三の要も汚染されてたしなぁ』
『えぇっ!?』
『なにそれっ、本当なの?』
『嘘ついてどーすんだ』
「・・・ブラック、初耳だよそれも」
『ここまで何もかも全てが汚染されているということは・・・・もしかして』
紫は一息置いてこう言った。
『・・・・・リーダーも、汚染されているのではないかしら?』
『太陽が汚染?』
『流石にそれは・・・・無いと思いたいんですけど』
『だ、だって閉ざされてるんでしょ?
汚染されてるとは、かっ、限らないんじゃないかなぁ!』
黒の声は思い切りうわずっていた。
『とにかく、青さんとブラックさんが精霊の力を取り戻さない限りは・・・』
「リーダーを起こす事も出来ない」
『そうだな・・・打つ手が何も無ぇし』
『汚染されているかそうでないかなんて、起こしてみなければ分からないです』
緑が静かにそう言った。
もし汚染されていればどうすればいいのか。
分からない。だが彼女たちは逃げることが出来ない。役目がある。
だから起こさなければならないのだ。閉ざされている、太陽を。
「なにかなぁ、この目障りな光は」
雹はちかちかと、小さいけれど瞬いている何かに気付いた。
その光は初めは2つしか無かった。赤と緑の光。
だけどいつの間にか増えてきている。
黒、クリーム色。それから紅、碧。
(また、増えた・・・?)
今度は水色と白。これは一体なんの光なのだろう。
ふと雹は気付いた。
赤と緑、黒と黄色、紅と碧。
それらが正三角形を描くように輝いている事に。
(紺を起こす気か。あいつら、まだ諦めて無いんだ・・・・)
なにをしても無駄だと言うのに。
(協力者が居るのか・・・?)
バカな。精霊の姿が普通の人間なんかに見えてたまるか。
見えるわけがない。だれも、気付くはずが無いんだ。
「たとえ、居たとしても・・・ここに辿り着くことは出来ない」
聖地そのものに、外敵を排除する仕掛けがあるからだ。
だから何人たりとも近付けないと分かっている。
(分かっているのに。どうしてボクは・・・こんな・・・)
あの光に対して怯えているのだろうか。
目障りな光。色があることを見せつけるかのような輝き。
それはまるで、色がない事が悪であるかのように美しく煌めいている。
色を与えられなかった少女は小さな窓から外を睨め付け、小さく呟いた。
「もしアオリとボクの邪魔をするつもりなら・・・・容赦しない」
世界の崩壊は止められない。もう誰にも。
たかが人間ごときに、邪魔をされてたまるか。