てるてる編・其の六



大切なものはなに?
かつて忘れようとしたものは、
一度忘れてしまったことは、
本当にもう二度と取り返せないのだろうか?

記憶の海の果てには
無数の思い出が打ち上げられている。




 調停者の足音 

「何か来てるわ・・・」アオリが呟いた。
「そうだね。身の程知らずな連中がこの島に来ようとしている」
「邪魔だわ」「・・・・邪魔だね」
とても嫌な感じがする。
不吉な力がこちらへ向かってきている気がする。
「なぜかしら・・・震えがとまらないの・・・・」
抑えよう抑えようと思っても、体の内側の何かが怯えている。
ヒョウはそっとアオリの手を握った。

「大丈夫。ボクはここにいるから。どこにもいかない」
「ありがとう、雹・・・・」
少女は、白い髪の不思議な少女を抱きしめた。
いまこの塔の中で確かなのは、お互いの存在だけであった。

「・・・・雹は、怖くないの?」
「ボクは・・・怖いってことがよくわからないから」
「強いのね・・・」「そうじゃないと思うけど」

「でも、怖いなら怖くないようにすればいい」
雹はポツリとそう言った。

「この塔に誰も入って来れないようにすれば良いんだよ」

                  

 ある田舎町の一コマ 

緑の街ブルストヴェルグ。さびれた居食屋の厨房で、少女と青年がせっせと仕込みをしていた。
バイト君はさくさくと玉葱を刻んでいた。イツキは鶏の出汁をとっている。
「店長・・・暑いですねぇ今日は・・・・」
「たしかに、水蛇の月にしては異常な暑さですよねぇ」
「水蛇の月は、もっと雨が降って涼しい筈なんですけど」
わけもなく二人は溜息をついた。
暑い。暑くなるともう、人はそれだけで無気力になってしまう。
照りつける日差し、流れる汗。ちょっと外に出れば虫にくわれる。
「まぁ・・・洗濯物の乾きは早いから良いんですけど」
「確かにそうですよね〜 あと、洗い物も早く乾きますね」
二人が仕込みをしながら夏トークに興じていると、
「よぉ、お二人さん。今日も暑いねぇ・・・・冷えた酒呑ませてくれぃ!」
「困りますよグストさん・・・準備中の札見えなかったんですか?」
バイト君が真面目に抗議したが、呑む気満々な中年は聞く耳を持っていなかった。
「今日はあのメガネ君は居ねぇのか?」
いそいそとお気に入りの席に座りながらイツキに問いかける。
「ボスですか?居ませんよ」
「こんな何かと物騒な時に出掛けるなんて、本当にオーナーは自由人ですねぇ」
「忘れた頃に帰ってくるんじゃねーか。いつもみてぇに」
「言えてますねぇ、それ」
「うちのツケは忘れないうちに払ってくださいね、グストさん♪」
笑顔と共に冷えた酒を机に置き、雇われ店長は再び仕込みに取りかかった。

グストという名が本名なのか否か、イツキは知らない。
他の常連がそう呼んでいるからきっとそういう名前なのだろうと思っている。
3日と日を空けずに来るほどの常連だが、どこに住んでいるのかもイマイチ分からない。
謎多き常連は、そんな雇われ店長の疑問を全く気にせず早速ちびちび酒を呑み始めた。

                  

 夢界で語る魂 

彼女は夢を見ていた。夢の中はあらゆる世界と繋がっている。
もうこの世には存在しない人物と、夢の中で会っていた。
遙か昔に肉体を失った、偉大な召喚士と。

(なぁフォルテ、お前は自分が何を助けようとしているのか、分かってるか?)
ぼさぼさの金髪、深い緑の目をした少女が語りかけてくる。
「・・・困っているようだから、あなたの教えに従って力を貸しているけれど、正直分からないわ」
(あの精霊サマ方はな、大精霊だ)
「大精霊?」
(この世界を成り立たせる要素の一つ・・・万物に宿る精霊を束ねる者たち)
人の目では見ることができないが、確かに四季と風と雷を運んでいる。
(まだ本来の力を取り戻していないから実感が湧かないだろうけどな・・・・)
「神木の精霊や、水神たちの様な守護精霊も従える事が出来る力を封じ込められているということ?」
(そういう事だな。私も詳しくは知らないが―――幸運を)
「待って、レジェロ!それじゃあなたが生きてた時代に大精霊は居なかったって事・・・!?」
(お前がそう思うなら、そうなんじゃないのか。未知の領域に踏み込めるのは、生者の特権だ)

特権。
近ごろそんな事ばかり言われている気がする・・・・
「んなこと言われても、どうしろってぇのよ」
眠りから目を覚ましたフォルテは思わず呟いた。
辺りはまだ暗く、夜は明けていなかった。
それだけ確認すると、召喚士は再び瞳を閉じた。

                   

 想いは風となって 

「最近、羊羹を見なくなったわねぇ〜」
「そういえば、そうだねぇ」「風も吹くようになったし」
「西の森にはまだ出るらしいですよ、羊羹」
「そうなのかぃ・・・面倒だねぇ」
「はやく消えないかしら、アレ」「本当にねぇ」
井戸から水を汲み上げながら、グリュネはおかみさんたちの話に耳を傾けていた。
「シスター、まだ帰ってこないわねぇ」
「帝国の連中に酷いことされてないと良いんだけど・・・」
「祈るしかないねぇ」「本当に!この地を守る神の加護を信じるしかないわ」
それしかできない、待つ身は無力だ。
水を汲み終わったのでグリュネは井戸を離れて歩き出した。

ふと思い立って、家に戻る前にグリュネは育ての親が眠る場所を訪れた。
教会の共同墓地。何故かずっと行く事が出来なかった場所。
「やっと来れたよ、じーちゃん」
そう呟いて、祈りを捧げる。
(今の私は・・・・ひとりではないから)

家に帰るのが苦痛でなくなったのは、小さな同居人が居るから。
「ただ今」
『お帰りなさい、グリュネさん!』
『寄り道でもしてたのか?』
「いや、ちょっと・・・お墓にね」
自己満足かもしれないけど。それでも。
『きっとおじいさんも喜んでるよぅ!!』
「そ、そうかな・・・・?」
『届いているさ』妙に確信を持った声で水晶の精は言った。
「・・・そうだといいな」
少女は宝珠の精に向かって微笑んだ。

風を司る精霊は、上空からその様子を見守りながら彼女の想いを風に乗せた。
はるか彼方にある御霊に届くようにと。

                  

 雪解け水を使用しています。 

「いやしかし、こう暑いとやる気が出ないねぇ・・・」
ちびちび酒を飲みながらグストは呟いた。
「むしろやる気があるグストさんを見たことが無い気がしますけど・・・」
「あ、それは言えてますね店長」
「なにおぅ、俺は酒を飲むときはやる気満々だぞ!?」
「何の自慢にもならないと思いますけど」バイト君のツッコミは、割と的確であった。
(そういえばグストさんの職業って・・・何なんだろう)
冷静に考えたら一度も聞いたことがなかった。しかし聞いてはいけないような気もする。
イツキは深く気にしない事にした。若者の特権である。

「白い恋人って、見たことあるか?」グストがぼんやりと聞いてきた。
「しろいこいびと・・・?」「店長ぉ、酔ってんじゃないですかあの親父」
「酒の銘柄にシュネ−なんてあるからよ、懐かしくってな」
シュネーとは余所の国の言葉では無かったか。イツキにはその意味がよく分からない。
酔っ払いが手にしている小瓶には、異国の文字が刻まれているようだ。
「グストさん、白い恋人ってなんですか?」
「・・・・雪の事だよ。この辺じゃあ降らねぇからそんな通称知ってる奴ぁ少ないだろーが」
そこまで言って、酔っ払いはぐびりともう一口酒を飲んだ。
「雪って、見たこと無いですけど白くて冷たくて溶けるんですよね」
「あぁ、大体正解だぜ」
「雪の降る所に住んでたんですか?」訊ねたのは、バイト君。
普段あまり自分の事を話さない謎の常連が、珍しく自分の事を話しそうな空気になったので
すかさず聞いてみたのであった。
しかし。
「おいさんにも色々あったんだよ・・・・」
酔っ払いはどことなくダンディにそう呟いてお茶を濁した。

シュネー、その言葉の意味するところは「雪」
謎の常連の素性は依然として謎のままであった。

                  
 

 割と正しい邪推 

(うーん、ひとりだ)
独り言を言うのも虚しいので、依然として謎の空間に閉ざされている青は一人、考え事をしていた。
(リーダーが居ない・・・って事は聖域の灯が絶えてるって事だよなぁ)
仮に自分がこの空間から解放されて、聖地を中心に六芒星を描けたとして・・・
「・・・そんなに都合良く目覚めてくれるのかねぇ“太陽”は?」
「淡々と事が運んでいると不安になるなんて・・・心配性だなぁ、我ながら」溜息一つ。

『よぉ、まだそっちに居んのか青』
「ブラックかぃ。アンタはもうガイセルドに着いたの?」
『着いたのー?』この声は黒だ。
『ああ・・・戦が近付いてるのを感じる。大気が怯えているし、人の心もざわついてる』
「そっか・・・・アタシとブラック、どっちが先に辿り着けるのかねぇ」
『分からん。名を呼ばれるその時を待つしかねぇなぁ』
『っていうかー、ブラックは正式名と通り名の二つを持ってるの?』
「アタシも気になってたんだ。外に一番早く出たのはアンタなのに・・・」
『武器としての名、それから正式名だな』
「じゃあ雷電ってのが・・・」『武器としての名って事だね!』
『そーゆうこった。要に使われてたからなぁ・・・例外だって事はオレもわかってるんだ』

「要・・・ね」
『あのおじいさんが要ってイマイチ信じられないよねー』
けっこう言いたい放題である。
「しかし、創造主が降りてきたわりに事態はさっさと解決しないもんだねぇ」
『そりゃやっぱお約束なんじゃねーの』
『そうだよう青ちゃん、来て速攻カタついちゃったら面白くないよう』
・・・そういう問題なんだろうか。
「まぁ、名を呼ばれるのを待つしかない、か・・・」
外の世界の実情を、まだ青はその目で確かめてはいないのだから。

                  

 埋もれた記憶 

その夜、彼は夢を見ていた。
昔の夢を。遠い、故郷の夢を。
雪が降っている。暖炉の薪がぱちんと爆ぜる音がした。

「あなたの怖いものはなに?」
怖いもの・・・嫌われるのが怖いな
「ふうん。だから誰とでも仲良くできるんだ」
悪いか?
「いいんじゃない?そういう人は将来間者とかになるといい」
間者?なんだそれ。
「スパイのこと。かっこいいじゃない」
・・・そーかな。
「男の浪漫ってやつを感じない?」
べつに。

図書館でいつも本を読んでいた少女。
なぜ自分は彼女の名前を忘れてしまったのだろう。

「ねぇ知ってる?雪の精は名前を告げると喜んでくれるのよ」
窓の外を見ながらそう言っていたのは誰であったか。
「わたしの事は忘れていいけど・・・精霊の名前は時々、思い出して」
雪降る季節がくるたびに。

「・・・・夢、か・・・・?」

夢は記憶の海。
夢の果てには忘れ去られたものが眠っている。
そして記憶は夢に溜まっていく・・・・知らないうちに。
「誰だっけありゃ・・・シュネーなんて酒呑んだせいかぁ?」
たしかに彼女は居たはずだ。それは覚えている。
名前だけが出てこない。「年喰ったなぁ・・・オレも」
しみじみ呟いてしまったため、余計に切なくなった。

                  

 ひらかれた扉 

彼はとある任務でブルストヴェルグに顔を出すようになったが、
この田舎町に住む人々はなんだか人を油断させる力がある。
普段は全く気ならない鍵をかけた記憶が、ふとしたはずみに蘇る。

(しかし・・・昨日の夢は何だったんだ)
妙にはっきりと覚えている。
(わたしの事は忘れていいけど、ってのが気になるな)
まるで初めから忘れられるべき存在だったみたいじゃないか。

無意識のうちに昨日と同じ酒を頼んでいた。
シュネー。雪。そういえばあの子は冬にしか居なかったような・・・・?
「あそこに居る奴、なんて名前だったっけ」彼は当時の友達に言った。
「・・・何言ってんだ?あの席は空席だろ?」

「グストさん?どーしたんですか。ぼーっとして」
そう呼ばれて、我にかえった。
居食屋のテーブル。いつもの席に座っていた。
となると、酒が見せた白昼夢なのか。
幽霊・・・・?
(いいや、違う。この時期しか出てこれないだけ)

いつか交わした会話・・・・!

思い出した。北の海に流氷が流れ着くころ、その少女は現れた。
シュネーベル。雪の眷属。雪の結晶のようにあらゆる形に変わり、人を惑わす。
何故人の姿をし、図書館なんかにいたのか?
(それは、見ていたら面白いからだ)
(しかし・・・ばれてしまったからお別れだ。またいずこかで逢おう)
やけにクールにのたまった少女は最期に一つ教えてくれた。
雪の精の名前。冬を統べるもの。

『アイスカルト・・・』


青はいきなり扉が開けたように感じた。
それまでは存在すら感じなかった扉。その向こう側には緑豊かな大地があった。
(出れた・・・!)

                  

 夏に降る雪 

召喚士とその相方がブルストヴェルグに着いた時、なぜか雪が降っていた。
「なんで雪・・・?」
「このあたりでこの時期降るなんて話は聞いたことがないですねぇ」
歪みなのかなーと思ったが、どうやら冬の精霊サマの出血大サービスのようだ。

「すごいですねー、こんなのが空から落ちてくるなんて」
きゃっきゃとイツキははしゃいでいる。
「雪なんて絵本の中の出来事だと思ってましたよ、僕」
バイト君も素直に感動している。
『いやぁ、喜んで貰えて嬉しいよー』
「・・・・・・ノリ軽いなぁ」中年が素朴にツッコミを入れる。
「白い恋人、か・・・」随分と久しぶりに見る気がする。
どこかでシュネーベルは俺のことを笑っているのだろうか。
手の平に落ちた雪がゆるやかに溶ける。
「あのー、感傷にひたってる所申し訳ありませんが、世界平和のために協力していただきたいことが」
「何者だねーちゃん!?」いきなり世界平和とな。新手の宗教?
「えっと、新手の宗教では無くてですねー」
朗らかに、やたらと背の高いオレンジ頭が説明しだした。

「・・・・宝石を、ここに?」
「はい。置いておくだけで良いんですが・・・・」
「いっちゃん、頼めるか」
「別にいーですよ。グストさん」
居食屋の雇われ店長は物事を深く考え込まないたちなので、安請け合いをした。
『すまないねぇ、巻き込んじゃって・・・』召喚士が消耗していることを青は感じ取っていた。
「責務だと思っていますので、どうか気にしないで下さい」にこりと笑う。

「サファイア、ダイアモンド。氷の力を秘めし深海の青、永遠を司る輝きの石、我が元に来たれ」
「うわぁ、なんかちっちゃいのが出た!」
「すごいですねぇ・・・」盛り上がるギャラリー。
『・・・・ちっちゃいの、とは失礼な小娘だな』
「大人げないよダイアモンド」
『我々は・・・・冬の精霊様の標となれば良いのだな?』
「その通り。まかせたわよ」
グストは遠巻きにそれを眺めていた。
(召喚士なんて輩がまだ存在していたとはなぁ・・・)
各地で異常気象が起こるのは精霊もおかしくなっているからか、と一人納得した。
さりげなく宝珠をイツキに押しつけて。なかなかずるい大人である。

「あと一カ所・・・・ガイセルドですね」
『頼んだよフォルテ!』精霊サマに力いっぱい励まされてしまった。
「がんばってくださいねっ!」
何だかよく分からないけれど、片眼鏡のお姉さんが一生懸命なことはイツキにも分かる。
「・・・・ありがとう」
もう一息で太陽が目覚める。
(だからそれまでは、保ってくれよ私の力)
召喚士は小さく祈った。
「フォルテさん・・・・」ラルゴが心配そうな目でこちらを見ている。
「だいじょーぶ、精霊サマ達の力が段々戻ってきてるからね」
正常な流れが戻る日は近い。内なる血が彼女にそう告げていた。

                  

 変貌の刻 

その塔は世界の中心。
今、暗き雲に覆われ、姿を変えようとしている。
黒い荊が不毛の大地から生え、石造りの塔の外面を覆い隠すように這い上がる。
すべてを拒絶しているかのような。
すべてを否定しているかのような。
荊、荊、荊。
まるで怯えているかのように刺々しい。
棘、棘、棘。
もう塔の表面を覆いつくしてしまった。
細い棘、太い棘、長い棘、短い棘。
ふたりの少女の絶望。

「誰も入れてなんかやらない」雹は呟いた。
もう閉じこめられるのは嫌だ。
手に入れた自由を何としても死守したかった。
「なにもかも壊してやる」
行く手を阻むすべてを。
そうしてでも守りたいものために。




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