核と記憶、総じてこれを魂と呼ぶ。
核は生まれ変わるために冥界へ下る。
それでは記憶は何処へ行くのであろうか?
「アオリ・・・・ボク、行かなきゃいけない場所があるんだ」
「行くって、何のために?」
「この地に光を、呼び戻さないために」
君を護るために。
「・・・最大の防御は何だと思う?」
「攻撃?」
「その通りだよ。ここを守るためには必要なんだ」
ぎゅうっ、とアオリが雹を抱きしめる。
「気を付けてね」
「ボクはだいじょぶだよ。すぐ戻ってくるから、待ってて」
白い髪の少女は、それだけ言い残して
完全に閉ざされたこの部屋から姿を消した。
ひとりきりでこの部屋に居た時間の方が、雹と過ごした時間より長かったはずなのに、
何だかひどく淋しかった。
いつの間にか、あの子と一緒にいることが当たり前になっていた。
本来なら異なる世界に住む、交わらないはずの縁。
雹が帰ってきたら言ってあげよう。
「おかえりなさい」と。
『総帥、今大丈夫ですか?』
ずらっと執務室に並んだ割り符のうち、一つが光る。
「どうした、グスト」
『耳を疑いたくなるよーな話を仕入れてしまいまして』
「・・・聞こう」
時間に余裕がある訳ではないが、エニグマは情報は武器だと思っている。
うさんくさくても聞いてみなくては始まらない。
『この世の四季と風、雷、太陽を司る精霊ってのが居るらしいんです』
「ふむ」
他は聞いたことがあったが太陽の精霊なんていたのか。
『原因は不明なんですが、その精霊方が異空間に封じられてしまい・・・』
「ああ、それで各地で妙な事が起きてるんだな」
『そーいうことです』具体的には、干ばつとかイナゴの大発生とか。
『異空間から脱出するためには精霊の真名が必要なんです』
「ほう、精霊に名があるのか」
『ええ。古の言葉みたいなんですが、俺には良く分かりません。
各地の龍穴に標・・・ってもまぁ、宝石なんですけど、それを置いて』
「・・・六芒星を浮き立たせると、そういう事か」
龍穴と聞いただけで六芒星と切り返せるあたり、この総帥は侮れない。
『はぁ。何だか夢みたいな話なんですけど・・・あの召喚士、やる気でしたよ』
目がマジだった。
使命を帯びた者だけがする眼差し。
「なるほど・・・・そんな事が起きていたとはな・・・・」
『取り急ぎ、連絡した次第です』
「・・・礼を言おう」
そういえば、とグストは付け足した。
『総帥、預言の子は、くたばってませんか?』
「まだその話は聞かんな。奮闘しているようだ」エニグマはわずかに目を細める。
『何よりですな!!それでは失礼いたします』
「あの少女によろしく言っておいてくれ」
ふっ、と割り符から光が消え失せる。
総帥はしばらくこめかみに手を当て、考えを巡らせた。
そして小さな溜息をつき、別の割り符を手にとった。
頼れそうな人物に、たった一人しか心当たりがなかった。
ここは忘却の大陸。
土の民が住まう地。彼等の信仰の象徴たる神木が大地に恵を与えている。
ひとびとは祈りを捧げる。
神木の精霊が一日も早く回復し、正常な力がこの地に満ちることを。
『少しずつだけど・・・・戻ってきてますね、力が』翡翠が呟いた。
(お前達のお陰だ。ありがとう)
神木の精霊が内なる声でささやいた。
「ねぇばばさま、どうしてお日様は隠れたまま出てこないの?」
年端のいかないこどもが老婆に問いかける。
「未だその時ではないからじゃよ・・・」
「その時ってどの時っ?いつになったら出て来るの?」
「今はお疲れのご様子。聖地にたちこめる暗雲が晴れれば・・・・」
「お日様が出てきてくれるのね!」
「そうだとも」
『早くそうなって欲しいものだな・・・・』ガーネットが呟く。
『そうねぇ。でも、あと一人なんですよねネーベルレーゲン様?』
秋の精は答える。
『そう、あと一人が龍穴に辿り着けば太陽は目覚めるはずよ』
ただ・・・何か嫌な予感がする。
(平穏無事に進みすぎている・・・何故雹は妨害してこないのかしら?)
このまま何事もなく太陽が目覚めてくれればいい。
そう思っているのだが、なぜか不安は消えない。
(我ながら嫌な性格だわ。慎重すぎるのも考え物ね)
ほかの龍穴に居る仲間たちのことを、
そして未だ目覚めないリーダー「紺」のことを思った。
(大気に満ちる人々の不安。戦いが始まる―――――恐らくは私達も)
戦わなければならない。
ほんとうの敵は何なのか、それすらも分からないけれど。
それは意志に呼応する力と呼ばれている。
黒の時代に作られた異形を倒すための武器。
大量につくられたはずのそれは、現代には数えるほどしか残っていない。
まして、使える状態で発見されることはごく希である。
石を手にした青年は次の瞬間、見事な槍を手にしていた。
これは大したものだと思った。
雷の神がその手に持つような見事な槍。
まっすぐな心根と、泉の如く清らかな意志の強さを感じた。
『オィ、何ならオレが力になってやろーか?』
「声・・・・?」
おどろいた青年は傍らの師に声をかける。
「老師さま、聞こえましたか今の声っ!?」
「きこえたとも。おお懐かしい友―――よ。随分と久しぶりじゃな」
名を呼ばれた。
『何だ、あんたの弟子だったのかそいつ。しっかし・・・随分老けたなぁ』
「この世の定めじゃ。仕方あるまい。ぬしは変わらぬのぅ」
「老師さまには姿が見えているのですか・・・」感心したように青年。
「ふふ、古の血が濃いものでな・・・」
彼には昔から様々なものが見えていた。ゆえに聖霊憑きなどと呼ばれていたこともある。
ブラックは少しずつペザンテに近付きつつある要の一行の中にまぎれていた。
無論気付いているのは老人だけだったが。
(なぁ、主)
「どうしたのじゃ雷電」
(昔の事を思い出したんだけどよ・・・・主がまだ老師の元にいた頃だ)
「それはまた随分と昔じゃのう」
(老師は何て名だった?)
「たしか・・・リンケハントと呼ばれておったな。本名かどうかは分からんが」
(左腕、か。戦争で無くしたと言っていたな・・・)
「なにかあったのかの」
(なんでもねーよ、気になったから聞いただけだ)
(教えてくれてありがとよ、主)
ブラックは老人に標のことも、危機のことも話していなかった。
真名を呼んでくれるのは彼では無いと分かっていたから。
あの槍に宿る力となる契約を結んだときに与えられた名が「雷電」
真名は別にある。
(となるとリンケハント・・・あんたか)
「あら、ラルゴさん今日和!」
にこにこと微笑む少女は世にも珍しい薄紫色の髪をしている。
「久しぶりだねドルチェ・・・リメンブランツァに居たんだ?」
ほとんどの港町にはセンプレの支局がある。
職員は出入り自由。休憩コーナーのお茶も飲み放題である。
「私は転移の法が使えるのであちこち飛ばされてるんですよ」
困ったことです、と言いつつ少女は嬉しそうだった。
「でも、元気そうでなによりだよ」
爽やかな笑顔。相変わらずいい人だなぁとドルチェは思った。
「そういえば、フォルテさんは一緒じゃ無いんですか?」
彼女にとってフォルテは恩人だった。
「あっちに居るよ」ラルゴが指差した先にあるのは休憩コーナー。
「分かりました。行ってみますね」
よほど疲れているのだろう。眠っている。
「・・・・・」
ドルチェは物音を立てないようにそっと隣の席に座った。
フォルテの手に自分を手の平を重ね、力を送る。
今の自分にできるせいいっぱいのこと。
いたわるような波動を感じて目が醒めた。
「ぅに・・・?」
「起こしてしまいましたか?」
「・・・・・・あぁ、ドルチェ。ひさしぶりー」
「何だか大変そうですね」
「んー、隠してもしょうがないね。色々と大変なのよ・・・」
「ホントは私も同行出来れば良いんですけど・・・」
彼女には特殊な力があり、
大気に満ちる氣の力を汲み上げ、それを内に留め、自由に使うことができる。
ふつうの術者は氣を汲み上げることはできても留めることはできない。
「確かにドルチェが居たら百人力なんだけどねー」巻き込むのはいかがなものか。
「でも、お会いできて良かったです。触れないと力を送ることができないから」
「・・・・ありがとう」
小さく笑って、フォルテは再び眠りにおちた。
時々ラルゴは、
自分にも術者としての力があれば良かったのにと思うことがある。
そうすれば少しは助けになれたかもしれない。
力を送るドルチェを見ながら自分の無力さをちょっぴり噛み締めた。
ペザンテ城の広大な敷地の片隅にひっそりと碑がある。
大賢者と呼ばれた男の功績が称えられている。
つねに人々を愛し、人々から愛された。
墓を作らなかったのは、生前の彼の意志。
その骨は崖の上から海へと撒かれた。
故郷の島についに帰ることはできなかったから。
(たしか・・・あいつの墓はこの辺りにあったな)
正しくは墓ではないが、この碑は大賢者の墓とも呼ばれている。
ぼんやりと佇んでいるなにかが見える。
(久しぶりじゃの・・・)
それは老人の形となった。柔和な微笑みを浮かべる。
『幽霊、なのか?驚いたぜじーさん・・・』
(ふむ・・・・また、戦かの?)
『まぁそんなようなもんだ』
『俺の名前が必要なんだ。アンタは覚えているんだろ?』
(そのためにわざわざ来てくれたのか。有り難いことよ)
生前も数回しか見たことが無かった。
死後またお目にかかれるとは何と幸福なことだろう。
(ぬしは変わらぬな・・・ブルートロート)
霊体がその名を呼んだ途端、
それまで制服姿だったブラックは在るべき精霊の姿へと変化した。
(いいや、戻ったということか!)
謎の空間に閉じこめられたり、システムに襲撃されたり、様々な事があった。
それでも与えられた二つの名のお陰で、あるべき姿に戻ることが出来た。
後は・・・・リーダーさえ起きてくれれば!
「うげっ、ここって死の都じゃないの・・・?」
「フォルテさん、そういう言い方は良くないですよ」
音もなく現れた娘は水色の髪をしている。珍しい色だ。
『あんたが・・・協力者、か?』
「ええ、そうです精霊サマ」
『何と、召喚士か・・・・大したものじゃ、古に失われた術を再構築するとは』
「ええと、リンケハント・・・さんですか?」ちらりと碑を読みながらラルゴ。
(いかにも儂がリンケハントじゃ。残念ながら死人じゃが、この碑は護られているでの)
「確かに・・・石を置いても大丈夫そうね」
「そうなんですかフォルテさん?」
「うん・・・誰がやったのか知らないけど完璧に清められてるわ、ここ」
傍らの幽霊がかすかに笑った気がした。
なつかしき友に、思いをはせながら。
「宝珠の精、呼んでも大丈夫そうですか?」ラルゴが尋ねる。
「まぁ多分ここなら・・・問題ないかな」
『悪ぃな』
「いいえ・・・ここで最後ですし、陣を繋げてしまいましょう」
召喚士は懐から意志を取り出した。
『トパーズ、アメジスト走る雷と不動の石を司る者・・・』
もうすぐ・・・つながる。
12の宝石に守られた大精霊。
六つの点を結ぶ魔法陣。
いま標はあるべき位置に置かれた。あとは線でつなぐだけ。
召喚士は最後の宝珠を召喚することで、陣を完成させようとした。
『我が声に応え、その姿を・・・』
刹那、詠唱を遮るようにどこからか声が聞こえた。
『墜ちよ火球、標を持つ者ごと打ち砕いてしまえ!』
肌が泡立つ。
これは聞こえるはずのない声。
(・・・誰の声?)
『雹!?てめぇ何を・・・』ブラックが叫んだ。
まさか、これが大精霊を閉じこめた・・・!?
不吉な気配を感じ、召喚士は空を仰ぎ見る。
それが近付いていることに、真っ先に気付いたのは龍神フォロンであった。
『妙な・・・軌道を変えられた星?』その呟きに、黒も顔をあげる。
『なんか来てる・・・・なっ、なにあれ!?』
空を見ながら誰かが呟いた。
「あれは・・・・火球ではないか・・・・・?」
「火球ってなんだよバァさん!」「火玉とも呼ばれておるが・・・・うむむ」
わしも見るのは子どもの頃以来じゃ、とのんびり答える老婆の声を聞き流しつつ、
島民たちはその物体が段々大きくなっているのを感じていた。
「もしかして、落ちる・・・・?」あの火の玉が、ここに。
『隕石・・・・!?』
それは天の落とした宝。
異界の力が宿ると信じられている。
『だって・・・・全員あの空間から出てきて、龍穴に辿り着いたのに・・・』
そんなことって、あり?
呆然としている夏の精霊の傍らを、アクアマリンとパールが通り過ぎた。
『アクアマリン、海水操ってくれない?』
『ではパールさんは気の力で防壁の強化をお願いします』
宝珠の精の姿がゆらめき、上空へと消えた。
この地に満ちる恵みの力よ。
我等にひとときだけ力を貸し与えたまえ。
雹は空中に居た。
聖域の塔が遙か足下に見える。
なんだか愉快な気分だった。
奴等はこれで太陽が戻ってくると思っているのだろう。
「だけど、陣はまだ完成していない!」
つけ入る隙はじゅうぶんにあるのだ。
眠りの中でボクは聞いていた。龍穴の・・・・力の解放が必要であること。
その欠けたひとかけらを誰も覚えていないなんて!
「愚かだね。おねえさんたち」
雹は心底楽しそうに笑った。
「それからあの召喚士も!わざわざ目印を置いてくれるなんて・・・」
攻撃して下さいって言ってるようなものだよ。このボクにね。
「さぁて、順番に落としていこうか?」
アインザッツの街に住む画家の卵は、慌てた。
天文学を専攻している友達に、こういう時の対処法を聞いておけば良かったと後悔した。
・・・聞いておいたところで役に立ったか否かは分からないが。
「えっ・・・僕まだ死にたくないんだけどっ!」
夢である個展もしていない、ろくな親孝行もしていない。
『止められるかなー』
『やってみるっきゃねーだろ、行こうぜエメラルド!』
『ふっ・・・・ふたりとも!?』赤の言葉より先に、宝珠の精は動いていた。
彼等のあるじなら、こんな時は必ず動くはず。
『ちょっと行ってきます!』
火球が近付いてくる気配を感じながら、フォルテは着けていたピアスを外した。
ごく短い呪いを唱えると杖が現れた。
彼女が滅多に使わない術具。
杖の尻で地面を打つと複雑な魔法陣が浮かび上がった。
(ここの力を使えば・・・・どうにか・・・!)
『十三属性を司る宝珠の精、召喚士フォルテが命じる。人々の盾となり、護りの力となれ!』
お願いだ。届いてくれ。
『主人、呼ぶのが遅い』アメジストは悪態をついた。
『そんなこと言ってる場合じゃないでしょっ!』
宝珠の精は、火球に向けて飛んだ。
「なっ、なにあれ!?」
「流星・・・?」
「こんな昼間に?」「つーか、こっち来てないっスかアレ」
『行くよクリスタルっ』
『分かってる』
ドレンテの街の上空にも、それは姿を現した。
「火球・・・?昔じーちゃんが見たって言ってたけどまさか・・・」
それは美しかった。
恐ろしいはずなのに、目が離せない。
他にやるべきことを忘れてしまったように、グリュネはそこから動けなかった。
これは天より下されし罰。
受け入れよ、弱き者共。
定めには誰も逆らえぬ。
ふせぐ術があるならば、やってみるがいい!
「あははは、人間のくせにこのボクに勝てると思ったのかい?」
浮かび上がった六つの点は、
この上なくはっきりと、星を落とすべき位置を知らせてくれた。
ばかなやつらだ。
点を打った所で陣の完成の前に術者が倒れればなんの意味もない。
罠。
想像してしかるべきだった。
なにもかもがうまくいきすぎていた。
敵はこれを待っていたのだ・・・・
オセロと一緒だ。角を押さえさえすれば盤面が変わる。
黒が白に。
ぱた、ぱた、ぱたと駒が裏返る音が聞こえたような気がした。
術者はそれきり意識を失った。
「フォルテさんっ・・・!!」
ラルゴが手を伸ばし、ぐらりと傾いた身体を抱き留めようとしたその時、
彼女の身体が消えた。
「えっ・・・?」
いったい、どこに消えた?
空を仰ぎ見、幽霊が叫んだ。
『もうひとつ来よるぞ青年!?』
火球が、容赦なく落ちてくる。
(うそだろっ・・・まだあったのか!)
人からやれ苦労性だ貧乏くじだと言われ続けてきたが、この時ほどそれを感じたことは無かった。
とっさに剣を引き抜く。
(だけどあんなもん・・・斬れ・・・)
『諦めてんじゃねーぞっラルゴ!』
ターコイズの声!?
幻聴かなと思いつつ念じた。
(どうか止まってくれ―――!)
縋るような思いで彼は剣を天に向けた。
こんな所で終われるか、と彼の全ての力を込めて。