心は揺れる振り子のように
ゆれうごく、ゆれうごく。
どの道を征く?
あなたが選んだその道に何があるのか。
なにもなくても進むしかない。
進んだ者にしか見つけられないものもある。
歌劇『trivialitat PENDELEN』
聖域の塔の祭壇は守護者にしか立ち入ることのできない神聖な場所だ。
カント=コンフィナリスは祭壇へ向かう地下道へ、降りていった。
暗い。
まとわりつくような闇が、石造りの細い道に充満していた。
どこからか風が吹いているようだ。
(火を・・・用いるべきか?)
カントは迷った。
彼は守護者としての力は受け継いだが、知識を授けてもらう階梯に至っていなかった。
なんでもいいから思い出せ。
壁に触れている右手の甲を思わず見た。
カントの目に映るのは闇のままだったが、
右手の紋章が自分に何かを教えてくれている気がした。
いつか導師様が言っていた言葉。
「・・・祭壇へ至る道程は長い。汝が真に守護者たりえるか否か・・・そこで知ることになろう」
この闇に打ち勝つことが試練なのだ。
(進むしかないな)
カントは覚悟を決め、手探りで少しずつ暗闇を歩き出した。
導師様がちかくにいるような気がした。
すすむべき道を、教えてくれているかのように。
右手の紋のせいか、行き止まりだと思った場所も右手を触れると先が開けていく。
(この紋が、祭壇へ至る道を開いてくれている・・・)
一体これは何なのだろう。
ほんの一瞬、そんな疑問が頭を過ぎった。
「迷いは邪念を、疑いは溝をもたらす」
「だれだ・・・ッ!?」
人の声が聞こえた。こんな暗闇の中で、何故?
すわ幻聴かと思ったが、
「幻聴では無い」
・・・否定されてしまった。
「エレヴァートの生き残りよ、そなたは何故生きようとするのかね?」
唐突な問いだ。
今はそんな事を考える余裕は無いのだが・・・。
(もしやこれも、試練の一種なのかもしれん)
最後の聖域の民は、とても根が真面目な人間だった。
「・・・生き残ったからだ。一族の果たすべき勤めを成す、義務がある」
「それは生きるに値する理由かね?」
「聖域の民は聖灯を守るために在り続けていた。俺もそうあらねばならない」
「ほんとうに、そうか?」
声の主は急にねちっこい物言いになった。
「なぜそなただけが、たまたま生き残ったというのだけで重い義務を背負わねばならない?」
「おれは・・・・・・神の意志で生かされている。この世に偶然はない」
事実、カントは何者かの声を聞いた。フレデリカに挑み、殺されそうになった時だ。
(諦めないで)
今でもはっきりと、その声を覚えている。
「そなた、神の意志と言ったな。では聖域の民が殺された事も神の意志か?」
「・・・そうだ」
「随分とひどい神も居たものだな」
声の主は心底面白がっているようだった。
(この問答は・・・いつ終わるんだ)
何だか永久に足止めをくらいそうな気がしてきた。
「・・・本当はそなたも死んでしまいたかったのではないか?家族と、仲間と共に・・・」
それは、彼が心のどこかで願っていたこと。
惨劇の一夜が明けて、
ひとり集落を駆けたあの時に感じた絶望。
こんなにあっさりと、日常が崩れ去り、命が消えてしまうのなら
俺もいっそ居なくなりたかった。
(だけど・・・・・・俺は)
『・・・死ぬなよ、カント』
『生き延びよ――――』
たった一夜で無惨に滅んだ一族の、その意志を背負っている。
何もかも捨てて楽になることなんかできない。
「・・・・・・まだ死ねない。役目を果たしていないから」
絞り出すようにそれだけ言うと、しばしの沈黙があった。
「ならば問おう、
そなたがその生を手放すことで全てが元に戻るなら・・・
・・・他が為に死すことを選ぶか?」
たがために しすことを えらぶか?
失われた多くの命の代わりに、己の身を犠牲にする。
もしそうすることで全てが元に戻るなら・・・
(俺は・・・)
カントは剣を引き抜いた。
右の手の甲にある紋章がちくりと痛んだ。
その痛みと、柄の感触だけが今の自分を成り立たせている気がした。
周囲の闇はただ静かに、彼の答えを待っている。