<第25話 断罪の刻 −前編−>



真っ暗な場に閉じこめられている者がもう一人。
原因も場所も全く思い出せない点が、彼にとって不愉快だった。
「こんな時、ジジィならどうしただろーな・・・」
十三の要、歩く傍若無人こと影である。
この空間は内側からこじ開けようとしても無駄らしい。
術が使えないならと、己の腕を変化させてどうにか抜け穴を作ろうとしたが、
どうにもならなかった。
(有限空間じゃねぇな・・・外からどうにかしてくれるのを、気長に待てって事か?)
そもそも自分は地上で何をしていたのだろう。
「俺の体・・・どうなってんだ?」
ここがもし夢の中だとしたら、
地上にあるはずの身体をどうにかして起こさなければならない。
(・・・でも俺、痛覚ねぇしな。やっぱ寝てるしかないな)
何もかもを放棄して、彼は再び眠ることにした。


「・・・眼鏡のねーちゃんは、塔に着いたみたいやな」
黄色が言った。
「塔?塔って・・・どこですか?」

「・・・聖域だよ」ベンバヤシが答えた。
「あの場所には、全ての始まりがあるから」
己の罪を誰かに拭って貰うことは、情けないことだ。
だけど僕等にはそれぞれ役目がある。
(彼女もまたしかり。後で怒鳴られるだろうけど・・・)
「アノ場ヲ離レテ何年経ツノデショウ」
「調律者は聖域にいたのかぃ?」
「エエ、少ナクトモ座標上ハ・・・」
座標上は?どういう事だろうとベンバヤシが思った時、
ふとシスターが言った。
「戦っているんですね・・・」
「せやなー。こっちも頑張らんとなー」
「健闘を祈るしかないね」
あの鍵を壊せるのは、彼女しかいない。


荊の塔の中で、少女は頭をかかえる。
いやだ。
何一つ思い通りになることなんかない日常から
ようやく逃げ切れたと思ったのに。
私はまたあの死んだような日々に戻るの?
「こないで!」
終わりにしないで。
わたしはこの醒めない夢の中でそのまま・・・

瓦礫の中に侵入者は現れた。彼女の叫びを嘲笑うかのように。
アオリに向かって歩いてくるのは、水色の髪の女だった。眼鏡をかけている。
硝子の向こうの瞳には激しい怒りがある。
(このひとは私を憎んでいる・・・)
誰にも関わらず、たった一人。心を閉ざし、偽り続けて、ただ溢れ続けるは悪意。
それを糧として増え続ける悪意。
悪意の子達。羊羹・・・・・・私は、この世界において災厄を生み出すだけの存在。

「ここには何もない。アナタが求めるようなものは、何一つ。
 ――――それでも、アナタは此処で何かを探すのかしら?哀れなお嬢さん」
「だって、なにも無いのはどっちでも同じことだもの!
 此処にも、向こうにも、どこにも・・・・・」
どこにも・・・自分の居場所など無い。だから私は世界の全てを憎む。
誰も受け入れてくれないなら、誰も必要としてくれないなら
そんな世界は壊してしまおう。
少女は歪んだ笑みを浮かべた
「だから、あなたも壊れて!!」
私の邪魔をしないで。
グラシィに向かって羊羹が飛んでくる。彼女はそれの急所を的確に突き、砕く。
「舐めた事言ってんじゃねぇよこのガキが」
叱責よりもさらに重い感情を秘めた声で、グラシィは言った。
「居場所が無い、だぁ!?んなこと気にしてるヒマあったら自分で作れ!
 自分に関係無ぇからって、よその世界に迷惑かけんじゃねーわよ」
なぜか無性に腹が立った。この少女は、逃避しているだけなのだ。

「言っとくけど、ここでいくら破壊者気取ったって、
 アンタの住んでる現実は変わらないわ」
「う、うるさいッ!」
「私は本当の事を言ってるだけだ。どこに逃げても何一つ変わらない」

(にげても、かわらない・・・)
現実を直視する勇気も、先へ進む苦痛とも向き合う事を諦めた。
ただ、楽な方へと流れてきて辿り着いたのがこの世界。
なぜここに存在するのか。それが何を意味するのか。
何も知らないけれど、ここなら誰にも煩わされることなく、悩むこともなく、過ごせる。
しかし、アオリの頭に疑問がよぎった。 

だけどそれで・・・・生きていると、言えるか?

時間が流れて行くだけだ。
なに一つやるべきことがないこの世界で。
「私は向こうで上手くやれないのだから仕方ない」
・・・・本当にそうか?
悪あがきをしただろうか。後で悔やむようなことばかりしていないか?
みずから他人を切り捨てているのは私の方ではないか?
私の世界には私しか居ない。
傷付くこともなければ、楽しいことも何一つないのではないか・・・

ひとりきりだ。

生きていける気がしない。生きることは傷付くことだ。
だから人は他者と関わらなければならない。
生きるために。その術を身につけ、学び取るために。

だれかに言われた。
『塞ぎ込んでばかりいると、悪い方にしか考えられなくなっちまうよ?』
ほんとうは分かってほしかった。
誰でもいいから「大丈夫だ」と言って欲しかった。
だがその言葉を貰うためには、不安を語らなければ。
外に出さなければならない。押し込めていてもどうにもならないんだ。
まして、仮想現実に逃げていても仕方がない・・・・・・
此処には何も、ない。この女の言う通りだ。

その少女を捕らえていた幻想は、もはや尽きた。
膝をつき、力なくこちらを見た。
少女の髪の色は青かった。異端色。首にはセーラー服に似合わない真っ黒な首輪。

「そろそろ潮時よ、お嬢さん」アオリは顔を上げた。
「い、いや・・・・・・戻りたくない」
「泣き言いってんじゃねーわよ。悪役なら最後までそれらしくしたらどう?」
グラシィは曲刀を彼女の眉間につきつけた。
(私を殺す気だ・・・!)
とっさに彼女は目を瞑った。しかし彼女に死の瞬間は訪れなかった。

「・・・アラスター・ディードという男を知ってるわね?」
思わぬ問いを投げかけられ、目を開けた。
いつかの運び屋の人か。思い出してアオリは頷いた。
蒼白な少女の顔を見て、グラシィは泣きたいのはこっちの方だと思った。

「あいつは、殺された。“羊羹”に汚染された人々の手によって」

何を言われたのか、一瞬分からなかった。
「・・・アンタの憎しみが薄れるようなことをしたんでしょうね、多分」
声をかけてくれた。
世話を焼こうとしてくれた。
飴をくれた。
笑ってくれた。

・・・あの人が私の憎しみで死んだ?

指先が震える。
これはなに。
視界がゆがむのはどうして。

それはお前の罪だ、と。
目の前の女が小さく呟いた気がした。 





前へ   戻る   次へ