火は風と飛び、
地は血の中に。

年月と火と地がまじわり、
うまれ出でし 宝石。
消える事なき煌めきは 永遠の炎。

あらゆるものを産む大地、
沈黙と共に 万物を隠す。


吟遊詩人メーレイデック “聖域に寄せる唄”





<第25話 断罪の刻 −後編−>



ばかな。何故彼が死ななければならないのだ!?
「誰が、そんなことをしたの・・・?」
「フレデリカよ。アンタと奴がどういう関係かは知らないけど、
奴が裏で動いてた事は確か」
目の前に暗闇が落ちてきた気がした。
アオリがこの塔にこもるようになったのは、運び屋と出会った後。
フレデリカは羊羹を生み出すためにこの場所が最適だと言っていた。
常にここに居るように、と。
(まさか私に・・・・彼の死を悟らせないために?)

疑いの念が彼女の首輪にヒビを入れた。
(そうか、利用する、利用されるということは・・・こういう事なのね)
私は彼に利用された。
そのせいでディードもまた、利用された。
あの頃フレデリカが作っていた“羊羹”の性能を試すために!

「私に彼が見えたのは・・・そういう事だったの・・・?」
少女は泣いていた。
(あの人を殺したのは私だったんだ)
涙が流れ落ちるたび、その首にはまっていた首輪がぼろぼろになっていく。

「・・・・・・ごめんなさい・・・」
出会わなければよかった。
こんなことになるくらいなら。
「謝っても、どうにもならない」
あいつ、呆れるほどお人好しだったから謝られたら許すと思うし。

「私・・・わたしが死ねば良かった・・・」
めそめそ泣きながらそんなことをのたまった。
手を出すまいと思っていたが、グラシィは反射的に動いてしまった。
ばしんっ!と乾いた音が響いた。
一瞬何が起こったのか、アオリには分からなかった。
なぜか頬が痛い。
平手で打たれたらしい。

「馬鹿なこと言ってんじゃねーわよ、この意気地無しがっ
 その咎を負って生きるって選択肢は無いわけ!?」

目をぱちぱちさせながらアオリはこちらを見ている。驚いているらしい。
「どうせ世界が違うのよ、アンタの記憶がどうなるのかだって分からない・・・」
決めるのは私ではない。この世界では裁けない。
「それでもアンタがこの世界で憎悪を振りまいたお陰で、
 罪のない人が沢山死んだという事実は消えない」
きえないし、消させない。
「・・・忘れない、ううん。忘れちゃいけないんだわ・・・私だけは」
この現実離れした世界で過ごした時間は、確かに私の時間だった。
「戻らなきゃ・・・」
だからこそ自分の戦うべき場所へ。
不安や恐れに満ちた、夢なんか描きようのないあの世界へ
もどらなければならない。

「言いなりになるって楽よね。でもそれじゃあアンタは先に進めない・・・」
「わたし・・・元の世界で生きていくわ!」
アオリのその言葉により、彼女の首輪は完全に砕けた。
契約は断ち切られた。
この少女の意志によって。
眼鏡の女は眩しそうに目を細め、曲刀を引き抜く。

 「迷い人を在るべき場所へ届けよ」

その言霊に従い、アオリの前に白い大きな扉が現れた。
向こう側に何があるのかは分からない。
「あなたの大切な人を、私は殺めてしまったの?」
「・・・そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
私にとっても結論は出ていないんだよ。
「ごめんなさい・・・」
アオリはどうしていいか迷った末、深々と頭を下げた。
謝るなと怒られると思ったが、女は自分に言い聞かせるように呟いた。

「たとえば生きるってことが、
 最初から「こうしなさい」って決められてる
 プログラムみたいなもんだったとしても・・・

 それでもアンタ達は足掻くんでしょう?そこから抜け出すために」

生きることは悪あがきをすることだ。
「だから、私も足掻くわ。あんたも立ち位置を間違えないように頑張りなさい」
グラシィは小さく微笑んだ。
「・・・はい」笑顔で返事をして、アオリは扉に手を掛けた。
取っ手もなにもない扉は、手を触れると驚くほどあっさりと開いた。
「さ、帰んなさい。元の世界に」
言われて、アオリはもう一度きちんとグラシィの方へ向き直した。
「ごめんなさい・・・それから」
貴女が来なければ私はずっとここに居たかも知れない。
「ありがとうございました・・・」
そして少女は扉の向こうへと消えた。


「二度と来るんじゃねーわよ」
『マスター、指は立てなくても良いと思うぜ・・・』
「さて、これで“鍵”はぶっ壊したわよ!後はもう一仕事ね」
『聖域の民の兄さんは大丈夫かねぇ?』
「はー、しかしもっと殴ってやればよかったかしら・・・」
『聞いてないだろ、俺のハナシ!!』
「いやそんなこと無いわよ?カントの事なら心配しなくて良いんじゃない」
『何でだ?』「決まってるじゃない、そんなの」
グラシィの答えは簡単だった。
「女のカン」


カント=コンフィナリスは光に満ちた遺跡に居た。
島のどこにこんな場所があったのだろう。
かつて神殿だったらしいこの建物は、地下道と同じ石造りだった。
回廊を一人歩いていると、視界の端を何かが横切った。
「・・・蜥蜴?」
ここにも生き物がいるのか、と思ったが何か妙だ。
一瞬霞の如くゆらめき、蜥蜴が形を変えた。
その靄は兎に変わり、カントの前を飛び跳ねていく。
まるでついてこいと言わんばかりに。
彼は深く考えることをやめ、素直についていく。
そのうちにまた別の生き物に変わった。
蛙、栗鼠、熊、梟・・・
その形を次々に変えていく。
(まさかこれは、十三月の・・・)
導かれるままに彼は歩き続けた。

そうして最後に銀の光に包まれた狼が現れ、
回廊の果てにあった、祭壇の中心で消えた。
(あそこに何かが・・・あるのか?)
馬鹿に明るい空間だった。
ひろいドーム状の屋根。
一体どういう仕組みなのか、中心に穴が空いている。
こんなにも縦長い建物を見たのは初めてだった。
(本当に島にあったのか・・・?)
だとしたら、特殊な呪いで守られていたのだろう。

しばし呆然と見とれていたが、カントは狼の消えた場所まで行ってみた。
床石には複雑な紋様が刻まれていた。
はて、これは何だろうと眺めてみたが、ふと右手の紋章に似た部分があると気付いた。
彼は右手でその紋様に触れてみた。

ドクン、と大きく鼓動が鳴った。
自分のものだろうか、それとも・・・?
(あらゆるものを生む大地、沈黙と共に万物を隠す、か)
頭の中に唄の一節が甦った。

たしか導師さまも言っていた・・・
守護者が居る限り、灯は本当に消える事は無いと。
カントはその意味を理解した。
本当はずっと前から無意識に知っていたのかもしれない。

けっして消えない炎・・・・・
それは星の命。星の灯。
胎動し続けるこの世界そのものの炎。
それは自らを隠す。
大地の中へ。

「この地に守られし炎よ・・・」

カントは無意識に呟いていた。
聖域で流れた血、世界中で流れた血。
それらすべては一つの流れと化している。

「再生の灯よ・・・我が一族の血と共に燃え上がれ」

カントは血で濡れた左手をそっと右手の紋章に重ねた。
熱い。
いつの間にか自分の周囲に魔法陣が浮かび上がっている。

「常しなえに地を照らす光を与えよ!」

光が満ちた。
それはカントの呪文に応えるように姿を現した。
両手で抱えられそうな金剛石。
カントの周囲の魔法陣に反応し、ふいにそれが燃え
炎はひとりでにドーム状の屋根のぽっかり空いた中心に戻った。
そこが在るべき場所だったのであろう。

仰向けに倒れたカントはその炎をいつまでも眺めていた。
エレヴァートが守り続けた聖灯は、再びこの地を照らした。





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