ベンバヤシは王の間にいた。
偽りの王フレデリカが居座る、ペザンテ城の中心部に。
「・・・どうやら君の相方は聖域から追い出されたみたいだね?」
相方、というのは羊羹を作り出すため、聖域の塔に居た娘のことだ。
「なぜお前がそんな事を知ってるんだ」
不愉快だった。
もともと、彼はこのベンバヤシという男が嫌いだった。
学のある奴など見ているだけで吐き気がする。
「そりゃあ、僕だって研究者の端くれだからね。あらゆる事を調べたさ」
例えば羊羹が生まれるまでの経緯とかね。
「だから何だ」
「創造主達はじきにこの城に来る。君は打って出なくていいのかい」
あきらかに愚弄されている。
フレデリカはそう感じた。この男は俺を馬鹿にしている。
「来る者を討ち倒す事に価値があるんだ」
(ふむ、価値ね・・・価値ときたか)
影に似合わない台詞だなぁ、などと思いつつ、白衣の男は玉座を見据える。
「違うだろう?君が打って出ないのは――――怯えてるからだろ」
「ばかな、誰も俺を倒すことは出来ないんだ!!」
「確かにそうだね。影は・・・全攻撃無効化という特殊な力を持っているから。
でも、あちら側は、どうなってるんだろうね?」
フレデリカは驚いた。あちら側、と言った。
こいつは俺の正体に気付いている。
「こっちと向こうでは時の流れが違うって知ってたかい。
君にはもう帰る肉体なんか無いかもしれないよ?」
そう言って、ついと中指で眼鏡をあげた。
「いいや・・・・・・もう戻れないよ。君は」
断言できる。
「これだけのことをしでかせば、無事で済む訳がない。
電脳の奥に潜むものは、決して侵入者を許さないし、見逃さない」
「うるさいっ、出て行け!」
「僕がここに居るのは、君が乗っ取っている彼の体を見張る、そのためだけだ」
さらにベンバヤシは続ける。
「知っているかな。本物の影ならば、滅びろと口にするだけで世界を滅ぼすことができる」
それを知りつつも「滅ぼす意味がねぇ」とぼやいていたのが今もどこかにいる、13番目の要。
「羊羹なんて回りくどい手段を使わなくても、ね」
フレデリカの目には見えなかったが、嘲笑された気がした。
ベンバヤシが去った部屋で一人呟く。
「滅びろ・・・・」
しかし、世界は依然として有る。
「滅びろよ」
どうして何も起こらないんだ?
「滅びろってば! なにもかも、消えちまえッ!!世界なんか要らない!」
なんの変化も起きない。
自分はただの無力な存在に過ぎないのだと思わせるような静寂が、
どこまでも広がるばかりだった。
夜明け前、なにか不思議な気配を感じてネコミミは目を覚ました。
(なんだろう・・・?)
知っているもののような気がする。
いつもこの世界に流れている見えない力。
遠くに見える王都ペザンテから、金色の光が立ち上った。
(あれは・・・)
大地に眠る力の解放。
すこし遅れて紫色の光が天に向かって駆け昇る。
「氣のちからでしょうか・・・?」
いつの間に起きていたのか、巫女が言った。
「純度が高いですね。初めて見るのに何だか・・・」
「なつかしい、ねぇ」
「何故でしょう・・・」
なぜかは分からない。それでも確かに自分たちは知っている。
(魂の記憶、とでも言うのかのぅ)
朝が早く辺りを散歩していた老人も、密かにそう思ったのであった。
日が昇り、朝餉を食べ終わりそろそろ進もうとしていた一向に、
近付いてきた影がある。
「人・・・ですか?」巫女が警戒する。
「そうさね、一人は女の子だ。でもなんか小さい鳥?みたいなのが・・・」
(鳥では無い、ですね)
「はなげ殿は、あれが何かご存じか?」
(あれは・・・さすらう者)
「チュンチュン!」
声をあげたのは創造主だった。
「ちゆぅうっ!!」
少女は謎の黄色い生物に駆け寄った。
ツユクサが朝露にぬれて揺れていた。爽やかな風が吹いていた。
再会の抱擁が交わされるべきシチュエーションは完全に整っている。
ところが。
「今までどこほっつき歩いてたんですかッ」
おじいさんの目の前で、ちゆの拳がチュンチュンの顔面にめりこんだ。
何ともいえない音がした。黄色は軟らかい素材でできているらしいという事だけが分かった。
「なっ、なんすんねん!? 感動の再会を・・・」
「来るのが遅いですよっ」
むんず、とチュンチュンの三つ編みをつかむ。
「待っ、待ってくれ、動けんわけが・・・」
「それでもちゆの相棒ですか!? まったくもうっ」
視界がぐるっと回った。鈍い音がした。
チュンチュンは何が起きたか分からぬまま、大地と熱い口づけをかわしていた。
爽やかな朝の空気の中で、抱擁ではなく一方的な暴力がふるわれている。
「わ・・・わぃが悪かった! 後生やからそろそろ勘弁してくれ」
チュンチュンはボロ雑巾のような有様だった。
他の十三の要の面々は、はっきり言って引いていた。
(この方が・・・創造主。以外と激情家なのね)
(いや、うちらも一緒に旅してきたけどこんなのは初めて見るよ)
(結構容赦ないですね・・・)
(よほど黄色殿に対して思うところがあったのじゃろう)
きゅーちゃんとぶーちゃんも、ついでにはなげも完全にびびっている。
「・・・まぁ、これくらいにしといてやりましょう」
ふぅ、と溜息をつき、仲間の方を振り返る。
「看護婦さん、きゅーちゃんとぶーちゃんを治して頂けますか?」
にっこりと、天使の様な微笑みだった。
創造主って怖い・・・と誰もが心の底で思ってしまったのは、言うまでもない。
聖域の塔で、再びグラシィは曲刀を掲げていた。
「・・・良し、これで現行していた羊羹発生プログラムは停まった」
対象が何であれ、グラシィの視界に入ったら壊せないものは無い。
『あとはフレデリカが奪いに来る前に凍結させて・・・』
「羊羹によるバグの修正をしなくちゃねぇ」
どう考えてもこれは私の仕事じゃ無い気がするんだけどなぁ。
「確かこの辺りに・・・」
グラシィは塔の石壁に手を触れた。
奇妙な文字が浮かび上がり、放射状にひろがってゆく。
(この塔そのものが・・・世界を管理する直接機関ってわけか)
光る文字は部屋中に満ち、グラシィは部屋の中心に刀を突き立てた。
「これより修正を開始する。
調停者グラシァ=パディッツリオーネ=アルビトラリオ
世界の歪みを正すため一時接続を断つ」
そこまで言って、刀に話しかけた。
「見張りよろしく」
『まかせとけって!』
「肉体と魂を分かち、力は御身の元へ。
我が肉体はかりそめの眠りにつけ――――“接続解除”」
グラシィは膝をつき、刀の柄に手をかけたまま動かない。
肉体の枷を離れ、世界の歪みを正すべく精神体で聖域から飛び出した。
あらゆるもののほころびがみえる。
(全く、やっかいな仕事だわ)
そう思いながらも、どこかで楽しんでいる自分がいる。
力は枷にもなれば、翼にもなるという言葉は正しいと、はっきり思えた。
すべては使う者の意志一つ。
心の持ち方で決まるのだ。