かつて神々の宝であった“炎”を盗み
人の世にもたらしたものは、
その罪ゆえに、
守護と呪いを同時にうけることになった。

そのものは、人の世のために犠牲になった。
名を――――という。

ノージュ教典 103章
(名前の部分は欠損がひどく解読不能)





<第27話 それぞれの戦い −後編−>



遠くから、誰かの呼ぶ声がする。
「おい、起きてるか?」
聞いたことのない声だ。
(えらく古い時代の言葉だな・・・)
影は目を覚まし、体を起こした。
「・・・誰だ、アンタ」
「悪いが名乗ることはできないな。名を奪われちまったから」
にやりと男は笑った。まったく見覚えがない男だ。
目元に不思議な文様が浮かび上がっていた。
ターバンを無造作に巻き、赤茶色の髪の毛がまるで炎のようだった。
「何でこんな所に人間が居る?」
ここは相変わらず一面真っ暗闇の世界。
にもかかわらず、影の目の前にいる男は透けていない。足もある。

影は男の話を聞いた。
おそらく、この世界のどこにも記されていない物語。
世界が一度崩壊しかけたという眉唾物の伝説をどこかで聞いた事があったが、
どうやら男はその時代に生きていたらしい。
(作り話では無いような気がする)
それは、要としての直感だった。
男は長い話をした後に、こんなことを言った。
「ま、何つーかな・・・・良いこともしたし、悪いこともしたのさ。
 良かれと思ってやった事が裏目に出たりもした。
 お前だってそうだろ?」
「・・・そうかもな」
「だから気にせず、好きなよーに、生きりゃいいんだ」

「俺とお前は違う。だから、過去にとらわれるな・・・・」
 そんなことはアイツも望んじゃいないさ。
男は複雑な笑みを浮かべ、消えた。

(なんだったんだ・・・?)
過去、人間だった頃の自分なんだろうか。
いまいち結びつかない。
「あなたは生きて・・・。全て忘れて私の代わりに、この地を守って」
影はふいに思い出した。
だれかが、自分にそう言た。思い出せないほど遠い昔。
純粋な願い。
それは同時に戒めであり、呪いでもある。
(罪も罰も、いまの俺には遠すぎるし・・・重すぎるな)
なぜなら自分は今ここにしか居ないのだから。
時間の積み重ねが、自分を形作るなら、求めなくても気付かぬうちに、過去が出来上がっていたってことになる。
「ははっ」
思わず笑った。
なんという長大な回り道。
その果てに影は、たった一つのシンプルな解を得た。


その頃、ペザンテの観光名所“石の門”の前ではおじいさんが奮闘していた。
次から次へとわき出てくる小さな羊羹を、いちいち相手にするのも馬鹿らしいので
雷を宿した槍を思い切り遠くに投げ、雷を呼んだ。

「来たれぇい、天空の雷っ」

耳をつんざくような音を立て、槍に雷が落ちた。
周辺の羊羹は一瞬にしてその姿を失った。
(しかし、この香りは・・・)
羊羹の焦げるかおりが戦場には漂っていた。胸やけがしそうな甘ったるい香りだった。
どんなに頑張っても、今一つ緊迫感に欠ける。

大地に降り立ったぶーちゃんは、土の力を解放し、羊羹を地盤沈下に引き込んでいた。
あせって空中に飛び出してきた黒き悪魔は、
小さいままでは不利と思ったのか合体しはじめた。
「き、きゅううう!?」
甘党アザラシのきゅーちゃんが食いつかないわけがなかった。
(わ、わしの身の丈ぐらいあるんじゃなかろうか・・・あれは)
老人は恐れおののきながらも、きゅーちゃんを援護しようとそちらへ馬を走らせようとした。
しかし、甘党アザラシはここぞとばかりに自分の能力を使った。
カキィン!
音が響いたと同時に羊羹は凍り付いていた。
(なるほど、水の力を使って・・・)
凍らせた巨大羊羹を、きゅーちゃんは満足げに食べ始めた。
(マイペース!!)
(流石ですね・・・!)
老人とはなげは違った意味で感動していた。
羊羹たちの巨大化は、一匹のアザラシのおやつにしかならなかったのである。
のちに、この戦いに参加していたプラチード兵はこう語った。
「白き海獣の胃は異次元にでも繋がっていたのだろうか・・・」と。


城内はぶきみなほど静寂に満ちていた。
ただ自分たちの足音だけが響く。
「兵を残して無いなんて・・・そんなに自信があったのかねぇ」
「それとも・・・他に理由があるんでしょうか」
巫女は緊張した面持ちでふたりの後をついていく。

「お、一日ぶりやなぁ〜」反対側からチュンチュンたちが現れた。
「チュンチュン、緊迫感なさすぎです」
「初めまして創造主・・・あなたの力を借りることになり、申し訳なく思っています」
ベンバヤシが一礼した。
「いいえ、これはちゆの責任です。気にしないで下さい」
少女はきっぱりと言い切った。
(まぁ、創造主は事情を知りませんものね・・・)
シスターは創造主が本当のことを知ればさぞかし怒り狂うだろうな、と思った。
(眼鏡を叩き割られても文句は言えないでしょうねぇ)
「ほな、いくでー」
黄色が短い手で王の間の扉を開いた。
その部屋の漆黒の闇の中には、ぽっかりと目と口だけが浮かんでいた。


「やっと来たんだ? 遅かったね。待ちくたびれたよ」
「随分、余裕じゃないか」
「・・・外の戦いには意味などないからね」
どういう事だろう。ネコミミは不安になった。
「汚染の目的は・・・何だったんですか」
「べつに、ないよ」
世界中で羊羹汚染の被害が出ているのに、それすらも無意味だと言い切った。
(それじゃ、何のために・・・人が死ななきゃならなかったんだ!?)
「むしゃくしゃしてやった、反省はしていない・・・ということにでもしておこうか」
(殴り倒したいな)
その場にいた誰もが心の底からそう思った。

「・・・だけど、君達を汚染することには意味がある」
「なんですって!?」
十三の要も汚染される、ということは十七歳や巫女が身をもって体感している。
「それがアイコン狩りの目的やったんか!?」
「僕自身はエサに過ぎないよ。アイコンを集めるための・・・」
フレデリカは笑った。足下から竜を象った羊羹が現れる。

 「世界を滅ぼすのは僕じゃない。君達だ!」

この世にあらざる力。それを持つ者達が、世界を創ったものが力を悪用すればどうなるのか。
「成る程ね・・・そういう事を考えていたのか」
ベンバヤシは中指で眼鏡をあげた。
「呑気にぼやいてる場合じゃないよっ」

「さぁ、見せて貰おうじゃないか! 君達が作り出す“滅び”を!!」
フレデリカは手を振り上げた。
竜が一同に襲いかかる。
(まずい・・・!)

巫女にはその一瞬が秒刻みの出来事のように思えた。
夜目のきく彼女は羊羹を的確に避け、
フレデリカが全く気付かないうちに懐に入った。

眼前に迫った羊羹を、シスターが守りの力ではじき飛ばす。
その瞬間、
フレデリカの左胸を七星剣が貫いた。
(もどってきて、影――――――)


影は暗闇の中、ふと気付いた。
(そうだ、一つだけ試していない事があった・・・ええと、確かこの辺りだったよな)
何の迷いもなく影は、自らの手を心臓に突き立てた。
なにかがある。四角い何か。
引き抜いた。黒曜石のようなつややかな物体。
地上に居る者ならば、それが何であるか見ただけで分かっただろう。
「ちいさな羊羹だ」と。

影はその物体を粉々に打ち砕いた。
己をこの場所に閉じこめていた元凶を。





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