自らが作り出した世界から、神は去ろうとしていた。
「もし、次にこの地を訪れることがあれば・・・・・・
その時私は――――」
神が去る瞬間を見守っていた者達には、
最後の声は聞こえなかった。
ただひとり、神を模した姿をした咎人だけが
その言葉を聞いていた。
「・・・その時私は、ただ無垢な存在でありましょう」
真意は分からない。
ほんとうにそんな日が来るのかどうかも。
神は去った。この世にはもう、奇跡は起こらないだろう。
永遠に。
光が爆ぜた。
つい先ほどまで暗闇が支配していた王の間いちめんに光が広がる。
(フレデリカ・・・・・・あんな技を隠し持っていたなんて!)
ネコミミは唇を噛む。
十三の要の誰もが、予想だにしていなかった。
異世界に住む者の力を。
「ちゆーーーーっ!!」
チュンチュンが叫んでいる。
「は、はははははははははっ!」
フレデリカの高笑いが聞こえる。
奴は無事のようだ。
(してやられた・・・・・・)
巫女もまた、警戒を怠った自分を恥じた。
この上ない絶望を感じ始めていたとき。
「この光は・・・?」
シスターが言った。
何かが金色に輝いている。
もともと發は、兵器として作られたのではない。
世界を巡る気の流れを調整するためもの。
あらゆる世界に存在する、運命の十三弦。世界を運命づける力。
完全なる調律を成すことができるのは……
(――――その光は、私を目覚めさせるためにある)
記憶が蘇る。
かつてこの地を去ったときに交わした約束。
(ああそうか、だから私は――)
何も覚えていなかったのだ。
この世界を創り出したということ意外に、なにも。
『もしかしたら、手早い修復が必要になるかもしれない』
戦いの前に、知恵者ベンバヤシは發を改造した。
シスターの持つ治癒能力を用いて、再起動までにかかる時間を短くした。
すぐに次の攻撃に移れるように。
何もかも全てが一度の攻撃でうまくいくとは限らない。
どんな手でもあらかじめ打っておくことが肝心だ。
敵は異世界のもの。
(まだ隠し球があるのかもしれない)
危惧していたことは、現実に起こった。
(だが・・・・・・)
今彼等の前には、まばゆい純白の翼がある。
「もういちど、です」
凛とした声が響いた。
すらりとした体躯、長いピンクの髪。
光り輝く翼、額に光る朱い石。頭上に輝く黄金の輪。
この世を創りし――――神。
(これが、創造主の真の姿・・・・・・!)
誰もが畏怖した。
十三の要としての魂が震えているのが分かる。
かつてこの地から去った神が、
時を経て――甦った。
(ああ、私達はこの方を知っている)
全てを創り出した存在。
善も悪も。
争いも希望も。
そして、十三の要も。
「行けますね、發?」
胸元の小さな牌を外した。
「・・・・・・モチロンデス」
(何だ、これは・・・・・・!?)
こんなはずじゃなかった。
無力な神は、死ぬはずだった。
僕が成り代わってやるつもりだった。
この世界の神に!
だが、
こんなものに成り代われるはずがない。
フレデリカはがたがたと震えていた。
本能的な恐怖。
世界が違うといえど、目の前にいるものが何であるかは分かる。
この世の全てを創りしもの。
人にあらざるもの。
創造主の手元には、美しく輝く蒼い水晶があった。
なにごとか呪文を呟くと、その輝きが白の中へと移っていく。
逃げよう、と思った。
このままでは元の世界に戻されてしまう。
何一つ掴めないまま――――
逃げよう。
逃げるんだ。
逃げなくては。
こんなものを相手にしてかなうわけがない。
青い瞳は、冷酷にフレデリカを見ている。
「うあぁ!!」
震える足でなんとか立ち上がったのもつかの間。
がっしりと首の後ろを捕まれている。
「な、何をするんだ放せっ!」
彼に触れることができる、ただ一人のもの――影は、
片腕でフレデリカを持ち上げ、自分の前につきだした。
じたばたと暴れているが、首にめり込む黒い手は平然としている。
「やっちまえ、創造主。この戦いを終わらせろ」
「影・・・・・・あなた、まさか!」
シスターが叫んだ。ネコミミもつられて言った。
「なに馬鹿なこと言ってんのさ!?」
(だが、彼以外に奴に触れられない以上こうするしか――――)
ベンバヤシは發を見る。文字は赤から緑に変わっていた。
「今終わらせるしかねぇだろうか・・・」
「やめろっ、放せ、お前も死ぬんだぞ!?」
大歓迎だ。影はにやりと笑った。
(もしかしたら俺は、この日のために生まれてきたのかもしれねぇ)
自分は今掴んでいる馬鹿に体をのっとられ、
なんだか色々とあくどいことをしたらしい。詳細は分からないが不愉快だ。
「終わらせてくれ、たのむ」
はじめて彼は、自分のためではなく、
この世界に住む者達のための願いを口にした。
災厄を引き起こした自分が、ただひとつできる恩返しを見つけた。