神学校の学長室。青年は臆することなく立っていた。
「パルテ君、君はなぜここに呼び出されたか分かっているかね?」
「課題のことでしょうか」
「左様。君の考えがあまりに奇抜なものでね、神官達から注意を促すよう言われたのだ」
「……訂正するつもりはありません」
学長は、密かにこの青年を気に入っていた。己の信念のみに忠実な人間は見ていて清々しいものだ。
「特にこの辺りだな……
 神が我々を見捨てたのではなく、我々がそう望んだから神は去ったと?」
「ええそうです。我々は本来邪なものです。
自分より金や権力を持っている奴を勝手に恨んだり妬んだり僻んだり、場合によっては武力でもって排除したりする。
欲望を数え上げればきりがなく、何度繰り返しても学ばない、実に愚かな存在です」
「ふむ。つまり君が書いているように、神に愛されるほどのものではない、と」
「ええ。教典には、神は万物を愛すと書かれていますが、私はどうにも天の邪鬼なので信じていないのです」
なるほど、それが発端でこんな考え方をするようになったのか。
「人という存在が……このように欠点だらけなものではなく
 完全に善良であった時代、それが神代だと私は思います」
パルテは立て板に水とばかりに語った。熱く語った。

「円卓会議で十三王が神を退けることに決めた、と?」
「おそらくは。欠点が無いということは、進歩する余地も無いということです。面白くもなんともありません」
「成る程ね……君は十三王というのは何だと思う」
「まだ分かりません。始まりの十三種のことをそのまま指しているのか、実在した人々なのか。
 ただ、神が去ったのちに彼等もその名を消します。
 何か特別な力を授かりながらも、人の中で生きていったのかと……」
「君の理論、神殿のお堅い連中が聞いたら捕まるんじゃないかぃ?」
「だから、しょっぴかれる前に、私が至った結論を書き残しているのですよ。預かって下さいますね」
「何故、儂なのかね?」
「……貴方は、“知性を司る者”でしょう。そうでなければ、私など既に退学させられているはずです」
(ふむ。やりおるなぁ、若造)

学長は素直に感心した。
「いずれにせよ、もう少し処世術を身につけるべきだよ君は」
「肯定と受け取って宜しいでしょうか? それでは失礼致します」
慇懃に頭を下げ、青年は颯爽とした足取りで去っていった。

古王国時代末期の話である。





< 第30話 明日へ繋がる道 −中編− >



常闇の森の中には知を識る者の末裔が住んでいる。
それは人々の前に姿を現すことは滅多にない。
彼等は神代からの記憶を語り継ぎ、迷いの術を施した森の中に住んでいる。
エレヴァートと同じ祖を持つ彼等は、古い記録の中に書かれているだけの存在だと思われていた。

さわさわと木の葉が鳴った。鳥たちの声が喜びに満ちている。
彼等の声に耳をすませ、知を識る者は客人に言った。
「城主よ、戻るがいい」
「……戦いは、終わったのか」
大木に背をあずけ、ぼんやりと湖を眺めていた男が立ち上がった。

「危機は去った。あんたの傷も治っただろう」
ぶっきらぼうに言い放ったのは、先程から黙々と弓を作っていた男。
彼の周りでは子どもたちが走り回っているが、気にせず手を動かしている。
「そうか……あなた方には、世話になった」
「我等は争いを好まぬ。ヴェルツを預けている城に傾かれては困る」
「申し訳ない」
「ヴェルツに、仕事熱心なのはいいが、たまには帰ってこいと伝えてくれ」
そう言ってにやっと笑った女は踵をかえし、銀色の長い髪を風になびかせながら森の奥へと歩いていった。
彼の従者は幼い頃にこの森に住む者たちに拾われたらしい。

「……戻れるというのに、不満なのか?」
静かに湖を見ている城主に向かって、男は問いかけた。
「いいや。そうではない。世話になっておきながら私には返せるものがないな、と思っていただけだ」
知を識る者たちはほとんど飲み食いすることがない。
曰く、大気に満ちる氣の力でこと足りるらしい。
「べつに、見返りなど求めていない」
「しかし……傷の手当てまでしてもらった上に、長い間世話になっていたのだから」
作業の手を止め、顔を上げた男は一言。
「あんたも時々顔を見せろ。それでいい」
「有り難う」
バッソ=オスティナートはそう言って、城に戻る決意を固めた。


ちゆは意識を失う寸前ネコミミにこう告げた。
「影は……お城の外に、いますよ」
その言葉を聞き、ネコミミはわけもなく焦った。生きているのだろうか?
あんな光を浴れば、あいつは文字通り影なんだから、消えてしまうんじゃないのか。
不安だった。
その不安が彼女を走らせていた。
(城の外っても、広大だよ……!)
息をきらして、彼女は走る。
なぜかは知らず、己の感情に急き立てられるようにして。


「…………確かに、固まっていますね」
彫像の如く、あちこちに汚染された兵士達が乱立していた。
(ううむ、何だか不気味じゃ)
固まっている兵士の肩に、シスターが軽く触れると体内から弾かれたように掌サイズの羊羹が出てきた。
「おっ、俺は一体何を!?」
汚染されていたガイセルド兵は我に返った。
「……念のため、医務室に行って下さい」
「あぁ……しかし、なんだこの有様は……」
城壁の周囲をぐるりと固まった羊羹が取り囲んでいる。
なんだか怪しい儀式をしているかのようである。

城内はにわかに騒がしくなった。
汚染から開放された兵士達が再会を喜び合い、汚染されている間に流れた時間に驚愕の声をあげ、
亡くなってしまった者達を悼んでいるのを見て巫女は思った。
(……東国は、大丈夫かしら?)
心配と同時に、戦いが終わったという実感がじわじわと涌いてきた。
そう、生きて戻ることができるのだ。
(良かった……)
そっと、七星剣の柄に触れた。
剣に選ばれてから、ろくなことがなかった気もする。
(だけど、もう逃げない)
逃げずに闘おうと、心の中で誓った。


外の様子を見るために城のテラスに立っていたベンバヤシの元に、一羽のフクロウが飛んできた。
フクロウは口に一枚のディスクをくわえている。
ベンバヤシがそれを受け取ると、フクロウを通じて声が聞こえた。

『取り敢えず、動きは止めた。あとは全部てめーの仕事よ』
「……どうもありがとう。改めて、お礼はするよ」
『報酬はアインザッツの安酒屋に送ってちょうだい』
「そうさせてもらうよ。……悪かったね」
暫く間があった。恐らくどこからどこまでを謝っているのか考えているのだろう。
もし聞かれたら、答えるつもりだった。なにもかも全てに対する言葉だと。
『……別に、どってことないわ。疲れたから眠る。創造主サマにもよろしく』
それだけ言い残して、フクロウは飛び去った。
言葉とは裏腹に、物凄く怒っているということが何となく感じられた。
いつかどこかで出会ったら、確実に殴られる気がする。
今から覚悟しておかなければと思いながら、 ベンバヤシは取り戻した基盤を手に、研究塔に戻っていった。





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