そして
我々は立ち上がる。
この世界が誰の物であるかを、証明する為に。
『5ヶ国連携反帝国軍締結宣言』より
南の楽園ソアーヴェでチュンチュンが拉致されて一ヶ月。辺境の地ドレンテにガイセルド帝国兵が現れる3日前。
そして、主が荒野に降り立つ一週間前。 伏せられていた手札がまた一枚裏返る。
セミ=ブレヴィス公国の中央に位置する、酒と賭博と娯楽の街アインザッツ。
都会ならではの喧騒と活気に満ちた夜の都。
騒がしい中心地を少し外れた静かな通りの一角にある、目立たない古びた入り口。
知る人ぞ知る、名店“BarrelHouse”――――その店内に、彼女は居た。
変わらないものが沢山ある。
例えば、談笑、依頼、相談、色んな人が交わす会話の後ろでは今日も気怠いジャズが流れてる事とか。
毎晩飲んだくれる爺さんに、深刻そうな面々に、羽目外し過ぎてる連中。本当、毎日変わらない。
そんな事を考えつつ、いつもと同じカウンターの一番奥に座る自分に気付いて、思わず笑ってしまう。
私も、そうか。
「おや、グラシアさん今晩和」
カウンター越しに話しかけてきた初老の紳士はこの店“バレルハウス”のマスターだ。
「今晩和、マスター。新聞ある?」「ハイ、ありますよ。ところで、今夜は何にします?」
新聞を差し出しながら、マスターは訊ねた。ふむ、どうしようか?新聞を受け取りながら答える。
「いつもの・・・って言いたい所だけど酒は止めとくわ。紅茶をお願い」
「かしこまりました。」いそいそと湯を沸かしに行くマスター。
何故かバーの店主なのに紅茶にこだわりがあるらしい。謎だ。
そうこうしている間に演奏が終わったらしく、周りからはぱらぱらと拍手が聞こえてくる。
ちなみに、私の座っているこの席は演奏者が控えに使っている裏部屋のすぐ近く。
必然的に演奏するメンバーの顔も覚えてしまう。
(・・・5ヶ国連携反帝国軍、ねぇ?まさか公国がプラチードと手を組むなんて・・・・意外にも程があるわ)
紅茶を飲みながら新聞を読んでいると、聞き慣れた声がした。
「あらグラシィ、珍しいわねぇアンタが酒呑んでないの」
うわぁ。地味にキツいぞその一言。「私イコール酒だってぇの、リヴェメント!?」
黒髪の女は答えた。「うん。紅茶飲んでるとすっごい違和感」
「さながら間違い探しのようだわ」あくまであっさりと言う。この女は・・・・。
腹が立ったので思わず立ち上がる。
「あのねぇ、いつまでも呑んだくれてる訳にはいかないでしょ?」眼鏡越しにリーヴェの顔を睨め付けてやった。
性格に難ありなサックス奏者、リヴェメントは愛用の楽器を手にしたまま、にやりと笑った。
「ようやく悟ったみたいね」
悟った?少し違う。ただ、動かなければ何も始まらない。呑んだくれていても事態は何一つ変わらないのだ。
「・・・・私は、出来る限りの事をしたいと思っただけ」
そう、伏せたカードは開けなければ分からないように。
「まぁ、良い傾向なんじゃない?背負うしかないものって誰にでもあるし。
例えそれが、ひたすら重いものであっても」
まるで自らに言い聞かせるような言葉だ。たまにこの女はどこか遠くを見ながら、意味深なことを言う。
背負うしかない、か。改めてカウンターの方に目をやる。誰も座っていない奥から2番目。
それは重くのしかかる“事実”
「解き明かさなきゃ、謎は謎のままなのよ――――だから」
「その謎を解き明かしに行くってのね?そんじゃ、旅立ちを祝して特別に一曲演ってあげるわ。何が良い?」
突拍子もない提案だ。しかし勘だけは良いなこの女・・・・呆れつつ返答。
「リクディム」聞くと当時に凍り付くリーヴェの顔。
そりゃそうだ。本来この曲は、クラリネット7本掛かりで演奏する曲なのだから。
我ながら、なんと質の悪い仕返しだろうか。と言うより、酷く地味な嫌がらせか。
「グラシィ・・・・アンタって奴は・・・・ふふっ、いいでしょう・・・・二言は無いわ、演ってあげるわ!!」
演奏者の顔に、不敵な笑みが広がる。
「そこで聞いてなさい!」リヴェメントの演奏者魂みたいなものに火をつけてしまったようだ。
「はぁい」にやにやしながら答える私も、相当に性悪だ。
ステージ上でリーヴェが本当に難曲を吹いているのを見ながら、ぼんやりと紅茶を飲んでいた。
つくづく恐ろしい女だ。音楽をやる人間とは皆ああなのだろうか。言葉は悪いが相当キている。クレイジーだ。
「いや、ああいうのは音楽狂って言うのかも・・・・」何となく納得。
それと同時に、嬉しそうに演奏するリヴェメントが少しだけ羨ましかった。私には何もない。
気付けば単なる殺し屋をやっていた。どうしても伝えたいものも、絶対に譲れないものも・・・・なんにもない。
・・・・・ま、しょーがないっちゃそうなんだけど。所詮人殺してナンボのけちな商売だし。
とか色々考えてると、リーヴェが戻ってきた。
「どうよ!?」とても偉そう、なおかつ満足げな表情だ。
「いやぁ、やっぱ凄いね、リーヴェの演奏は。暫く聞けないのが惜しい」「って事は長旅?」
「ん?そうだね・・・・ちと、遠いかなぁ」仕事も当分お休みかな。
「一応何処行くかは決まってるんだ」心底意外そうにリーヴェが言いやがった。
「そりゃ、目的もなく旅に出たりしないって!」あぁ本当にこの女は。
多分恐らくきっと、歪んだ性格なりに心配してくれているのだろう。
有り難いような鬱陶しいような・・・・・複雑な心境。
グラシアは少し間を置いてから、口を開いた。
「知り合いに、会いに行く」
会って、胸ぐらひっ掴んででも話をしなければならない奴がいる。
「何?友達かなんか?」誰があんな変な男と友達なものか。
「いーや、あくまでちょっとした知り合い。簡潔に2文字で表すと、変人」
アンタ以上に性格の歪んだ、ね・・・・・・
心の中に浮かんだ言葉は、あえて言わないでおいた。後が恐いし。
「さて、そんじゃちょいと行ってきますか」
隠された真相を、解き明かす為に。