「いいかい?そもそも世界は、一つの存在がどうにかできるほど小さいものじゃないんだよ」
「だけど、神様はそういう・・・・できないことをしてくれる存在じゃないのですか?」
少女は小首を傾げながら尋ねる。
「冷静に考えると不可能なんだよ。この世界には沢山の人が居て、
性別も人種も環境も価値観も違うんだから、幸せなんてものは違って当然だと思わないかい?
だから、全ての人を幸せにする事なんか誰にも出来ないんだ。
例え神であろうとも。みんなが同じ事を願う訳ではないから」
男は窓の外をぼんやりと見つめながら答える。夕焼けがやたらと奇麗だった。

「じゃあ・・・・どうして私達は、神様を信じてるんですかねぇ?」
それは、極々自然な疑問。男は少女の方を見やる。
「どれほど願えども望みが叶わず、祈りはただ虚空へ消えゆけども―――――
僕等が実際に居るのか居ないのか分からない不確定な存在に頼るのは、弱いからだよ」
「何かに頼らないと不安って事ですか」そうそう、と男は頷く。「だから、ありもしないものを求めるのさ」

望む幻想が、全知全能にあらずとも。
それでもなお、我等は手を伸ばさずにいられない。神聖なる存在へと。




<第11話 流星は予兆なり。>


「神は俺たちを――――――見捨てたんだ」
違うのだ。
そうではないのだ。
声に出してしまいたかった。しかしそれを口にすることはつまり、自分の無能さを容認してしまうことになる。
ちゆとしても、もっと早く事態に気付きたかった。
ここまで汚染が進行したのは管理人である自分が気付けなかったためでもある。
見捨てていないだなんて「間に合わなかったのだから仕方がない」と言っているようなものではないか。
そうではないと言ったところで誰が信じてくれるだろう。
自分の不甲斐なさに唇を噛むちゆを、ネコミミは心配そうに見つめていた。
(でも、こればっかりはアタシが口出してどうにかなるモンでも無いしねぇ・・・)微妙に気まずい。
それもこれもそこの酔っ払いが悪い。そう思い横目で見ると酒瓶を手にしたまま寝ている。
寝顔は幸せそうですらある。なんだかなぁ。

ぼんやりと料理を口に運んでいると居食屋の古びた扉が開いた。
他の客だろうか?ネコミミは酔っ払いから目を離し、入り口を見た。
立っていたのは、おかっぱ頭の少女。
年の頃は、ちゆと同じかそれより上か。
東国の民族衣装である“キモノ”を身につけている。なんとなく不機嫌そうだ。
「あれ、店長おかえりなさい」
それまで厨房で黙々と仕込みをしていたバイトらしき青年が、驚愕の事実をさらりと述べた。
ネコミミは、そんな馬鹿な事があるかー!と突っ込みそうになる自分をぐっと押さえ込んだ。
じろりと店内を見渡してから、少女は口を開いた。
「バイト君、なんでテーブルちゃんと片してないんですか!あぁもう床板もぶち抜きっ放しだし!!」
お説教である。「掃除もやってないでしょ!オーナーは一体どこに行ったんですか!?」
返答する暇も与えずに、早口で捲したてる。
「え〜とですね、オーナーは店長が出て行った直後に
『それじゃバイト君、あとヨロシク☆』とだけ言い残して去っていきました」
おかげでほとんどの仕事を自分がこなす羽目に陥り非常に困った、とバイト君は衰弱した様子で語る。
「あうぅ、御免なさいバイト君。てっきりボスが居るものとばかり思っていたので・・・・」
ボス、というのはオーナーの名前だろうか。随分と変わった名前だ。
そんな会話を耳に挟みながら、ふとちゆが顔を上げたその時、再度古びた扉が開いた。
「やぁ、ただいまバイト君。元気してたぁ〜?」聞こえてきたのは脱力してしまいそうな、呑気な声。
実際にバイト君は派手に音を立て、床に倒れ込みそのまま眠り込んでしまった。
かなりの疲労が溜まっていたのだろう。

入ってきたのは、丸眼鏡をかけ、教会の神父のような服を着たなんだか全体的に胡散臭い印象を持つ男だった。
「ただいま、じゃないですっ!!」少女は強く言い放つ。
「店のこと放っといて何処ほっつき歩いてたんですかっ!」
しかし、返答は軽かった。「おや、帰っていたのかぃ」少女の批難など完全に無視した様子である。
「なんでそう呑気なんですか、ボスは!こっちは怪しげな兵隊さんに囲まれた上、
 ぶーちゃんがさらわれちゃって大変だったんですよ!!」
半分泣きながら少女は叫んだ。
アイコン狩りだ。ネコミミはそう直感した。
ぶーちゃんはこの国に居ると聞いていた。合流するより先に帝国の手に落ちてしまったのか・・・
「酷いなぁ、僕にはボーゲンフォルム=スコレンド=アーヴァースっていう素敵な名前があるのに」
「長いので却下です!」
聞き耳を立てつつちゆは思う。(ろ・・・・論点が変わっている気がします・・・)
「ふむ。ぶーちゃんは連れて行かれちゃったのか」無意味に本名が長い男は冷静に話を戻した。
「私は止めたのに・・・・・ぶーちゃんは」
少女の目からぽろりと涙がこぼれる。「行っちゃったんです」
まるで運命を悟ったかのように。
我が身をすすんで差し出すかのように。

しばし、沈黙の時が流れ
「ぶーちゃんは、君を護りたかったんだろうねぇ」ポツリと口を開いたのは眼鏡の男だった。
え、と小さく呟いて少女は顔を上げる。
「大方、ガイセルド帝国兵の事だからいざとなったら武力でどうにかするつもりだったんだろう」
昔からそうだけど、やり方が荒っぽいんだよなぁ、あの国は。
「君を危険にさらす位なら、自分が狩られる方を選んだんじゃないかな?」推測に過ぎないけども。
なんという事だろう。少女はまた泣きそうになった。
「私の、為に・・・・?」護っているつもりが、護られていたのだ。
「案ずる事は無いよ。ぶーちゃんはああ見えても、世界を守護する“13の要”の1つだから」
本来なら、一介の兵士じゃ相手にならない位強い筈。
「だからって、全然救われた気になんかなりません!」
納得がいかない。なにかが絶望的に間違っている気がする。

そもそも何故こんな事になってしまったのか。
いつの間に事態はここまで悪化してしまったのか。この先どうなっていくのか。
救いはあるのか?誰も助けてはくれないのか?ほんとうに見捨てられたのか?
いろんな感情がない混ぜになり、どうしていいか分からない。
悪いのは、一体だれなんだ?

 ふつうに生きる人々に罪は無いじゃないか。

「なんなのですか!もし神様が居るんだったら、なんで世界がこんなになるまで放っておいたんですか!?」
喚きながら、少女は男に訴える。
こんなの、あんまりだ。世の中は理不尽だ。物価の上昇も全部フレデリカと羊羹のせいだ、等々。
どれも、ちゆの耳に痛い言葉達だった。
泣きわめく少女を青年がなだめるように抱きしめる。
「望めど神は全知全能にあらず。大分前に話しただろう、イツキ?」
自分自身に言い聞かせるように男は言葉を紡ぐ。
「どれだけ困っていても誰も救ってはくれないのさ、本当は」
あるいは、誰もが安易に救いを求め過ぎなのかもしれない。
世の中は平等などではない。そんな言葉はきれい事に過ぎない、というのがアーヴァースの見解であった。
「そ、それじゃあ、誰なら救ってくれるんですか」嗚咽混じりに少女は聞き返す。
アーヴァースは、宗教という概念を手に入れた我々は不幸だ、と思った。
いつだって向こう側から手を伸ばして貰うことしか考えられない。
「違うんだ。そうじゃ無いんだよイツキ。自分を救うのは、他の誰かじゃなくて自分なんだ」
その言葉に少女は目を丸くした。この世のどこにも救い主は存在しないのか。
「本当は救いを求めることそれ自体が、間違っているのかもしれない。でも、僕たちはそれに気付くことが出来ない」
どうしようもない窮地に陥れば、必ず人は何かに祈ってしまう。
少女はなんだか悲しい気持ちになった。信じるに足るものなど、本当は何処にも無いのだろうか。

「知っているかいイツキ。この世界に現存する最古の書物にはじまり、
 世界各地に散らばる神話の始まりの大半は流星の降る夜なんだよ」
随分と唐突な話だ。男の言わんとする所が、イツキと呼ばれた少女には全く分かっていない様子だった。
「諸国に確認を取ってきたんだけどね」眼鏡の奥の眼差しは、暖かく少女を見つめている。
「1週間前の星が降ったあの日、同じように世界各地で流星が目撃されていたんだよ」
そういえばアタシも見たねぇと、ネコミミは密かに思った。
夜空に降る星を見上げ、誰もが口を揃えて言った。「これは救いの予兆だ」と。
「諸説あるけど、流星が意味するのは“始まり”“救済”それから“降臨”とされているね」
そして多分、そのどれもが正しいのだ。

「これがどういう事か分かるかな?」男は少女に問いかける。
もしかして? いいや、あれはおとぎ話に過ぎないではないか。だけど―――――星降る夜には必ず
「救いの主が・・・・降り立った、のですか?」幻想と現実が結びつかず、少女は困惑した表情を浮かべる。
「誰も本当の所は知らないけど、きっとそうなんだろうね」少し間を置いて
「それは、今が“どうしようもない事態”だから、でしょうか」少女は疑問を口にした。
どうしようもない事態、というのはつまり人の手ではどうする事も出来ない事態のことだ。
「そう。“どうしようもない事態”というのは、この世界の現状のことさ」
枯れゆく大地、蔓延る羊羹、拡がる汚染。まるで悪夢そのものだ。
手詰まりなのだ。
もはや、人間風情がどうにかできる域の問題ではないのだ。
「だけどね、もし本当に この世に神が居るならば。ただ一つだけ、全ての人の為にしてくれる事がある」
男はきっぱりと言い切った。
「なんですか?」
「フレデリカを、倒すことだよ。これはある意味全ての人の幸せに繋がる事だ」
人の手でどうにもできない脅威を消し去ること。
確かにそれは人外の手によってしか成す事ができない。
(この男、ただ者じゃないねぇ)ネコミミは驚きを隠せなかった。
ただの一般人にしては妙に博識でかなり素性が知れない。学者か何かだろうか。
「彼か、彼女か分からないけれど・・・この世界に居るとされている“神”はきっと成し遂げてくれると思うよ」
そのことだけは、期待していよう。
「だからね、ぶーちゃんはその手伝いに行ってると思いなさい」アーヴァースは笑顔で言った。
そう考えると、あんまり淋しくないかもしれないと、イツキは思った。

葛藤を抱えたまま、居食屋を出た。
耳にした言葉が、頭の中でぐるぐると回っている。
『神は俺たちを――――――見捨てたんだ』
『もし神様が居るんだったら、なんで世界がこんなになるまで放っておいたんですか!?』
胸が痛い。返す言葉も無い。自分がこの世界の人にしてしまった事はつまり、こういうことなのだ。
「・・・・・大丈夫かぃ、ちゆ?」街道を歩きながら、ネコミミが問いかけてきた。でも上手く返すことが出来無い。
この感情は、後悔だ。何故もっと早く気付けなかったのかと悔やんでいるのだ。
「大丈夫じゃ無いです・・・・・でも・・・・」なんて弱々しい声なんだろうと、ちゆは自嘲した。

あぁ、だけど。

この罪を償えるとしたら。

方法はたったひとつ。

「ちゆは、必ずフレデリカを倒しますよ。たとえ自分がどうなっても、です」
ネコミミに向かって、はっきりと言った。
その目にもう迷いはない。後悔もない。
あるのは自分の使命を成し遂げようとする、強い意志だった。
(それでこそ、救世主だね)
ならば、付き合わせて貰おうじゃないか。アンタが救った世界をアタシは見てみたい。
「じゃあ、ぼちぼち行こうかねぇ」「行きますか」

2人は歩き出す。
その足取りは決して軽くは無いが、一歩の迷いもなく、真っ直ぐに歩いていく。




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