【10話閑話−後編−】〜揺れる5つの灯〜


そこに立っていたのは、燭台を右手に持った細身の男だった。
髪と目の色は茶。着ている服は簡素なものだが、それほど貧しい身分という訳でも無さそうだ。
エニグマがそう思った証拠は、立ち方。男は、背筋をピンと伸ばした、どことなく教養を感じさせる立ち方をしている。
誰もが満を持して現れた“招待者”の姿に見入っていた。
その沈黙を破ったのは、他ならぬ“招待者”――――突如現れた、男自身。

「いきなり呼びつけた無礼を、お詫び致します」
 男は円卓に歩み寄り、深々と頭を下げた。アイリッヒが燭台は何処に?と思うと、また円卓の上に戻っていた。
どういう仕組みなのだろう。不思議だ。
「目的はなんだい、小僧。考え無しにこれだけの面子を揃えた訳じゃなかろう?」東国当主が、口火を切った。
「それ以前にまず名を名乗れ、それが礼儀ってモンだろ」簒奪者もそれに続いた。
小僧、という表現はあながち間違いでは無いのかもしれない。男の声も顔つきも、まだ若々しいものだったから。
「申し訳ございません。私は、フォール・ヴェルツと申す者です」
ほんの少し焦りを含め、ヴェルツと名乗った男は答える。
「どうか・・・・各国のお力を貸して下さい。我が国、ガイセルド帝国の為に!」
その場に居た誰もが、驚愕を隠せなかった。
ガイセルド?
それは最強の軍隊を持つと言われる大国。
だが今では、突如現れたフレデリカと名乗る存在に支配された暗雲の国。
羊羹の蔓延る世界を我が者顔で縦横無尽に渡り歩く帝国兵は、洗脳されているのでは無いか?
いや奴等は悪魔の手先だ、魂を売ったのだ等と諸国民の噂の対象だ。
「要するに バッソの坊やは生きている、という事かね?」
皮肉気な笑みを浮かべた君主の横で、従者アイリッヒはハラハラしていた。
(・・・・エニグマさまってば、仮にも一国の主の事をこんな場で坊や呼ばわりしちゃっていいのかなぁ・・・)
向かうところ敵無し。恐るべし、総帥。
「エニグマ、30過ぎの一人前の男を坊やと呼ぶでないよ」ライネ爺がのどかに諭す。
「何を言ってるんです。私より20も下なら坊やで十分です」「それを言うと儂から見たお主も坊やになってしまうがのぅ」
2人のやりとりを断ち切るように、ヴェルツは答えた。
「我が君主、バッソ=オスティナート18世は生きています」
ふぅん・・・と相槌を打ったのはヴィア大公妃。
「確かに18世崩御とは言われて無かったから、有り得ない話では無いけれど」その顔は不満気だ。
「信憑性が無いな。お前が我々を謀って無いと何を根拠に言い切れる?」レトログラドゥムもまた眉に皺を寄せ、言う。
「2人共落ち着きなさい。目を見れば分かります。少なくとも彼は、事実を言っていると」
東国当主は、落ち着いた声で言い放った。
確かにそれは、目を見れば分かる。
ヴェルツの目は、真剣そのものだった。恐らくは君主と自国を護ろうと必死なのだ。
「君主より、手紙を預かって参りました」そう言ってヴェルツは一枚の紙を差し出した。

『この場に集いし諸侯らに願う。
 出来ることなら、同じ世界に住む者として 力を貸して欲しい。
 我等が抵抗すべきは他の何でもなく、あの侵略者だ。』

短い文の下には、確かにガイセルド帝国皇帝バッソ=オスティナート18世のサインと、印が押されていた。
「随分とまた、簡潔に事を述べてますねぇ」
「ふん、坊やに『諸侯』と偉そうに言われる筋合いは無い」プラチードの二人は相変わらずだ。
「つまり、協力しろと言うのだな?我々5ヶ国に」レトログラドゥムはパイプの煙を吐きながら呟く。
東国当主は手紙を見つめながら、言葉を付け足す。「そして、フレデリカを倒して欲しい・・・・という事ですね」
沈黙。それは、誰かがやらねばならない事ではあるが、あまりにも重い事だ。

長く続いた沈黙を破るのは、やはりフォール・ヴェルツだった。
「お願いです。我が国に力を貸して下さい。このままでは、民は死に絶え我が国は・・・いいえ、世界は滅びます!」
部屋に響いたのは、決して否定出来無い言葉だった。恐ろしい事だが可能性としては大いにあり得る。
世界が滅びる?そんな馬鹿な!と笑い飛ばせる程、事態は単純でも安易でも無い。
「さて、どうしたものかのぅ」ライネ爺はわざとらしく小首を傾げ、皆に問いかける。
溜息混じりにヴィア大公妃は答えた。「どうするもこうするも、やるしか無いんでしょ?」他人事では済まない話だ。
放っておけば羊羹は増え続けるし、悪はより強く長く蔓延り続けるのだ。
続けてはいけない、暗黒の世を。全てが間違ったままの時間を進めてはいけない。
「ガイセルド帝国兵が、要を探し回っているという話を聞いたがそれは本当なのかね?」エニグマは招待者に尋ねた。
「はい。玉座を乗っ取ったフレデリカの指示で“アイコン狩り”が行われているようです・・・・」
 目的は、分からないけれど。
「うちの国にゃ、知恵者が直々に来たぜ」と、レトログラドゥム。
「さすらう者がソアーヴェで拉致されたとの報告があったのぅ」これはライネ爺。
「東国の切り札は無事なの、当主?」問うたのは大公妃。
「今の所は・・・まだ大丈夫です」答えた声は、どこか不安気だった。
「まぁ、あの娘を敵の手に渡すのも癪だしな」「癪ですねっ、エニグマさま!」従者は明るく言った。
「ヴィア大公妃。前言撤回だ・・・・旦那に伝えておいてくれるかね?『一時休戦だ』と」
「確かに伝えておきますわ、スカラ・エニグマティカ総帥」
あでやかな微笑みを浮かべた殿下に安堵したらしく、付き人の顔も心なしか緩んだ。
フレデリカは力を増す、羊羹は増え続ける、要ですら否応なしに動き出す。
では、我等のすべき事は?

そして、論議が始まる。
―――――後に、円卓会議と名付けられ、歴史に名を残す事になる世界の命運を賭けた会議が。

「それでは、よろしいですかな・・・・?」ライネ爺が皆に問うた。
円卓に座る誰もが語り疲れ、もはや満身創痍だった。
「あぁ、もぅそれ以上の策は無いだろうよ」うんざり、といった様子でレトログラドゥム。
「果たしてこれが・・・吉と出るか、凶と出るか」溜息混じりに東国当主が呟く。
「だけど、勝負は終わりの時まで分からないものですわ」確信を込めて、大公妃が言う。
「我々の意地を、侵略者に見せつけてやろう」そう呼びかけたのは、不敵な笑みを浮かべたエニグマ。
その光景を見ていたガイセルド帝国皇帝の従者、ヴェルツは聞き取れない位小さな声で、呟いた。
「ありがとう・・・ございます・・・・・」 ごめんなさい。自分の国の事なのにどうにも出来なくて。
こんな事、口に出せばうと“何もお前の国の為だけにやるんじゃ無い”と怒られてしまうんだろうけど―――それでも。
ヴェルツは思っていた。同じ世界に生きるというのは、こんなにも暖かい。

「後は宣言の最後に我々5人の署名をするだけじゃな」宣言文を書いていたライネ爺は顔を上げた。
「ホレ、自国の流儀に乗っ取った署名で構わんから書いていけ」言いながら隣に座るエニグマに宣言文を渡す。
「・・・・・自国の流儀、ね。アイリッヒ、“声色の制約”はできるかね?」
「あ、ハイ。やりましょーかぁ?全員で良いですよね」
声音の制約、とはプラチードにおける法律制定時の礼法のようなものだ。と言っても別段難しい事では無い。
名と共に意志を明確にする、という真実を表す言霊の一種だ。よって、断る理由は無かった。

「プラチード共和国総帥、スカラ・エニグマティカ」
 従者の声はいつもの声と違い、凛として張りつめた声に変わっている。
「同意する」言うと同時に、名をペンで書き綴るエニグマ。

「セミ=ブレヴィス公国大公妃、トリサギオン・ヴィア」
「賛同しますわ」さらさらと羽ペンを動かし、流暢な文字を書く。

「ラメントの英雄にして簒奪者、ペル=モトゥム=レトログラドゥム」
「了解した」簒奪者たるレトログラドゥムは指先を噛み、そこから出た血で名を綴った。

「東国、当主」
「承ります」御璽を押しながら、当主。

「アプゼッツェン連合王国代表、イェーダーツァイト・ライネ・シュティンムンク」
「誓おうぞ」
手元に戻ってきた宣言書に、満足そうに名前を書きライネ爺。

これにて、全ての作業は終了。
はた、と気付いた。「あのぅ・・・ひょっとしてすっごく時間が経ってません?」思わず口にするアイリッヒ。
「待って、時計は止まってるわよ?」ヴィアは自分の懐中時計を見ながら言った。
「そろそろ種明かして貰いたいんだがねぇ」
簒奪者の言葉に、円卓に招待した本人は口を開く。
「信じられないかもしれませんが・・・・ここは、時の流れが違うんです」
 はぁああ?誰もが呆れて声を上げた。そんな魔法がこの世にあったか?
「手紙の最後の言葉といい―――聖域の民の“創世記”に出てくる円卓の間ではないかの?」
冗談交じりにライネ爺は言った。聖地はどこの国にも属さないが、
ほど近くにあるため聖地研究が盛に行われているソアーヴェは彼の国に属している。

「そのまさかです」

・・・・・・・・・・・・しーん。
何とも言えない沈黙が部屋を包んだ。「誰の差し金なのかね、これは?」笑いを堪えながら、エニグマは尋ねる。
「我が国には、誰よりも優れた知恵者が居るのですよ」ヴェルツは悪戯っぽく笑った。

その言葉を最後に、5人の最高権力者と2人の付き人は、円卓に招かれる以前の場所
―――――自分の国に、戻った。
ライネ爺に関して言えば、宣言書と共に。
 
その文章が、声音の制約と共に世に公表されるのは、翌日の事である。




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