月よ、我等の行く末を照らしておくれ。
迷わずに歩けるように。





<12話 夜征く者、そして廻り始めた輪 −後編−>



「いぃか、そもそもあの城は難攻不落とうたわれているが、抜け道なんざいくらでもある」
テーブルにペザンテ城の間取り図を広げ、男が言った。真ん中に置かれた蝋燭の火が揺らめく。
「でもよぉ、あの城ムダに広いぜ?どこの酔狂が建てたんだろうねぇ」
「んなこたぁ今、どーでもいいだろうが」「権威の象徴なんざどの国でもあんなもんだろ」
薄暗い酒場の中では、屈強な男達がテーブルを囲み熱心に話し込んでいた。
「とにかく、奇襲かけりゃ不意を突ける訳だ」
そうこなくちゃ、と一人が笑う。「特攻なら得意だ」
「ばか、お前はそれしか能がねんだろ」すかさず別の男が突っ込む。
奇襲の計画を話し合うにしては、緊迫感がない。
なぜなら、ここにいる連中はそういう類のことに手慣れているからだ。
盛り上がってんなぁ、と輪から少し離れた壁にもたれて男達の方を見つめていたのは女殺し屋グラシィ。
いまここに集まっているのは“ナイトウォーカー”と呼ばれる組織の面々だ。
戦災孤児やならず者や軍隊あがりの寄せ集め。裏世界を暗躍する合法殺人集団。金さえ払えば誰でも殺す。
法律も国家も関係ない。なぜなら、大概の依頼が権力者から来るからだ。
ゆえに、『合法』殺人集団と称される。
グラシィがその一員という訳では無いが、何度か仕事で鉢合わせたことがあり、
協力を要請され共同で働いたこともある。
普段は一同に会すことなど無いのだが、上層部から発せられた特令により
帝都ペザンテにほど近いカローレの街に密やかに集っている。
「首尾良く運べよ。上手くいけばこの悪夢を終わらせる事が出来るかもしれん」
現在形で組織は深刻な人手不足なのである。
いくら精錬された暗殺技術を持つ者といえ、ひとたび羊羹に感染すれば辿る末路は一般人と同じ。
むしろそれより酷いくらいだ。錯乱し、仲間を殺し、最終的に自殺。部署ごと壊滅、なんて話はざらにある。
殺し屋は正義を気取らない。だが、死んでいった者達に対して何の感情も抱かない訳では無い。
そして、明日は我が身かもしれないという恐怖を持たない訳でも無かった。
だから集い、話し合った。できる事ならこのまま元凶を破壊したい。
せめてものはなむけ、なのだろうか。
(まぁ、私にゃ関係ない事だけどねぇ・・・)ぼんやりとグラシィは考える。
仇討ちをした所で死者に何かが届くことはないのだが。きっと誰もが、そう簡単に割り切ることが出来ないのだ。
なんだかんだ言って人間くさい。
グラシィは、殺し屋というのは自分を含めて不思議な人種だなと思い、思わず苦笑した。

「あら、グラシア・・・・グラシア=パディッリオーネ=アルビトラリオじゃない。何故ここに居るの?」
声を掛けてきたのは黒髪の女。
一見すると男に見間違えるほど短い髪、鋭い眼光。こいつは確か・・・・
「“夜紡ぐ闇”ナハトムジーク・アルシェ―――――あんたこそ、どうしてここに?」
ナイトウォーカーで5本の指に入る有能暗殺者。出来れば敵に回したくない女だ。
「仕事よ。シゴト」にやりと笑う。「ペザンテ城に隠されたものを暴きにね・・・・あなたは?」
「まぁ、似たようなものよ。ただ、仕事じゃなく私個人が動いているだけだけど」口元に微笑を浮かべ、答える。
「お互い便乗組って事ね」ふふ、とアルシェは笑った。
何だか妙な気分だ。こんな風に笑う女だっただろうか。
「そうみたいねぇ」誰にも気付かれないけれど、その酒場の影には秘密を共有する女が二人。
先に待つ物への畏れと期待。偶然の出会いは、この先何かに続いていくかは分からない。
もう交わらない道なのかもしれない。
だからこそ酒を酌み交わし、死者を悼み黙祷を捧げる。自分が迷わずに済むように。
そうして戦いの前夜は更けていく。

ベンバヤシは多忙だった。
次から次へと溢れる仕事に追われ、近頃ろくに休んでいない気さえする。
「・・・・だから、そういう方向性で頼むよ。あぁ、多分なんとかなるから。任せたよ、ヴェルツ君」
そう言って、通信を切る。
通信とは魔術と科学の混合によって生まれた新しい技術だ。まだ一般に普及していない為、
使っているのは一握りの者に過ぎない。
さすがに疲れた。プラチードまで行って帰ってくる間に事態は悪くなっている気がしてきた。
閣下の手前大丈夫だ、とは伝えたが相手があの“ナイトウォーカー”では正直分が悪い。
(身から出た錆って事で、自分で始末つけてもらうかなぁ)
体中に酷い倦怠感があり、思考を鈍らせる。眼鏡を外して椅子にもたれ掛かる。
できることなら目を閉じて眠ってしまいたい。
少しだけ、と目を閉じる。
猛烈な眠気に襲われた。まぶたの裏で、なぜかあの金髪のシスターの姿が思い浮かんだ。
「まいったなぁ・・・・聖職者、か」本当に要というのは何でもありのようだ。
神よ。あなたはこの罪を見抜くというのか?それならば、彼女が裁きをもたらしてはくれないか。
―――――らしくない考えだ。
目を開けてから、少し自分の精神状態が心配になった。天井を見ながら思わず溜息をつく。
「何や、疲れとるみたいやけど大丈夫か?」床の方から声がした。
目線を下げると極端に糸目のどことなく間の抜けた顔があった。
「君か黄色。平気だよこれは少し・・・・寝不足なだけだ」
事実でもあるし、また嘘でもあった。
「・・・・なら別にえぇんやけど」言葉とは裏腹な心情を隠すように、チュンチュンは言った。
「そや、もうじき嬢ちゃんたち返って来るで」
言われて、ベンバヤシは窓の外をじっと眺める。陽は隠れ、夜が近付いている。

「局長、ただ今戻りました」ビシッと敬礼を決めてフォルトは局長の元に報告に行った。
「あぁ、お帰り。どうやら全員無事のようだねぇ」
ざっとシスターを含めた5人を見渡す。ねぎらいの言葉はいつも通り軽かった。
(そりゃあ、出発前にあれだけ脅されりゃねぇ・・・・)心の中でフォルトは、出発する前のことを思い出した。
上司がサラリと「生きて帰って来なかったら死体で実験するつもりなんでそのつもりで★」などど
軽く言えてしまう人間である事に恐怖を覚えずにいられない。
「ご苦労さん。暫く仕事どころじゃ無くなるから各自休んどいてくれ」
何だか引っかかることを言われた気がするが、兵士達はばらばらと解散していった。
残ったのはシスターひとり。
「さて、と」ベンバヤシはシスターの方を見ずに口を開いた。
ここに来た以上、引き合わせなければならない。それがどんな要であっても。心の中で、自分に言い聞かせる。
「気が乗らないと思うがついてきて貰えるかな?」
シスターは、小さく頷いた。いかにも覚悟を決めた人間という感じで、素直に歩き出した。
普段は豪奢な城内だが、灯が入っていないとそれだけで随分と印象が違う。
「ガイセルド帝が王座に居る時は、いつでも明かりが点いているものなんだけどねぇ・・・」割とどうでもいい話だが。
口を動かしてないと疲労で倒れてしまいそうだった。
「正式な王でなければ城ですら、その存在を認めないと言う訳ですね」意外なことに返事が返ってきた。
「そういう事だね」歩きながら少しだけ間を置く。
「そしてこれから君が会うのは、偽りの王だ」
長い廊下の向こう、辿り着いたのは明らかに他とは違う扉。
扉の向こうに、居る。
シスターは直感でそう思った。扉は、明かりが無いせいか畏怖すべき物のように見えた。
「失礼するよ」ベンバヤシはその扉を開けた。
部屋の中は―――――通ってきた廊下以上に、暗かった。広さも設備も分からない。
「要を捕らえたんだけど。どうする?」
シスターは驚いた。自分の『羊羹の汚染を消し去る』浄化能力についてこの男は触れなかった。
それにしても、誰に問いかけているのか。刹那。
「いつも通りでいい」・・・・・声だ。誰のものか分からないが、酷く不快な響きを持つ男の声。
「おい、お前等」それは何者かに話しかけた。
「連れて行け」その命令が下るのと同時に、背後からがっちりと腕を捕まれた。
強引に部屋から引き摺り出され、何処かへと歩かされる。気配が無かったが、兵士のようだ。
妙なのは、何の感情も読み取れない、ということ。軍人というのは、そういうものなのだろうか?
だんだん目星がついてきたなぁ。長い廊下を歩かされながら、シスターは思った。

その頃、ベンバヤシも部屋を出ていた。廊下を歩きながら自分の行動に吐き気がしていた。
自分は何をしている?あれは不倶戴天の敵だ。
ぞわりと臓腑をえぐるような不快感が生じた。駄目だ。精神の均衡さえも危うくなってきている。
目は伏せろ。心は隠せ。「恨んでくれ。僕のことを」
そうされたって文句は言わない。いや、言える筋では無いのだ。

その声が届くことのない牢獄で、錠の落ちる音がした。





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