そもそも、何故こんな事になってしまったのか。
老人は身を潜め、考えていた。自分は集落からほど遠い山の奥の草庵で隠居していたはずだ。
なのに何故今、老体にむち打ち竹林の中を逃げ回らなければならないのか。
(仮に巫女殿が汚染されているのだとしても・・・・・治す術は?)
どこにも無いではないか。
少なくとも、この東国では見つかっていない。
(わ・・・・儂は、どうすればええんじゃ)頼れる者は無く、武器すら持ってない。その上体力も衰えている。
絶望、という言葉が脳裏をよぎった。まさしく今の状況の事だ。
巫女の体を支配しているのは、感情でも理性でもなく、ただ戦いを求める―――闘争本能だった。
なにか使命があった気もするが、分からない。もはやそんな事はどうでもいい。
今はただ、より強き者を求めて駆けるのみ。刃を振る理由など、考えなくても良い事だ。
「はっ、ははははははっ!」知らず知らずのうちに、巫女は声をあげて笑っていた。
愉しくてたまらない。戦う、という事はこれほど愉快な事だったであろうか。
その狂気じみた笑い声を、老人は震えながら聞いた。骨の髄から冷えていくような、恐ろしい声だった。
さて、唯一羊羹の汚染を浄化できる人物といえばシスターだが、現在獄中である。
(何だろう、妙にざわめいた夜だわ)それに妙な気配がする。
どことなく城内が物々しい雰囲気に包まれている。味方側ですら動揺するような事が起こったのだろうか。
事の真相を知る術は持たされていない。
(でも・・・・これは、チャンスかもしれない)
こっそりと、仲間を逃がすチャンスである。
(ぶーちゃんは鉄格子を抜けられないだろうけど・・・・はなげなら)
安易に抜け出せそうである。
「はなげさん、ちょっとこちらへ」通じるのか?と思いながらも声をかけた。
どうやら通じているようだ、はなげはシスターの近くまで寄ってきた。
「貴方は能力を封じられていますね?」
はなげはこくこく、と頷く仕草をした。(この牢のせいなのかしら?)
なにかの術を施しているらしく、要としての力が働かないようになっている。
「ですが、ここを抜け出す事が出来れば力も戻る筈です」シスターは恐らくそうだと踏んでいる。
多分、帝国にとって仇となる力は封じ込められているのだろう。
危険視されている、と言っても良いかもしれない。
「私の力をお貸します――――どうか、他の要と共に創造主の元へ行って下さい」
しかしあなたはどうなさるのです。そんな雰囲気で、はなげはシスターを見上げた。
「大丈夫です。構わずに行って下さい。気になることがいくつかありますし、私はここに残ります」
後は任せました。はなげはぺこり、とお辞儀をした。
「この力で・・・・助けてあげて下さい」シスターの両の手のひらから、光がこぼれた。
その光は、はなげの体を包んだ。あぁこれは、浄化の光だ。
「神のご加護があらんことを」
シスターははなげを鉄格子の隙間に運んでやった。ぶーちゃんもそれを見ている。
はなげは暖かな光をその身に宿し、久々の外界へと飛び出した。
数分後。
「失礼するよ」ノックも無しに牢に入ってきたのはベンバヤシであった。
「何の用ですか・・・・?」
はなげを逃がした事が早くもバレたのだろうか。唐突の訪問に不安になった。
「いや、一寸ぶーちゃんに用事がね」
(何故この状況でぶーちゃんに用事なんでしょう?)もの凄く怪しい。
「そういえば、はなげはどうしたんだい?」ぎくり。
「さぁ・・・・夜なので闇に紛れて見えないだけじゃないでしょうか」
我ながら凄い誤魔化し方である。声に動揺が出ていませんようにとシスターは小さく祈った。
「ふぅん。まぁいいや、ぶーちゃんは借りていくよ」
言うなり、ベンバヤシはぶーちゃんを抱えて出て行ってしまった。
「あ・・・っ!」
城内で何が起こっているか聞こうと思っていたのに。その隙すらも与えて貰えなかった。
(やっぱり、底の知れない男・・・)
そうしてシスターは、暗がりの地下牢で一人になった。