物の真の名を知っているか知らないかで、
その物の力を真に発揮できるかできないかが決まってくる。
だから、我々は名付けるのだよ―――――真名を。

『帝国の四騎士』 カデンツ 
                            




<第15話 閉ざされた記憶の果てに>


「聞きたいことが、あったんだ」グラシィの瞳は、真っ直ぐにベンバヤシを捕らえている。
「・・・・なんだい?」ベンバヤシは中指で眼鏡を上げた。この男の癖である。
「羊羹を作ったのは、お前か?」いつの間に抜いたのだろう。眉間にぴたり、と刃を突きつけられている。
「キミは相変わらず物騒だねぇ。剣を下ろしてくれないか?こっちはほら、丸腰なんだしさぁ」
両手をあげて丸腰であると示したが、グラシィは腕を下ろさない。
「質問に答えろ」
それは静かな、しかし気迫に満ちた問いだった。
ベンバヤシはたまらず肩をすくめ、溜息をついた。
「残念ながら僕じゃないよ・・・・誰が作っているのかは知らない」
「ならば、フレデリカでもないって事?」息つく暇もなく、問われた。
「多分違うと思うね。指示を出したのはヤツかもしれない、だけど作ってるのは別だ」
「そう・・・・・悪かったわ」グラシィはあっさりと剣を下ろした。
「別に構わないけど、返答次第では僕を斬るつもりだったろ?」
「斬るだけじゃなくて殺すつもりだったわ」
これまた、至極あっさりと答える。ベンバヤシは内心かなり引いた。
危機というものはそこら辺にごろごろしているものらしい。
「質問はそれだけかい?実は君に頼みたい事ががあるんだけど」
剣を鞘に納めたグラシィにベンバヤシは話しかけた。
「なんで私がアンタの頼み事なんざ聞いてやらなきゃなんねーのよ」明らかに不機嫌な顔だ。

「例えばそれが、アラスター・ディードに関係する事であっても?」

グラシィの顔から血の気が引いた。頭から爪先まで、ベンバヤシの言葉に貫かれているかのようだ。
「どういう事だ・・・・。」何故だ。なぜ、お前がその名を知っている。
「教えてあげてもいいけど、ひとつ頼まれてくれないかなぁ?君以外に適任が居ないんだ」
ぎりっ、と奥歯を噛み、グラシィは言った。「何だってやってやるわ。だからさっさと話しやがれ」
「聖地の灯が消えた事は、君も知ってるだろう」「それがどうしたっての?」
「どうもね、怪しいんだ。そもそも聖地は聖域の民が護っている土地で、
 灯を護る事が使命の彼等が灯を消す訳がない」
然し、現実に灯は消えているのだ。それは何故か。
「フレデリカ、でしょ?その程度の事は新聞で見たから知ってるわ」
「そう。何故か彼はガイセルドを乗っ取るよりも先に聖地を狙った。そしてその直後、世界に羊羹が現れた」
「要するに、羊羹は聖地で生み出されてる・と?アンタの話回りくどいのよね、さっさと用件言ってくんない?」
「じゃあ、前説は終わりだ。・・・頼み事を言おう」
「早く言えっての」焦らされるのはもう嫌だ。

「聖地の塔に住まう“鍵”を壊してきて欲しい」

「鍵・・・・?」
「そう。全ての悪夢の元凶とでも言うかな、向こう側から落ちてきた哀れな存在だ」
「それを、壊せってのはどういう事?」殺しちまえとでも言うのかこの眼鏡野郎。
「有るべき場所へ戻してやってくれないか。調停者たる君のその力でね」
ふん、とグラシィは鼻をならした。「分かったわよ、行きゃ良いんでしょ行きゃあ」
「済まないねぇ。いや、君が来てくれて良かった。一寸手詰まりだったんだけど、この分なら何とかなりそうだなぁ」
ひとり呟いて眼鏡を外すベンバヤシ。
見上げた空には星が出ている。明日も晴れなのだろう、とぼんやりと思った。
「アンタは昔から・・・読めない奴だったけど、やっぱ今も何考えてるか分かんないわね。
 アンタの真意は何処にあるのかしら」
「愚問だねぇ。真意なんてモノは、探し出せるモノじゃないんだ。
 なぜなら、知らないだけで初めから持っているのだから」
「何言ってんのかさっぱり分かんねーんだけど。」なおも、ベンバヤシは続ける。
「そうして気付かなければ・・・・・ただの言葉と同じさ」
風が吹いていた。四方の門では未だに戦いが続いているのだろう、風に混じって硝煙の匂いがした。
「さて、聞かせて貰おうか。アンタがディードの名を知っている理由を」
 長い夜は未だ明ける気配を見せず、より暗くより深い闇がどこまでも広がっている。

老人はゼイゼイと荒い息をした。後ろからは、また巫女が追ってきている。
(としよりに・・・・何ちゅうことをやらすんじゃ!)
何となく腹が立ってきた。息があがる、体が上手く動かない、その上全身が鉛のように重かった。
(ぬぅ、これが老いというものか?)しかし今は呑気に老いた自分を省みている場合ではない。命の危機だ。
逃げなければならない。
(だが、逃げても逃げても追って来る以上どうしようもないではないかぁ!)
と、老人が心の中で突っ込んだその時。

   『主よ――――』

 声が聞こえた、気がした。

それは、遠くから聞こえているようで・・・・しかしすぐ側で囁かれているような。
「まさか・・・!?」
巫女の攻撃をぎりぎりの所でかわしながら思わず宙を見上げる。迫る殺意が今は気にもならなかった。
『もう、忘れちまったのか?』幻聴などではない、聞こえる。
――――紛れもなく、かつての戦友の声だった。共に戦場を駆け抜けた何よりも近しい存在。
背中に何かが当たった。驚いて後ろを振り返ると巨大な木があった。この土地の神木、と呼ばれる大木である。
「つまらんなぁ、ただ逃げるだけか。オイボレめ」
巫女は狂気に満ちた笑みをたたえている。
突然聞こえた声にすっかり気をとられていた老人は、戦いの最中であることも半ば忘れかけていた。
(まずいっ!)
老人の額から冷や汗が流れ出る。死の気配がひしひしと迫っているのを感じる。思わず腰がくだけた。
「戦って死ぬのと、そのまま嬲り殺されるのと、どっちか選べ」
巫女は老人を見下ろしながら言った。

また、声が聞こえた。
『なぁどうしたんだよ、死にたいのか?危ねぇ時は、オレを呼べって言ったじゃねぇか・・・・』
遠い昔、封じ込まれた記憶。忘れ去った名前。あの頃、側にいた筈のもの。どんな時も希望であったもの。
(もう二度とお主の声は聞けぬ思っていたのじゃが、しかし――――)
『言っただろ、助けてやるって』
だから、呼んでくれ。
どんな障害であろうとも、切り開いてやると誓うから。

老人がゆっくり立ち上がる。
その目からは先ほどまでの迷いや恐れが消えていた。
代わりに、決意のようなものが浮かんでいた。
「ようやくやる気になったか。さぁ、剣を抜きなオイボレ!」
巫女は日本刀を投げてよこした。しかし、老人は受け取らなかった。
巫女が訝しげな表情をする。
「素手で真剣とやろうってのか?」老人が小さく笑った。
「刀は要らんのじゃ、わしにはこれがあるからのぅ」
そう言った老人が手に持っているのは煙管である。
「はんっ!そんなモンで何が出来るってんだ」気でも狂ったか死に損ない。
巫女が全てを言い終わる前に、老人は口を開いた。
「のう、巫女殿よ・・・・お主は羊羹に汚染されているんじゃろ」
「汚染されていようがいまいが関係無い話だ。無駄口叩いて命を延ばそうって魂胆か?」
そうではない。
あれは、おぞましき力。悪意の固まり。最悪にして最強の悪魔。人という種の醜悪さの具現。
「儂は・・・・ワシは、屈さぬぞ!そんなものに!!」
 他者の意識を乗っ取り、ただ闘争本能のみを揺り動かす――――羊羹。
「お主もそうじゃろ?のぉ、七つ星よ!」
力の限り叫ぶ。せめてもこの声が届けば良いと・・・・
だが、叫びは虚しく空へ響いただけだった。
「言いたい事は、それだけかあっ!」
少女は先ほど以上に容赦のカケラもなく老人を斬りつけてきた。
まずい。このままでは。殺されてしまう。
本来ならば同胞である者に。それだけは何としても避けねばならないと老人は思った。
この娘は悪くないのだ。恐らく、自覚が無い。
そんな状態から正気に戻って既にあとの祭りだったらその後どうすればいいのだ。
生きねば。自分も、この娘も。しかるべき事態の為に作られた世界の要として。

覚悟を決めるしかない。間合いを取り、老人は煙管を天に掲げた。
そして、ついに百戦錬磨の戦友の名を呼んだ。

「我に応えよ、“雷電”ッ!!」




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