「ねぇラルゴ、この世には山のように伝説が残っているけど、そのうちのいくつが本当なのかしらね?」
「伝説・・・・ですか?ドラゴンスレイヤーとか吸血鬼とか異形とかは実在するらしいですけどねぇ」
「そうねぇ。グランドトリオも実在したって言うし・・・・・じゃあ、あれはどうかしら」
「何ですかフォルテさん、あれって」
「アレよ。異形を狩る一族―――――破魔一族」
「紫の目なんでしたっけ?そういえば、うちの会社にそんな目の人居た気がしますけどねぇ」
「へぇ。実はその人、破魔一族の末裔だったりしてね」
「身近に伝説が存在するってのは、意外とありますからねぇ」





<第18話 夜の果てに>


いついかなる時も生き残るすべを身につけなければならない。
私達は――――誰かの命を踏み台にして生きる割に臆病だ。
(まぁ、結局は生き残った者勝ちってコトよね)
さすがに一人で異形が召喚される大元に行くというのは無謀だろうか?でも行くしか無いのよねぇ。
作戦を考えていると暗がりから声が聞こえた。
「お久しぶりね、ナハトムジーク。手伝いましょうか?」
現われたのは、女だ。暗闇に同化しているかの如き漆黒の髪を長く伸ばしている。
その紫水晶を思わせるライトパープルの瞳は、全てを見抜いているかのようにこちらを見ている。
「アレグロ・・・なんでこんな所に?」
彼女は調査機関に属している者だ。
本来ならこのような前線に居るべき存在ではない。
「たまたま近くで連絡待ちしてたんだけど、何だか面白そうなことになってるじゃない?」
あまり面白い状況では無いような気がするが。
「ナハトムジーク、陣を消しに行くんでしょ?」
「その通りだけど・・・」
何で分かるんだろう。諜報部の奴はこれだから恐ろしい。
「異形を呼び出すという行為は、いかなる手段をもってもこれを止めなければならない」
アレグロは自分の中の何かに呼び掛けるように呟いた。
「重い業だこと。それのみに固執するが故に、滅びを迎える事になるのに」
何だか話が全く見えない。
「手伝ってくれるのは有り難いけど・・・・・」
でも、なぜ?と続けようとした時に、
周囲の騒ぎを意にも介さず言い争っている二人組が現われた。

「一体何だったんだよアレは!?あんなの詐欺だっ!つーかありえねぇ!!」
「俺にあたるな。何か分からない物が敵だなんて、いつもの事だろう」
「それとこれとは違・・・・おぅ、アルシェ!!」
モデラートが手をあげた。どうやらこちらに気付いたらしい。
「今から行くところだったのか?なら丁度良いな」
微妙に二人がボロボロなのは、既にやりあってきた後だからだろうか。
「へぇ、詐欺まがいなんだ。アンタ等二人で敵わなかったって事は、相当の腕前じゃない?」
「うげっ、アレグロ!?」
正直者のモデラートは予期せぬ人物の登場に驚きを露わにしてしまった。
「こらモデ君、化け物と遭遇した時のようなリアクションをとらない」
その静かな駄目出しが逆に恐いんですけど・・・

「四人居ればどうにかなりそうね。」流れを断ち切るようにアルシェは言った。
「そうね。私も術に専念できるわねぇ」
「じゃ、俺等が時間稼ぎしてる間にアレグロが陣を消すって事でオーケー?」
「いや、手伝って貰わないと。大きな魔法陣だから一人じゃ無理よ」
「私でいいならやるわよ。といっても呪文唱えるだけだけどね・・・・・」
「それで十分よ。もともと言霊ってそういうものだし」
つまるところ、意味や原理は分かっていなくても
言葉そのものに力が備わっていると言うことであろうか。
魔術系には疎いアルシェには良く分からなかった。
「だけど、アレグロが居て良かったな。切り崩すにはかなり手間がいっただろう・・・・この魔法陣」グランが呟いた。
陣を消すには、中心を探して無理矢理閉じる方法と周囲から切り崩す方法の二つがある。
しかし今回の場合、あまりに広大すぎる。城の中心から四方の城門まで延々と陣が敷かれている。
(本当、アレグロが居なきゃやばかったなぁ)
不思議な女だ。
敵に回すと恐ろしいけど味方にいるとこれほど安心できる者はいない。

そんなことを考えているうちに、中心に辿り着いたようだ。
黒い穴のようなものから異形が続々と出てきている。
「うーわっ、気持ち悪いなぁコレ」
「時間の稼ぎようが無い気がする・・・」口ではそう言いつつ、二人の男は武器を構えた。
「頼んだわよ、二人とも」
「まーかせとけって!」いつもの軽口をたたいて、モデは異形の中に突っ込んでいった。
グランもそれに続く。
「それじゃ、始めましょうかねぇ」二人を見つつ、アルシェは言った。
「詠唱の補助、よろしくね」既に呪符を手にしたアレグロが陣の中心へと向かい直した。
『フォリア・・・・異形――――闇の名を冠する者よ、滅びを唄う者よ』
 詠唱が始まった。アレグロの周囲に目には見えない力が集まっている。
「楽園は閉ざされ地表が蓋となる、歓喜の時は潰え宴は終わる」アルシェが続けた。
するとぴたり、と異形の動きが止まった。
(なんでっ!?)
呆気にとられているアルシェをよそに、アレグロは最後の言霊を紡ぐ。
『混沌の中に消え失せろ、哀れなる魂よ』
その声と同時に、びしりと異形にヒビが入った。モデラートが何か叫んでいる。
アレグロの顔をちらりと見ると、何故か笑っていた。
『我は“破魔”―――――汝等異形を狩る者なり!!
閉じよ闇の扉。夜の果てへ帰れ、招かれざる闇の眷属共よ!』

ほとんど叫びに近い声量で言い放ち、呪符で空を裂いた。
すぱぁん!と何かが切れる音が聞こえた気がした。いいや、音など無かったのかもしれない。
刹那、膨大な力が解き放たれた。空間がびりびりと震えている。
なにが起こっているのか、眩しくてほとんど見えなかった。
魔法陣は中心を失い、力場が崩れたため魔力の均衡を保てなくなり、
異形と共に黒い穴に飲み込まれていった。
すべてを吸い尽くした黒い穴は、術者の言葉通りに、閉じた。
(破魔一族・・・・そうか、アレグロは・・・・)
アルシェはあることを思い出した。ナイトウォーカーの職員というのは、本来辞められないものである。
然し、アレグロは数年前に辞めたのだ。
その時アルシェは局長に「なぜ彼女は辞めることが出来たのですか?」と聞いた。
すると「あれは、特別だからだ」と言われた。その時は意味が分からなかったが・・・
(術者だからか。それも、強力な)
そんな恐ろしい者は手元に置きたくない、というのが本音だろうか。
もしかしたら、本人の意志であったのかもしれないが。
確かめる術は無い。それを聞くのは、悪いことのような気がした。

「終わったぁー。長ぇ夜だったなーしかし」
「まったくだ」この二人は相変わらずである。
「・・・・・・・・つかれた」アレグロが、不機嫌そうに呟いた。
なんだかそれが彼女にそぐわない言葉のようで可笑しくて、少しだけ笑ってしまった。
「作戦としては、失敗よねぇ」アルシェは城外に向かいながら溜息をついた。
「まぁでも、魔法陣は消したし良いんじゃねぇーの?」
「また敷かれたら意味無いけどな」
「そういう事言うなよー落ち込むじゃん」
「情報管理事務局局員としては・・・・諸国に応援を要請すべきだと思うわ」歩きながら各々が好き勝手述べている。
「あぁ、こりゃナイトウォーカーだけじゃ手が足りんな」
「センプレの社員総動員しても無理よねぇ」
「何のための作戦だったのか分からないわ、もう」
「いや、でも情報収集にはなったから良いんじゃねーの?」

こうして、夜征く者達の宴は幕を閉じた。
夜の果てに何があるか、彼等は知らない。だが、明けない夜はないのだ。
どんなに危機的な状況に陥っても、現状が無意味に思えても、本当に無駄なことはどこにもない。
(無駄じゃないって、思いたくないだけかもしれないけどね)
もしかしたらこの回り道が、大きな成果を残しているのかもしれない。
夜を征く。夜を守る。穏やかなまま、静かなまま。常にそうであるように。
それが、彼等の理念であった。
本当の夜を取り戻す日まで、戦いと仕事の日々は終わらない。

さて一方で、未だに長い夜から抜け出せない男が居た。
我等が局長、伊達眼鏡のベンバヤシである。
彼はナイトウォーカー達が戦う様をずっと見続けていた。
(そうだよな・・・・破魔一族がいればどうにかなったんだよな)
だがそれは、とうの昔に滅んでいる一族なのである。
異形対策、なんて簡単に練れるものじゃない。どうすればいいんだ。
もうなんか全部投げ出してしまいたいな、と思った。だが自分にはそれが出来ないのだ。
分かっているのに。
(やっぱり、僕は弱いなぁ)唐突にそんな事を思った。
あのガラスのように危うい殺し屋でさえも、いつの間にか強さを身につけていたのと言うに。
自分はこんな所で何をやっているのだろう。そんな気分になってきた。

かるい自己嫌悪に嘖まれて、もう寝ちゃおうかなと思った瞬間。
『起きてるかぃ、級友』いきなり声が聞こえた。通信機からだ。
「なんだいディ・グラード、こんな夜中に」
もう夜中なんて時間はとうに過ぎちゃってるけどね!!
『予想通り、切羽詰まってるようだねぇらしくない。完璧主義者のお前は何処に行ったんだい?』
「そんな学生時代の話を盛り返さないでくれないか」
今自己嫌悪の真っただ中だというのに。
『級友よ、君の仕事を一つ減らしてやろう。異形の件はこっちに任せてくれたまえ』
あいかわらず恩着せがましいなぁこのインテリ眼鏡。
つーか今日はなんだ?眼鏡デーか?世界愛眼の日か?
「異形の件と言っても・・・・君一人でどうにかできる問題じゃないだろ」
『ふっふっふっ、君は僕が何者か忘れているようだねぇ』
えぇ、あんまり覚えていませんとも。学生時代の級友の記憶なんて抹消したい位だもの。
「眠いんだけど。寝ていい?」諦めて明日考えることにしよう。
『まてっ、聞けよ人の話っ!!そうやって一人で何もかも背負い込むのが格好いいとでも思ってんのか!』
違う。
だけど背負わねばならないのだ。
引き金を引いたのが他でもないこの自分だから。
「ごめんよ・・・・・・疲れてるんだ」
そう言って、通信を一方的に切った。

誰かにこの業を背負わせて良い筈がない。
その思いだけが、彼の中にあった。



前へ   戻る   次へ