咎人よ、己が罪を悔いよ。

時は失われ命は還らぬ。
揺らぐ炎の如く全ては変わりゆく。
だが――――― その中でお前は。
絶望と苦悩と後悔にまみれたお前は。

何を見つけるのだろう?

さぁ、哀れなる迷い子達よ。
選んだ答えを見せてみろ。

“悪意の魔女”
クリヴィス・ア・カートル・シュール・インカンテーション




<第19話 暴かれた疵痕 −前編−>



いつの間に眠ってしまったのだろう。
気付けば時計の針はもう、昼前を指していた。
あぁ、眠りすぎたな。まだ疲れが残る体を無理矢理起こしてベンバヤシは立ち上がった。
顔を洗い、部屋を出て廊下を歩きながら、頭がずきずき痛むのを感じた。
おかしい。心なしか視界が揺らいでいる気がする。
思わず壁に手をついた。呼吸を整えて、再び歩き出そうとした。
だが、足が動かなかった。薄れゆく意識の中で、世界が反転した気がした。
彼はその場に倒れた。

「はぁ?朝から冗談言ってんのかトール、あんま面白くねぇぞそれ」
「ちがうよ、本当なんだってば!」
局長が倒れた、という知らせはすぐに研究棟に住む兵士達に広がった。
「イディリオさんが第一発見者らしいけど・・・大丈夫かなぁ」
心配している所悪いが、第一発見者って推理物みたいな言い方だなぁ。
今日も屋上で暇を潰しながら、プレツェンは少々ずれた事を思った。
「でも、局長の事だから大丈夫なんじゃねーか?根拠ないけど」
あの局長は何となく、殺しても死ななさそうだ。
なんせ、世界を支える十三の要のうちの一つなのだから。

あれはいつの事だろうか。
祖父が生きていた頃だから結構昔の事だ。
「おや、また失敗をしたのかぃ」
「うーん、材料の配合を間違えちゃったみたいだ。悔しいなぁ」
「結果を恐れずに挑んだんじゃ、えぇじゃないか・・・
 成功する事よりも、本当はそのことが一番大事なんじゃよ」
だから、結果を恐れてはいけない―――――そして・・・・

意識の覚醒。四肢が感覚を取り戻していく。
(あれ・・・・?)
なぜ自分は眠っていたのだろう。
そしてあの夢は何だったんだ。あの続きこそが重要な単語だった筈なのに。
彼は思い出せなかった。
そうして、諦めるかのようにゆっくりと目を開けた。見慣れた天井が見える・・・・
「・・・・・・・どうして君が、こんな所に居るんだぃ?」
彼が横たわっていたのは自室のベットの上だ。
傍らには何故か、牢屋に閉じこめていたはずのシスターが、平然と椅子に腰掛けていた。
「まず起き抜けにそれですか?余程私がお気に召さないようですわね」
そう言って溜息をつく。
「私だって、そちらの黄色さんに呼ばれなければ好き好んでこんな場所に来ません」
ベンバヤシの部屋は酷い有様だった。
何年掃除されて無いのか分からない位埃っぽくて、本や書類が辺り一面に散乱していて、
怪しげな実験器具とおぼしき物が無造作に置かれていた。部屋の主の為だけに存在する空間、といった感じだ。
まるで他の者の侵入を拒もうとしているかのような。
「まぁ、そう言うなや嬢ちゃん。昔から住めば都や言うやんか」
チュンチュンはいつの間にかベットの側まで来ていた。
「論点が一寸ずれてる気がするなぁ」「深いこと気にすんなやー」意外と言うか何というか、
この二人・・・もとい一人と一匹は仲良しである。
(だからチュンチュンは牢に入ってなかったのかしら)シスターは小首を傾げた。
今から数時間前。
シスターの入れられていた牢屋に訪問者が訪れた。それが、黄色ことチュンチュンである。
能力は知らないが、創造主の側近であったような気がする。
だからかどうか知らないが―――何だか特別な位置に居ると思うのである。
そのチュンチュンは、開口一声こう言った。
「嬢ちゃん、嬢ちゃんの持つその力でアイツを助けたってくれへんか!?」
よほど焦っていたのか、それが誰だかも告げずに彼は錠を開けて戸惑っているシスターを連れ出した。
連れてこられた先が、このベンバヤシの部屋という訳だ。

「もう大丈夫なようですから、帰らせていただいても?」
正直、こんな怪しい部屋には居たくないと思うシスターであった。
「固いこと言うなや、茶でも飲みながら話でもしようやー」
どこからか、人数分のティーセットが出てきた。侮りがたし、チュンチュン。
とはいえ、会話が弾まないのは当然と言えば当然であった。
気まずい沈黙が流れていた。
(これは、わぃのせいなんか・・・・?)
ちょっぴり反省するチュンチュンを知ってかすらずか、シスターが口を開いた。
「一つ、お聞きしても良いですか」
「なんだい」
「ずっと分からなかったんです。私はドレンテで感染した人を何人も見てきましたが・・・・
 羊羹というのは、一体どこから来たんですか?」
「んー、羊羹か。ほんまは東国の銘菓やのになぁ〜」チュンチュンがポツリと洩らした。
しかし二人の耳には届かなかった。

「君は・・・・羊羹というものがどういうものか、分かるかい?」
ぴたり、と視線を据えられて問われ、シスターは困惑した。
いったいどんな答えを求めているのだろう。釈然としない気持ちで、答えた。
「人に感染して発狂させ、死に至らせる謎物質・・・・程度にしか捉えていませんけど」
 他に捉えようが無いと言うか。
「そうだな、八割正解といった所か」
そう言ってベンバヤシは一口紅茶を飲んだ。
「何が言いたいのですか?」
いちいち回りくどい。勿体振らずに本題に入ればいいのに。
「あれは本当はね、人間の内に潜む悪意を解放するための『きっかけ』みたいなものなんだ」
「羊羹は人に『感染』する」
これは羊羹に関して今分かっている数少ない事実である。
「いや、『つけこむ』と言うべきか?人が人であるが故の弱さや、迷いや、悩みや、過去に」
ベンバヤシは淡々と、言葉を紡ぐ。
人を狂わせ、密かなる悪意を引き摺り出し、肉体を支配する。
「そう――――誰もが心に弱さを持つが故に」
冷ややかな感情が、シスターの胸の中に落ちてきた。不吉な予感。これは何だ?
この男は知りすぎている。
奇妙だ。
全て分かっているとでも言いそうなこの口ぶりは、どういう事だ。
「もしかして・・・・あなたは・・・?」
青ざめた表情で自分を見る金髪の少女を見ながら彼は言った。
「調べたんだ。羊羹については何もかも。分かる範囲でね・・・・」
しみじみと言って、深い溜息をついた。
「あれを生み出しているプログラムの――――」

「基盤を組んだのは、僕だ」

なぜだろう。そう言ったときのベンバヤシは、
声を荒げている訳でも無いのに。
むしろ平坦に事実を告げた、という感じなのに。
表情に変化があった訳でも無いのに。
まして、涙など流していないのに。

泣いているように、見えた。



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