「キミが、ボクを呼んだのかい?」雹は、暗闇に問いかけた。
「誰・・・・・?」暗闇から、女の声が聞こえた。
「ボクには名前が無いんだ。でも侮蔑を込めて白とか雹とか言われてるね」所詮自分はイロナシなのだ。
「貴方も、除け者にされているの・・・・?」その声は、同意を求めているように揺れていた。
「そうだね―――――ずっと、閉じこめられていたんだ。キミがボクを呼び起こすまで」
「酷い話ね。そう・・・私が貴方を呼び起こしたの・・・」まるで身に覚えがない。
「キミにそのつもりが無かったとしても、ボクはキミに助けられたんだ」
「私が、たすけた・・・・」「キミの名前は?」
しばらく間が開いた。それが何なのか忘れてしまったような、奇妙な間だった。
思い出したように、女は呟いた。

「アオリ・・・・」

てるてる編〜語られざる物語〜より抜粋

                                




<第19話 暴かれた疵痕 −後編−>



なぜだろう。
話すつもりなど毛頭無かったのに。
この事は一人で背負おう、と心に決めた筈だった。
自分の責任なのだから。
そう、気付く事が出来なかった自分の・・・・

重々しい空気の中、シスターは口を開いた。
「どういう、事ですか?」プログラムの基盤というのはつまり――――
「羊羹を生み出す大元を、貴方が作ったと言うのですか?」
お願いだから否定して欲しかった。
聞き間違いであって欲しかった。だが、彼の口から出た言葉は。
「そうだ。全ての元凶は僕が作り出してしまった」
逡巡、部屋に乾いた音が響き渡った。
「あなたは、要でありながら創造主に反したと言うのですかっ!?」
力一杯頬を張られ、ずれた眼鏡をベンバヤシは直した。
「違う。そうじゃないんだ・・・・」
チュンチュンが心配そうに、そんな二人を見上げている。
「元は、全く逆の目的を持つプログラムだったんだ」

それは世界が平和だった頃の話。
十三の要の中で「知恵者」に位置する彼は、
時折この世界に“向こう側”から舞い降りてくるバグがある事を察知していた。
だから、自動的にそれを無に返すような仕組みを作れたら、と考えていた。
簡単に言えば、ウイルスを見つける度にそれに反応して消し去るプログラムを作ろうと思っていた。
もしそれが出来れば、随分と楽になる。
「世界に安定をもたらす」という十三の要の仕事が減るのである。
楽を求めすぎたのか?いいや、そんなつもりはなかった。
プログラムを悪用する存在がいるなど、彼は夢にも思わなかった。
ましてそれがこんな悪夢を生み出すなどと。

暫く月日が経ち、プログラムは完成した。
「おや、珍しい奴が来てるな・・・」
研究塔の窓から、影の姿が見えた。普段は世界中を放蕩している男だ。
「聞いてくれ、ようやく完成したんだ!
 自動的に延々とバグを捉えてくれるプログラムだから僕等の仕事もかなり減る」
やはり完成したのが嬉しかったのだろう。ベンバヤシは早口にまくしたてた。
「・・・見せてくれないか」
それは、意外な言葉だった。
いつもなら「あー、そりゃ良かったな」ぐらいで感動の薄い男なのだが・・・
こういう反応を示すとは、予想外である。
彼は気付かなかった。この一瞬だけ感じた違和感を見逃してしまった。
既に「中の人」が変わっている、という事に気付かないまま、完成したものを渡してしまった。
たぶん影にはどういう物なのか、分かるわけが無いと思っていた。
然し。
「なるほど・・・これなら世界を滅ぼすのは容易い・・・・・・!!」
思いがけない言葉に、ベンバヤシは瞠目した。
「・・・何を言ってるんだ?」プログラム、と自分は言った。
影がその知識を持っている筈がないのに。
「フフフ、僕はこの世界を終わりに導く者さ――――」
そう言って影は・・・・いや、
「荒らし大王フレデリカ」は悪意に満ちた笑みを浮かべた。
それはいつもの・・・影がする、世界に対する失望に満ちた、全てを諦めた自虐的なそれとは全く異なっていた。
世界滅亡への、引き金を引かせてしまったのは他ならぬ自分なのだ。 いまこの時から。
彼は、プログラムを奪い、立ち去った影のいた場所に呆然と立ちつくした。
何が起きているのか、分からなかった。
これはつまり、とんでもない物がこちらへ流れてきてしまったという事。
悔やんでも遅い事だが、彼はきっかけを作り出してしまった事を後悔した。
フレデリカはプログラムを書き換える術を持っていた。
そしてプログラムを“悪用”した・・・・・
媒介の意志で自動的に増殖し続ける。この世界中の全てを滅ぼし尽くすまで。

そして世界に羊羹が現れ、人が狂い、人が死に、更にその罪の意識は深まってゆく。

「好奇心が猫を殺す、という言葉があるだろう・・・・
 何を言っても今更だけど、どうして作ってしまったのか」
しばらく、言葉が出なかった。
何を言って良いのかも分からなかった。
こんな思いをずっと一人で抱えてきたのか?この人は。
あまりに衝撃的な自白に、シスターは唖然とするより他無かった。
「君は忠実なる神のしもべなんだろう」懇願するような眼差しでベンバヤシはシスターを見つめた。
「いっそ君がその細い両手で僕を殺して魂を救ってくれないかなぁ、お嬢さん」
誰でもいい。
裁いてくれ、この僕を。そうされたって文句など言わないから。

「・・・ふざけないで下さい・・・・・・」
怒気のこもった声で、シスターは小さく呟いた。
「あなたは、自分一人で背負い込みすぎです!!何の為に・・・要が十三も居るんですか!?」
それは、責任を分かつためではないのか。
「何でこんな重要な話、今までずっと隠してたんですか!
 人を拉致して何日も牢に閉じこめておいて!!」
あぁ何だか無性に腹が立つ。
「それは・・・その、君の能力がフレデリカに知られたら不味いと思って・・・」
言いながら、ベンバヤシは驚いた。シスターは泣いていた。
「・・・どうして君が泣くんだい」
「知りませんよそんなの!!」こっちが聞きたいぐらいだ。
自分でも分からなかった。だが、涙は勝手にぼろぼろ両眼から溢れてきた。
「いいですか、貴方の行いを・・・例え神が許さなくても、創造主が許さなくても、世界中の誰もが許さなくても、
 ―――――私が許します」
急に、目の前に光が見えた気がした。
「だけど僕は、全ての元凶を作ってしまったんだぞ!?」
 許されて良いはずが無い、そんな資格はどこにも無い。
「弱音は聞きません!言い訳も認めません。
 命を投げ打つ暇があったら、打開策の一つも練ったらどうですか!?
 あなたが、大勢の人の未来を奪ったなら、それより多くのの人の未来を救いなさい!!」
使命というものが自分にあるならば、正しく今この眼前の少女が言った言葉なのだろう。
そして頭の奥で
懐かしい声が聞こえた。

(だから――――結果を恐れてはいけない。そして・・・・・・)

例えそれがどんなに恐ろしい結果だったとしても、教訓としてきちんと受け止め、次へ生かすべきじゃ。
一番駄目なのは・・・・途中で投げ出したり責任を放棄してしまう事じゃ。
そのことを、いつでも覚えておいで。
なにかを作り出した者はな、どんな結果が見えていても・・・・落とし前をつけねばならんのだよ。
よぅく考えるんだ。
危機に陥った時こそ冷静にならなければ。
いかなる状況においても、解決策を見いださねばならないよ。

夢の続きを思い出した。
「じゃあ、今この場で誓って下さい。この先何があっても決して諦めない、と」
「・・・・・・・誓うよ」
言葉を発すると同時に、光が爆ぜた。
「その耳環、事が解決するまで外れませんから」
「えっ?」
もしかして今のは“誓いの証”みたいなものですか?
誓いの証、とは契約書の役割を果たす術の一つである。
書類を書く代わりに、何か契約を交わした証が付けられる。
アクセサリであったり、入れ墨であったりするが術の執行者の意図によってその形は多岐に渡る。
右耳に触れてみると、確かに金属の感触があった。
誓いを実行しないと外れない・・・・・という中々恐ろしい代物だ。
「それでは、ごきげんよう」
泣いて怒鳴って誓わせて、そして颯爽とシスターは部屋を出て行った。
後ろからチュンチュンもついていく。ベンバヤシは部屋で暫く呆然としていた。

(あなたは、自分一人で背負い込みすぎです!!)
(そうやって一人で何もかも背負い込むのが格好いいとでも思ってんのか!)
なぜだか、同じ事を言われている気がする。
自分の手に負えないときは、誰かを頼っても許される・・・そんな当たり前の事も出来ないくらい、
自分が追い詰められていた事を彼は知った。
「そうだな、頼ったって良いんだ・・・・・・」
呟いて彼は、通信機に手を伸ばした。
相手はもちろん、学生時代の級友だ。
「なぁディ・グラート、異形の件はそっちに任せても良いんだな?」
『任せてくれる気になったか?あぁ、既に動いてるよ、色々とね。だから気にしなくて良い』
「じゃ、頼んだ」
『了解。そっちの健闘を祈るよ』

何かが明確に変化した訳ではない。
まだ事態は悪化の一途を辿っている。これから悪くなる可能性の方が高い。だけど。
諦めるわけにはいかない。
もう既に、諦めという選択肢は消え失せてしまったのだから。
前に進まなければ。あぁ畜生、やってやるよ。

すべては動き出した。
各々の、しかし一つの方向に向かって。
ひとは揺らぎながら、それでも何かを見つけるのだろう。
見つけていくのだろう。



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