<第20話 交錯する意志>
さて、あれから数日が過ぎた。
東国各地にある五芒星の屯所、その中でもひときわ広大で国の中心部に位置する
羽山(はざん)と呼ばれる屯所があった。
あの一件以降、はなげと老人はここで過ごしてきたのだ。
五芒星という地位の者達は総じて働き者が多かった。年寄りも若者もよく働く。
そうして五芒星達は忙しいさ中でも二人の要に対しての心配りを忘れなかった。立派である。
「巫女殿は、まだ目を覚まさぬのかのぅ・・・・」
石庭に面した縁側で、老人は呟いた。手には親切な五芒星が茶を煎れてくれた湯飲みを持って。
(やはり羊羹の汚染から完全回復するにはかなりの時間がかかるのでしょうか?)
はなげが言った。しかしそれは誰にも分からぬ事だ。
癒し手であるシスターならば何か分かったかもしれないが、彼女とて要の汚染を治した事は無い。
『ま・待つしか無ぇんじゃねーか?あの娘の力を信じて』
老人の武器に宿る雷の精霊、雷電も口を挟んだ。今は槍の姿ではなく煙管に戻っている。
それにしても、巫女と老人が戦っていたほぼ同じ頃、
フレデリカのいるペザンテ城が襲撃されていたとは驚きである。
体力を取り戻して、暫くしてからその話を聞いた老人は、
襲撃のどさくさに紛れてはなげがこちらへ来たのだと納得した。
もしも何かひとつでも上手く作用しなければ、自分は死んでいたかもしれない。そう思うと、少しぞっとした。
「運命というのは大きな流れの事じゃ・・・わしらが何処へ向かうにせよ・・・・」
先が暗かろうと、恐ろしかろうと。
(ここで引き下がるわけにはいきませんね。世界を支える楔―――――“13の要”の名にかけて)
遠くで薄暮を知らせる鐘が聞こえる。
いずれ、時が満ちれば老人と巫女とはなげは、彼の地へと向かわなければなるまい。
戦場へ。今もなお、戦っている仲間達の元へ。
ガイセルドから逃げ出そうとする難民に紛れ、数日間の船旅を経て、
グラシィはラグタイム港へ降り立った。
難民の子ども達に気に入られていたぶーちゃんを連れ戻すのに無駄な労力を使う事になるとは思ってもみなかった。
(まったく・・・先が思いやられるぜ)溜息一つ。
(それにしても、これだけの難民を受け入れるたぁ懐のでかい国だわ)
聡明なるアプゼッツェン連合王国代表、イェーダーツァイト・ライネ・シュティンムンクは
難民の受け入れを承諾していた。
このラグタイム港とガイセルドにあるリメンブランツァ港との間を行き来する定期船を走らせている。
何しろ気候は穏やか、土地もあり余っているのである。
問題と言えば、食料や衣類のことがあるが
そこは他の連盟国の援助もあり、今のところどうにかなっている様だ。
随分と賑やかな港だった。
というのも、難民受け入れを決めた事によって国の者達が俄に活気づいたからである。
お人好しの民族なのかもしれない。
ぼんやりとそんなことを考えていると、雲行きが怪しくなってきた。
聖地の方角に黒い雲が見える。何か不吉な感じを覚えた。
ばさばさと、潮風にのってどこからか飛んできた新聞がぶーちゃんの顔を直撃していた。
「手間のかかる奴だねぇ・・・・」
呟きながら腰をかがめ、新聞を取ってやる。
でかでかと一面にペザンテ城襲撃事件についての記事が載っていたが、
真面目に読んでやろうという気すら起こらない。
(馬鹿馬鹿しいというか、虚しいよな)
どれだけ詳細が語られていようが、現場で目で見てきたものには敵わないものだ。
腕を組み、暫く考えにふけっていたグラシィだが唐突に自分かこの港に来た目的を思い出した。
わざわざ彼女がこの港まで足を運んだのは、聖地行きの船がこの港から出ているからである。
他のどこの港からも――――そう、聖地に最も近いソアーヴェからでも聖地行きの船は出ていない。
それはなぜかと問われれば、
海が荒れ空が荒れ、おまけに海に潜む異形まで出てきているという有様で
帆船など出せる状態では無いのだ。
しかし、ラグタイム港だけは例外である。
かつてここの領主であった者が環境に左右されることのない船を造ったそうだ。
如何なる災いもその船は退ける。それこそ、古の誓約が今も活きることの証なのだ。
(まぁ・・・・この状況においては願ってもない事かねぇ)
聖地に渡れるというだけでも有り難い話だ。
なにをするでもなく出航の時間を待ちながらぼんやりしていると、
グラシィは港を行き交う人々の中に、顔見知りを発見した。
猫耳。
気高い心と真っ直ぐな瞳を持って光の道を歩み続ける、自分とは何もかもが正反対でどうにも苦手な要。
アイコン狩りを避けてか長いマントを被っているが、あれは紛れもなく猫耳だった。
己が拳に全てを賭ける格闘家。
何事にもゆるがない情熱が全身から滲み出ているかのよう。
と、ネコミミの傍らに白い海獣を抱いた小さな少女がいることに気が付いた。
(――――――――創造主か!)
目にしたことなど一度もないが何かがそれを感じさせた。
もう覚えているはずのない魂の記憶、とでも言うのだろうか・・・・・
世界を創りし者。唯一無二の証を持つ、十三の要を統べる者。
ちゆとネコミミは突如として現れるガイセルド兵や羊羹と戦いつつ、
どうにかラグタイム港へ辿り着いた。
難民を乗せるために帝国へ行く船に乗って帝国に行く事にしたのだ。
それなりに賑やかな港を歩きながら、ちゆが物珍しげに辺りを見渡していると
隣にいたネコミミが声を発した。
「あれは・・・・・」何かに驚いた様子だ。
「どうしました?」ちゆが問いかけた。
返事もせずにネコミミはすたすたと、黒のバンダナに紺のマントの眼鏡の女の元に歩いていった。
顔見知りなのだろうか。
「こんな日の高い時間に外に居るだなんて、珍しいじゃないかグラシィ」
「聖地行きの船は、昼にしか出ないのよ。残念ながら」
「何の用でこんな時に聖地へ・・・?」
それを聞かれるとグラシィも困るのだ。
何しろ自分も詳細は聞かされていないのだから。
「アタシにはアタシの戦いがある。アンタのそれとはまた違った、ね」
含みのある言い方でお茶を濁しつつ、手にしていた新聞を渡した。
傍らで呆気にとられていたちゆに、眼鏡の女は足下を指差して、こう言った。
「こいつも一応、要だから何かの役に立つ・・・はず。預けるわ」
何ともぶっきらぼうな物言いだった。
「・・・・・健闘を祈ります」睨むような目でこちらを一瞥した後、踵を返し女は立ち去ろうとした。
「待ちな、グラシィ」思わぬ人物から声をかけられた。
「なに?」
用事は終わった。この場からさっさと立ち去りたいんですけどと言わんばかりの声音で返事をした。
「頑張りなさいよ、アンタも。どーせ私にゃアンタの戦いは理解できないだろうけど」
おもいがけない激励に、一瞬固まってしまった。が、直ぐに気を取り直し、
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」破顔一笑。
「創造主の足を引っ張るんじゃないよ!」
それだけ言って、照れ隠しのためか早歩きで去っていった。
いつの間にかその姿は、人混みに紛れてしまい見えなくなった。
「今の方は・・・・ネコミミのお友達なのですか?」
疑問の色を顔に浮かべながら、ちゆ。
「うんにゃ、友達なんかよりもっと悪質な“決して分かり合えない仲”だね」
口ではそう言っているのにネコミミは何故か、ニヤリと笑った。
正反対であるからこそ、羨ましく、妬ましく、焦がれてしまう時もある。
「さーて、ぶーちゃんも仲間に加わった事だし。行きましょうか、ガイセルド帝国へ!」
吹っ切れたように、ネコミミが言った。
「ええ、行きましょう」覚悟を込めて、ちゆも言った。
こうして物語はガイセルドへ。
諸悪の根源が存在する国へと舞台を移す。
はじまりと終わりの混在する地へ。
全ては、ようやく一点へと集約しようとしている。