それが発見されたのは、
世界のあちこちで戦いが起きていた、後の世に言う“黒の時代”
砂の中に埋もれていたそれには、
誰も目にしたことのない不思議な文字が書かれていた。
だれかが投げると、落ちた場所では爆発が起こり、強烈な光と力を放った。
不思議な事に、一度投げると表面の文字は消えてしまう。
しかし暫く時間をおくと、また文字が浮かび上がる。
禍々しい、赤い色。
文字が浮かぶとまた使えるようになる。
いったいこれは何だろう。敵に奪われない限りは何度でも使える。
何か分からないけど、便利だから利用してしまおう。壊すための道具だろうか?
・・・その正体は分からないが、それは幾度と無く戦場で用いられた。
自己修復する謎の爆弾。
あちこちの戦場を転々とした意志を持たない道具。
歴代の学者達にも大気に満ちる気の力を利用している、という事しか分からなかった。
ゆえにそれは、こう呼ばれた。
“完全兵器”と。
場所は東国、羽山。もうすぐ逢魔が時という中途半端な時間帯。
「お待たせしてすみませんでした」旅支度を済ませた巫女は、庭先で深々と頭を下げた。
「全快されたようで何よりじゃ」老人は笑顔だった。肩にははなげが乗っている。
「・・・しかし、本当に七星剣を持ち出して大丈夫なのかの?」
「世界の危機を救うためなら仕方無いという事だと思います」
決断を下した当主の心意気は素晴らしい。
「それじゃあ、なるべく早く帰って来れるよう・・・・頑張らねばなぁ」
心からしみじみと、老人は言った。
「ええ、頑張りましょう」巫女も答えた。
(それではお二人とも、参りましょうか・・・)
宙に浮いたはなげが二人に呼びかけた。
「うむ、行こう」
「行きましょう。主の元へ―――」
歪みを正すために。与えられた力を役立てるために。始まりと終わりの地、ガイセルドへ。
「さて、これが何か分かる人はいるかな?」
ベンバヤシが机の上に置いた物体は、何だかよく分からないものだった。
「・・・・でっかい雀牌?」黄色が首を傾げながら呟く。
「前衛的なオブジェに見えないこともないですが」
雀牌の他に適切な例えようが無い。
「いえやっぱり・・・・麻雀の牌にしか見えませんわ」
ただ、文字が血のような赤で書かれていた。
「うん。皆良い反応だ。確かにこれは巨大な牌にしか見えない・・・」
ぽんぽん、と物体を叩きながらベンバヤシ。
「正解は何や?」
巨大な牌で無ければなんだと言うのだ。
「これはねぇ、大昔“完全兵器”と恐れられた代物だよ」
外見に反して随分と物騒なものである。
「何故それがここに・・・・」
「あぁ、これはフレデリカに使われたら危ないと思って、僕がずっと研究塔に隠してたんだ」
アイコン狩りが始まるより先に、こっそりと探し当てた。黄色の力を使って。
「絶対兵器って黒の時代に活躍したアレですよね?それとさっき見つけた白紙の本と、どんな関係があるんですか?」
「おぉ、実に良い質問だねフォルト君。今僕はちょっと感動している」
そう言いながら、本を開く
部下にはそれはやはり白紙の本にしか見えない。
「これは彼を調整するためのものなんだよ」
「彼ってこの絶対兵器のことですか?」
「性別があるのかどうかは知らないけどね・・・・」
「・・・絶対兵器は・・・十三の要だったんですか」
「せや。今は歪められとるけどこいつも要や」
歪める?それはいったいどうして。なんのために、誰が。
本をめくっていたベンバヤシは呟いた。
「要に手を出す不埒物が世の中に居るなんてね。まったく恐ろしい話だ・・・」
フォルトは何だか良く分からないが要も大変なんだなぁ、と思った。
「気の流れを司る、力の象徴にして“調律者”の名を冠す者、
我は“知恵者”個体認識番号ku00011―――認証を願う」
ベンバヤシが絶対兵器に向かって言葉を紡いでいるのを、一同は固唾を呑んで見守っていた。
(個体認識番号ってなんですの?)
(わぃにも分からん。知恵者は必要最低限の事しか語らんしなー)
シスターと黄色が声をひそめて話をしていると、机上の絶対兵器から音がする。
正確には、その内側から?
カタカタ・・・ちきっ、チキチキ・・・
(起動音?)
なんとなく、不自然な音で恐い。
「・・・・・コード認証・・・・黙秘モード解除・・・システム正常化マデ160秒・・・」
(おぉ、なんか知らんが凄い!)フォルトは密かに感動した。
「喋れたんやなぁ」黄色も感心している。
「表面の字の色が緑に変わった。システムオールグリーンって事かな」
彼は自ら動くことは出来ない。
動けないからこそ、世界に満ちる膨大な気の流れを管理することができていた。
たえず繰り返される計算とデータの集積と分析。それから実行の日々。
感情もなく意志もない彼には、ただ義務だけがあった。
その場所は、だれも知らない筈だった。
他の要すら知らない。あらゆる世界と断絶された夢の狭間。
全てを把握すると同時に、わずかばかりの干渉を可能にする。
どんな力を得ても、そこには辿り着けない。
彼を創り出した者は、気付かなかったのだろう。
その考え方そのものが思い上がりだということに。
いつのことだったか、もう思い出せないが・・・・それは、来た。
万難を退け、世界に干渉するために。
調律者は戦う術を持たない。逃げる術も持たない。
だから、設定を書き換えられた後、世界に突き落とされた。
言葉は奪われ、力は悪用された。欲深き者達の道具と成り果て幾年もの時が過ぎ―――
「・・・・ハジメマシテ、知恵者、探索者、守護者・・・ワタクシハ調律者・・・・發トモウシマス」
ようやく発言を許された發は、律儀に名乗った。
「目覚めたばかりで聞くのはあれなんだけど、君は今までの記憶とかは残ってるのかい?」
「イイエ、ワタクシハ干渉サレテカラ現在マデノ記憶ヲ全テ失ッテオリマス」
(發にとっては良かったのかしら?)
当事者が覚えていなくとも、要の力が戦場で悪用されていた事実は変わらない。
「・・・なるほどね。もう一つ聞きたいんだが、君は現在の気の流れをどう思う」
ひっきりなしに音がしている。ちきちき、カタカタカタカタ。
データの回収と分析を一気に行っているのだろうか。
「歪ンデイマス。原因ハ、外部カラノ侵入者デスカ?」
「せや。フレデリカっつう馬鹿みたいな名前の奴に引っ掻き回されとる」
「きみの力が必要になる時が近付いているんだけど、力を貸して貰えるかな?」
發は言った。
「了解シマシタ・・・・ワタクシガ協力出来ル事ナラ、何デモ引キ受ケマス」
「それじゃあ早速お願いしたい事があるんだけど、いいかな」
「カマイマセン」發の返事は早かった。
逆転のチャンスを掴んだような瞳で發を見て、きらーんとベンバヤシの眼鏡が光った。
もちろんそれに気付いたのは、シスターと黄色だけだった。
(・・・何を企んでいるのやら)
聖域の塔、本来ならば世界中のどこよりも神聖にして不可侵な場所にそれは居る。
フレデリカの片棒を担いで、羊羹を作り出している少女。
名をアオリと言う。
腰まである髪は青。異世界で制服と呼ばれるものを着ている。首には何故か、首輪。
ぼんやりと窓の外を眺めていたが、ふいに目つきを険しくし、親指の爪を噛んだ。
(何かが・・・近付いてきているわ)
それが何かは分からない。だけど確かに、近付いてきている。
強力な力を持つ者が、悪夢を終りに導くために。自分をここから追い出すために。
がちがち、と震えが来た。もう刻限は迫っている。
逃げることは出来ない。この世界と自分とを繋ぐ糸が断絶されるその時が近付いてきている。
(こんな、中途半端な所で・・・終わってたまるものですか)
少女は震えそうになる拳をぎゅっと握りしめ、窓の外―――海を睨んだ。
たたかってやる。たとえ何が来ようと、この場所を死守してみせる。
向こうが滅びないならせめて、別の世界でも良いから終わりにしてみたい。
その望みだけが、この少女を支えていた。
刻限は迫っている。
だれも流れ落ちる時間を止めることができないのだから。
(だけどそれが何だと言うの。負けられない・・・こんな所で負けないわ、私は・・・・)
少女は必死に焦りを押さえようとした。
そうしなければ、この場から逃げ出してしまいそうだった。
ここまで来てみるがいいさ。
今の私は、一人では無いのだから。