さて、今の君には世界というものがどんな風に見えているかな?
美しく見えているに越したことは無いが、恐ろしく見える時だってあるだろう。
その時々によって見え方が変わるのは一体どうしてか、考えた事があるかい。
難しいことじゃないんだ。
なぜなら世界は、君の心を映す鏡なのだから。
世界の見え方が変わるのは、
君の心が絶えず揺れ動いているからだ。
それは世界に隠された、数少ない真実の一欠片。
信じても信じなくても構わない。
だけど信じたいのなら、大切にした方が良い。
“戯言師”
アストガル伯シェフト・アイン・ティオ・レザン卿
研究塔の書庫で、ベンバヤシはようやく目的の本を探し出した。
「あぁ・・・やっと見つけた。これだ」ぱらぱらとめくる。
「白紙じゃないんですか、その本?」
シスターが(頭大丈夫かしらこの人)と思いつつ尋ねると
「ふっふっふっ、これは知恵者にしか読めないように出来てるんだ。凄いだろう」
きらーん、と眼鏡が光った。
「凄いというか・・・何だか性格が悪い本ですね」
本探しに駆り出されていたフォルトはびしりと言った。
「なにっ、今フォルト君“知恵者は代々性格が悪いのか”とか納得したな?」
「あら、違うんですの?」
「ちがうんですか?」
「ちゃうんか?」
流れるような同意に、書庫に気まずい沈黙が流れた。
「・・・・そんな、3人揃って僕の人間性を否定しなくたって良いじゃないか!」
「だって性格悪いですよねぇ?」
「おぉ、たこ焼きの約束も守らんしなぁー」要の2人は意気投合している。
「何というか、やり方がえげつないですわ」
「あぁ、それは確かに言えてますよね〜」
さりげなく部下にも酷いことを言われている。
「・・・なんとでも言うがいいさ」
「色々あったせいで立ち直りがはよなったなー」感心感心、とチュンチュンは思った。
「結局その本は何なんですか?」
「これはね、あるものを取り扱い方を書いてある本なのさ」
あるものってなに。フォルトは突っ込みたくて仕方がなかったが、部下として一応、耐えた。
「十三の要か・・・」ネコミミは、船上で考えていた。
かつて彼女は、旅先で出会った学者にこう言われた事がある。
『恐らく、この世界が“不変”であることの象徴なんだと思う』
どんなに時間が流れて、住む者の暮らしや文化が変わっていっても・・・
世界というものが本質は変わらずそこに有り続けるように。
要というものもまた存在し続ける。それは、変わりゆく世界で変わらない何か。
「ちゆの力は十三元素に当てはめると何になるんだい?」ネコミミはふいに問いかけた。
言霊というのは異質な力だ。問われてちゆは小首を傾げる。
「じゅうさんげんそ?なんですかそれ」
思いがけない返答に一瞬目が点になった。
「何・・・ってこの世界を成り立たせている13の力の事だよ!アンタが創り出したんじゃないのかい!?」
「そ、そうなんですか・・・・?」どうして自分は知らないんだろう。
冷静に考えたら何かがおかしい。この世界に来たときからそうだ。自分は無知過ぎる。
「なんでしょう、言葉に聞き覚えがあるような気はするんですけど・・・
記憶にフィルターがかかっているというか・・・」
要するに、思い出せない。なぜかは分からない。確かにそれを創り出したのは自分である筈なのに。
(どういう事だ?)
ちゆ本人以上に戸惑ったのはネコミミだった。
彼女が想像していた創造主というのは、文字通りの全知全能
―――“全てを知る、不可能な事が無い存在”であった。
この世界の事で知らない事など何一つ無い、という存在であるとばかり思っていたのだが・・・
(十七歳にも負けそうになってたしな・・・)
解せない、とネコミミが頭を悩ませていると、同じように考え込んでいたちゆが言った。
「もしかして、封印されているんでしょうか。力と、記憶を・・・」
一体どこの誰が世界の神にそんなことをするのか?
あるいは過去に何かがあったため、こうなっているのだろうか。
ネコミミは何だかもう全然分からなかった。
結局この状況で彼女が出した結論はこうである。
「ま、必要に迫られたら取り戻せるんじゃないかねぇ?
あんまり気にしすぎるのも良くないかもしれないし、ね」
気にしない。それは、逃げでもあり先延ばしでもあるが、何となく救いにもなる行為。
「そ、そう・・・・ですね」
厚い雲に覆われた空と同じく、どんよりとした気分が二人の間に流れたが、
船はゆっくりと確実に、ガイセルドに近付いている。
互の名前すら知らない二人だったが、目的は同じなので聖域へ向かう船へ乗り込んだ。
「アンタは聖域の民ね・・・初めて見た。名前は?」グラシィはまじまじとカントを見つめながら問いかけた。
「聖域の民は滅多なことでは他の土地に出ないからな・・・・俺の名はカント。カント=コンフィナリスだ」
「ふぅん。アタシはグラシァ=パディッツリオーネ=アルビトラリオ」
職業を名乗らない辺りがポイントである。
「何故あんたは聖地へ行くんだ?」
「あら、目的は同じでしょう。鍵を壊しに行く、ただそれだけ」
「いや・・・・そうじゃなくて、俺が聞きたいのは動機だ」
一体いかなる理由があって聖域の民でない者がこのご時世に、危険を押し切って聖地へ行くのか。
彼はそれが知りたかった。
「まぁ、敵討ちなんてのは良くある話でしょ。話す価値も無いわ」
話して楽しい話でも無いし。
「言われてみれば、そうかもしれないな」
カントも一瞬だけ、何か思い当たる節があるような顔をした。
「アンタもそうだったりするのかしらね・・・・類は友を呼ぶって言うし」
互いに話す気は無いのだろう。それきり、会話は途絶えてしまった。
だけど、一つ確信がある。
目的がひどく似通っているということ。
それだけで、共に旅路を行くに値する事ではないだろうか。
船は進む。帆に風をうけ、静かなる海を。暗雲立ちこめる目的の場所、聖域へ向かって。