それは崩れる瓦礫のように、
瞬く間に形を変え、消え去る。
あとに残されるものは、それがあったという記憶のみである。
全ては移り変わるもの。
この世に永遠に変わらぬものなどありはしない。
「お?ちび、てめぇいつの間に魔術なんか身につけたんだ」
日暮れ時、小高い丘から夕日をぼんやり眺めていた猫耳は立ち上がった。
「なんで分かるんだよそんなこと」
振り返るとうすっぺらい影が立っている。何度見ても不気味で、慣れない。
「なんでったって・・・見りゃ分かる。身に纏う氣が変わった」
師匠の知り合いの「影」というのは変なやつだった。
「どういうことだよ・・・?」
「お前も十三の要、って事だな。面白れぇじゃねーか」
「何がだ!こんな力、面白くもなんともねぇ・・・」
「・・・前任者と会ってねぇのか。じじぃん時と様子が違うみてーだな」
老人は前任者と握手をして力を受け取ったとか言っていた。
どうも引き継ぎにも色々あるようだ。
猫耳は無言である。泣いたのであろうか。うっすらと涙のあとがある。
それに気付いてないふりをして、影は話しかけた。
「怖いか」
コドモだった。
自分の身に何が起きたか分からなかった。
だから、怒っているフリをして必死に隠した本心が見透かされたような気がした。
何か言い返したかった。だけど言葉が見つからなかった。
「・・・・まぁ、そのうち慣れるだろ」
「何だよそのうちって!」一体いつのことだ、それは。
「いや、俺の場合何百年とかかったからな・・・気長に待て。いつか噛み合う」
「噛み合う・・・?」
「その力と、自分自身が」
釣り合いがとれる、と言うべきかもしれない。
「だから、お前はお前のままでいいんだ」
妙にきっぱりと言い切られ、ほんの少しだけ心が軽くなったのを感じた。
その日から、影を見る目がほんの少しだけ変わった。
「大丈夫ですか、ネコミミさん?」巫女に話しかけられ、我に返った。
「ああ・・・ちょっと考え事してただけさ・・・」
一行は、はなげの空間転移の能力を使い少しずつペザンテへの距離を縮めている。
「きゅーちゃん、ぶーちゃん・・・・しっかりして下さい」
癒し系の小動物がどちらも澱んだ気にあてられてダウン気味なので休みながらの移動だ。
「はなげ殿は、平気か?」
(ええ・・・やはり要の人数が増えた方が能力の行使が楽みたいで)
「不思議な事もあるものじゃ」
(そうですねぇ)
ネコミミは考えていた。「氣が変わる」というのはどういうことなのか。
影にもっと詳しく聞いておけばよかった。
(だけど、今の影は・・・)
要たる資格を失っているかもしれない。
(アタシは、影に勝てるんだろうか・・・・・・?)
彼女の最大の不安はそのことだった。奴には実体がない。
(いくら創造主がいるとはいえ、攻撃が通じないとなると・・・)
果たして勝機はあるのか。
(いいや、考えても仕方ないさね・・・)
対峙してみなければ、分からない。
本当に敵が影なのかすらもこの目で確かめてはいないのだから。
その頃、聖地に降り立った人影が二つ。
「不思議な事もあるものねぇ・・・」
「・・・不思議、で済む話じゃない気がするが」
島の中心にそびえる塔に向かって歩を進めながら二人は会話を続ける。
「あの塔ってさぁ、あんなにどす黒かったっけ?」
「違う。異変が起きている。オアシスが消え、砂漠が広くなっている・・・」
こんなことがあり得るのだろうか。
彼がこの島から離れたのはほんの数ヶ月前のことだ。
(おかしなことになっているようだな・・・)
「砂虫って言うだっけ、あれ。あんなでっかいものなの?」
巨大なワームのようなものがこちらに向かってくる。
「・・・最長で3メートル。どう見てもその倍はあるな」
淡々と会話をしながら、聖域の民は懐から笛を取り出し、おもむろに吹いた。
「?」グラシィの耳には何も聞こえなかったが、砂虫の動きが止まった。
「連中の苦手な音域なんだ。人間の耳では拾えないが・・・」
「へぇ・・・便利ねぇその笛」
もしこの青年と出会っていなければ片っ端から水晶の刃で倒していた気がする。
同行者の有り難さをひしひしと感じながら歩き続け、聖域の塔までどうにか辿り着いた。
「・・・・なかなかえげつない罠が沢山あったわねぇ」
マントの砂をはらいながらグラシィ。
「落とし穴という古典的な手で来るとは思わなかった。手段を選んでないようだな」
あきれ気味にカントも呟く。
「塔には無数のいばら・・・・か」
どこかのお伽噺のようだ。
ただし、いばらはこの世の全てを拒絶しているかのように黒かった。
試しに刀で斬りつけてみたが、すぐさま再生する。
「さて、どうする」カントが問う。
「燃やしちゃおっか?」
白い目で見られた。聖域の民としてそれは駄目らしい。
「そもそも、燃えるような成分でできていない気がする・・・」
「再生するより早く斬りつける、というのも無理そうねぇ」
「しかし・・・この再生力、これはまるで“黒き悪魔”と同じではないか?」
「塔そのものが羊羹に汚染されている、か」
しかし羊羹には核がある。そこさえ突けば突破は可能なはずだ。
彼女の瞳には塔を覆う無数の荊、その表面に浮かぶ赤い点・・・急所が見えていた。
そこを狙うように水晶の針を出現させる。
「何だ・・・?」
「神代の力。まぁ見てなさい」押しつけられた力だが、使い所は今だろう。
「あれが恐ろしいのは再生するから・・・その機能を発動させなければ問題はない」
調停者は曲刀を抜きはなつ。柄も刃も真っ黒な刀。
いばらで覆われた塔にその切っ先を向ける。
「粉砕しろ」
しずかに命じると、水晶の針はその意に従い急所を射抜く。
水晶の針が荊に触れると、荊は砕けた。
破片が水晶となってきらきらと落ちていく。
カントは不謹慎だが夢の様に美しい光景だと思った。
同行者は刀を戻し、扉を開け放つ。
「さ、行くわよ。アンタは祭壇の聖火をどーにかするんでしょ?私は最上階に行く」
「構わないが・・・何で最上階なんだ?」
「バカと煙は高い所が好きって昔から言うじゃない」
にやりと笑った。
舞台が塔である場合、お約束である。
「じゃあね、健闘を祈るわ」
「任せた・・・アンタも気を付けてな」
そうしてグラシィは階段を駆け上がり、カントは祭壇へ向かった。
聖灯を取り戻すために。鍵を壊すために。