それは、
世界が危機にさらされる、ほんの少し前の話。
「何つーか、“楽園”と呼ぶだけあるよねぇ・・・平和だよなぁ。退屈な位に」
「そういう事って、言えるうちが華よぉ?そういえば、そこのビーチに見慣れないモノが居たわよ」
「見慣れないモノ?なんだいそりゃ・・・」
「え〜とね・・・・一言でいうと、黄色かったわ」
「・・・・黄色かったのか」
“楽園”ソアーヴェ、海沿いのホテルの酒場にて。
突き抜けていくように青い空、寄せてはかえす白い波、そして眩い太陽の光、
ここは常夏の地、ソアーヴェ。
一年中暖かな気候と豊かな自然、そして聖地に最も近い島である事から絶好の観光スポットとなっている。
“太陽に愛されし楽園”とも呼ばれる有名な場所だ。
―――――その砂浜に、彼はいた。
「いやぁ・・・ホンマにええ天気やなぁ〜」呑気な関西弁。
「まるでわぃの心を映しとる様やで〜」持ち前の楽観思考で今日も行く!
彼の名はチュンチュン!!
しかし、彼には生命に関わる重大な問題があった。
「これでなんぞ食うもんがあればええんやけどなぁ・・・・」
そう、彼は今深刻な食料不足に陥っていた。
チュンチュンは、自称「天下無敵のフリーター」である。
定職に就かずに諸国をブラブラ渡り歩いて、根無し草的生活を送っているのだった。
困った事に現在一文無しである。
「うぅ・・・腹減った・・・ちゆはいつになったらこっち戻って来るんやろか・・・」
彼が弱気になった時、思い出すのは他ならぬちゆの事だった。「向こうで今頃、何しとんやろ・・・?」
あまりに長い間会っていないせいだろうか、それとも空腹のせいだろうか。
らしくもない、感傷的な気分が胸に満ちてきて、チュンチュンは泣きそうになった。
(もしこのまま――― わぃが死んでも、ちゆは何も気付かんのやろか・・・)
それはとても、悲しい事だと思った。
いつも「タダ飯食らい」だの「穀潰し」だの言われてきたが、そんな言葉では比べものにならない位悲しい事だと。
我に返ってチュンチュンはこんな事を考えてしまう原因を思い出した。
(それもこれも、腹が減っとるせいや!)
「誰か、なんぞ恵んでくれんかなぁ〜」力無く、砂浜に寝ころんで呟いた。
空を眺める。
馬鹿みたいに晴れていて、まるで空腹にあえぐ自分を嘲笑っているかの様だ、とひねくれた事を思った。
しばらくそのまま、暖かな日差しに抱かれていた。
天日干しされる魚はこんな気分かもしれへん・・・などと考えていた、その時。
影が差した。
「んぁ?」誰かが自分を見下ろしている。
だが、逆光で顔は見えない。
寝ころんだまま、彼は言った。「誰や?わぃは今、腹減って死にそうなんや。恵む気無いんやったら早ぅいね」
「お腹が空いているのかい?」男の声だった。ちっ、内心舌打ちしながらチュンチュンは答えた。
「せや、さっきも言うたけど餓死寸前や」ぶっきらぼうに言い放つ。
「それは大変だねぇ」所詮他人事、とばかりにからかう様な声が聞こえた。
チュンチュンは段々腹が立って来た。この男は、一体何が言いたいのだ?
「良し、それじゃあ美味しいたこ焼きを食べさせてあげよう!」
「なっ!?」チュンチュンは思わず、その短い手足で飛び起きた。
たこ焼き、それは関西人の心。
しかもこの男は今「美味しい」と言った。これは本場の味を知る者に対する明らかな挑戦である。
・・・・面白い。チュンチュンの目が、ギラリと光った。
それを見て、男は付け加えた。「ただし、君が僕に「協力する」と言うならば・ね」
何だか意味深である。しかしチュンチュンは食欲に対して正直だった。
「えぇで、何でもしたるさかいに」唇の端を僅かに上げて、不敵に答えた。
(このわぃを好物のたこ焼きで釣るたぁ、ええ度胸やないか!)
「交渉成立、という事だね。よろしく」男もまたニヤリと笑った。
全て混乱は・・・これより後に始まりを告げ、事態は次々に悲劇を生み、
もはや収拾がつかなくなるのも時間の問題。
しかしそれは、まだ少し未来の話。