< 屋上の二人 >



クラスメイトの京本明里は、人間世界に嫌気がさしているかのように、休み時間も授業中も、本ばかり読んでいる。
一番前の席で、堂々と読むのである。
いっそ清々しいくらいだ。先生方も黙認している。
「本より面白い授業ができてないってことなんだろうね……」と科学の先生が溜息をついていた。
「何読んでるの?」と興味本位できくと、


 「本」

という、味もそっけもない答えが返ってくる。
聞いた側は、心がぐっさり折れる。
そんな孤高の女。他を寄せつけない、不思議な存在。

「京本サン、貸した漫画読んだ?」
「……読んだ。しかし、昼飯の時間にそういう話をふるのはどうなんだ」
滅多に人が来ない屋上で、京本はお弁当を食べ、俺は相変わらず購買のパンをかじっていた。
「いーじゃん別に。三大欲求繋がりってことで」

 三大欲求って食欲・睡眠欲・性欲でよかったのか?と思いながらも、
 貸りておいて無言というのもまずいのかと思って言葉を探す。
 「……まぁいいか。
    そうだな……近相物のアタリが多かったな」
 「生まれ変わったら弟になりたいって思うよね〜」
 「あれか、おねーさんに迫られるのがいいのか」
 「うんにゃ、迫りたい。愛されるより愛したいよ、がっつり!」
 懐かしい曲を出してきたものだ。しかし、あえてスルーしておこう。
 「昔は、貴族の特権だったらしい」
 「よく聞くねぇ、そういう話。 一つ屋根の下だからねぇ〜」
 「おまけに血を分けた兄妹だ。背徳感がすごい」  私はなんだって弁当食いながら近親相姦について熱弁しているのだろう。
 答えは簡単、このぬかみそ男に弱みを握られているから。

「いやでも、現実にはなぁ……」
そう言って佐波が遠い目をする。
「佐波、きょうだいがいるのか?」
「うん……妹がひとり」

「そうか……君、勝ち組だなぁ!

羨望の眼差しで見つめられてしまった。
違うよ京本さん、勝ち組なのは漫画に出てくるよーな妹をもった兄だよ!
リアル妹というものは萌えないと相場きまってるんだ!!
全国でどれだけの兄が静かに泣いている事かッ!


「いいなぁ、妹。私も男に生まれていたら是非一度、お兄ちゃんと呼ばれてみたかったよ」
「京本サン、妹に夢見過ぎだよ。漫画に出てくるよーな妹はリアルに存在しないよ。
 近頃“兄”としか呼んでくれなくなったし……」
「いーじゃないか「おい、そこの」とかじゃないだけ」
確かに兄と言われているだけマシな気がする。
「寝てばかりいるし」
「いいじゃないか、寝る子は育つんだぞ?」
「なぜかすね毛を触ってくるし」
「胸毛を抜かれるとかじゃないだけマシだろう」
……そうかもしれない。
あっさり納得してしまいそうになる自分が怖い。
「しかし君、某作家さんの妹に対する愛情は凄いと思わないか!?」
何かのスイッチが入ったらしい。京本は意気揚々と語り始めた。

……その後、予鈴が鳴るまで妹萌えについての話はつきなかった。
(京本の知識は本物だ)
どれだけのサイトを巡ってエロ漫画をかき集めたのだろう。
守備範囲の広さに驚愕を隠せない。
ぼんやりと、空を見上げながらふと思った。
(叩けば、もっと出るかもしれない……)
孤高の女の煩悩は、けっこう凄いみたいだ。
ちらりと時計を見ると、次の授業まであと3分だった。
「よし、教室に戻るか」
佐波なりの配慮で、一緒に教室に戻ることは避けている。


(意外と目ざといもんなー、うちのクラスの連中)
なにしろ、3年越しの付き合いである。
入学以来なにも変わらない顔ぶれ。
がらり、と教室の扉を開ける。
「あれ、皆戸どこでメシ食ってたの? 学食行くっつってたのにいなかったじゃねーか」
「……いや、財布忘れてな。うどんの出汁だけ飲んで空腹を癒してた」
「しょっぱいなー!」
ぺちんっ、とおデコを叩いた。親友その1、芳賀慶介は仕草がいちいち大げさだ。
「でもあれ、慰め程度にはなるよな」
「利子つけて返してくれるなら貸してやったのに」
クールに言い放ったのは、親友その2、灰川真治。分類するなら、今話題の草食系男子であろう。
「ってなわけで、腹の虫が鳴っても気にしないでくれ」
「虫だけに無視ってか!」
はははは、と芳賀だけが笑った。
「親父ギャグすぎて突っ込む気にもなれんな」
ああ今日も平和だ、と思う。

授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。
京本は相変わらず、自分の席で本を読んでいる。
(さて今度は、どんな漫画を貸してやろうか……)
佐波皆戸は、授業を聞いているフリをしながら、真剣に考えていた。
ほんとうにどんな球でも、京本は打ち返してくれるのだろうか?
(そういえば、あの日買ってた漫画の感想を聞いてないなぁ)
今度聞いてみよう、と思った。
渋々話し始めて、最後には熱弁するに違いないから。





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