そして誰もが、時満つれば動き出す。
動こうとしない者は生を放棄した愚者に他ならない。

我等が我等たる所以は、行動するか否かを決められる事、それのみだ。





【10話閑話−前編−】 〜揺れる5つの灯〜


それは、ひたすらに暗い場所だった。
広さも分からない、自分の立っている位置も、入ってきた所も分からないような、一面が黒で塗り潰された空間。
何かがおかしい。目を閉じている訳でも無いのに眼下にあるのは暗闇。
ひとつ確かなのは、足下に感覚があるという事。
それはこの場所がこの世界の何処かである事を示す。
だが、一番の問題はこの場所ではない。
問題は 何故、自分はこの場所に居るのか?という事だ。
腕を組んで考えてみる。確か、ほんの少し前に手紙を受け取った記憶がある。
その内容は思い出せないけれど。
「・・・・せめて明かりがあれば事態は変わるのだがな」誰に言うでもなく、呟く。
と、「その声は、エニグマさまっ?」若々しい少女の声が聞こえた。彼の従者、アイリッヒの声だ。
「おや、お前も居たのか。なら話は早いな、ここは何処か分かるか?」エニグマ、と呼ばれた男は従者に尋ねた。
従者のちょっと困ったような気配が伝わってくる。
「えっと、実はあたしにも良く分からないんですよぉ」答えながら従者はこりこりと頭を掻いた。
「なんかこの空間、魔法が遮断されてるみたいです」「ふむ、お前の力を以てしても魔法が使えないのか」
「うーん・・・何なんでしょう、エニグマさま、なんか悪いことしましたぁ?」
ちなみに、主に対して軽口を叩くのは彼女の常だ。
「悪いこと、ねぇ。身に覚えが有りすぎて何とも言えんなぁ」
そしてエニグマもまた咎める事なく軽く答える。それでいいのか主従関係。
さてはて。これは報復や復讐の類なのか。あるいは、何かの意図を持った誰かが呼び寄せたのか。
どちらだろうか。
一通り思考を廻らせてから、エニグマは口を開いた。
「アイリッヒ、手紙の内容を覚えているかね?」従者は少し考える。
「えぇと、確か・・・“力はあるべき所へ。終焉の時に集いしは光、闇が扉に閉ざされし時、三度時は動き出す”
 ・・・とか何とか・・・・」
どこかで聞いたことのある言葉だ。
「預言詩の一部―――だったか」
世界の終わりが来たとき、英雄が降りたって云々、というどこの国にもある伝承の類だ。
「あぁ、それからエレヴァートの民の言葉でしたっけ?
 手紙の最後に“全て我等は女神の御許に”と書かれていたような・・・・ってわぁあ!?」
瞬間、光が爆ぜた。現実か否か分からないが、眩しさに目が眩む。
急速に闇が薄れた、その先にあったものは―――――

「な、なんですかぁ、コレ?・・・円卓?」
目の前には5本の蝋燭が刺さった燭台を中心に置いた豪奢なテーブルが。用意された席は、どうやら5つ。
「ふむ。誰のお招きか知らんが、なかなかに手の込んだ招待の仕方だな」
というよりも、ひどく回りくどい。灯っている火は1つ。
椅子に座りながらエニグマは呟いた。すると、
「全く同意だ」背後から聞き慣れない、低い男の声が聞こえてきた。
「言霊による転送術なんざ今時扱えるヤツいないと思ってたんだがなぁ・・・・」
男はパイプの煙を吐きながら、エニグマの正面にまわった。
よくよく見ればその右頬には龍の入れ墨が施され、頭には無造作に布を巻き、襤褸のようなマントを羽織っている。
パイプを置きながらこちらを見る瞳は薄灰色。この顔には見覚えがある。
エニグマは、同じように何かに気付いた様子の男が口を開くよりも先に、言葉を紡いだ。
先手は早い方が良いと相場決まっている。
「20年前『ポストリュードの反乱』で反王国軍を率いて王を弑し、
 王政を終わらせたラメントの英雄、簒奪者ペル=モトゥム=レトログラドゥムか」
「・・・あなたの様な高名な方に名前を知られているとは、光栄の極み。
 大国、プラチード共和国の最高権力者、スカラ・エニグマティカ総帥閣下」
そう言ってレトログラドゥム、と呼ばれた入れ墨の男は、胸の前で右手の拳を左手で包む
ラメントにおける敬礼の姿を表す。
一連のやりとりを黙って見ていた従者は一人、考えていた。
もしかしてアタシって、相当場違いな所に居ちゃったりする?
「まぁ、そう堅くならずとも良い。座ってパイプでも吸ったらどうかね」レトログラドゥムは、言われるままに腰を下ろした。
いつの間にか蝋燭の火が2つになっていた。席が埋まる毎に火が点く仕組みなのであろうか。
再びパイプをくゆらせながら、レトログラドゥムはポツリと尋ねた。
「一体、どこの誰の仕業なんでしょうなぁ・・・・・」少し間を空け、エニグマは呟く。
「残る空席はあと3つ。全てが埋まる頃には、招待者も姿を現すだろう」
すこし面白がっているような笑みを、その口に浮かべて。

3人目が現れたのはそれからすぐ後だった。
「火急の用と記されていたから来てみれば・・・・なんです、この面子は?」
何やら独特の衣服に身を包んだ壮年の女性が現れた。
「これはこれは・・・・・東国の当主様!」「お久しぶりですぅ〜!」驚くエニグマと呑気なアイリッヒ。
「東国の長たる当主は、滅多に姿を現さないと聞いたが・・・」
門外不出の国の柱。それが今目の前に居る事にレトログラドゥムは目を疑った。
長年どの国とも国交が無かった東国では、独自の文化が発達してきた。国を束ねる長はただ“当主”と呼ばれる。
名前に対する個々の認識が薄い国なのだ、とする説や
呪術的な問題で名前を知られる事は致命的であるとされている等、様々な説がある。
国内で唯一方術を使える者として崇められている国の柱は今、立腹していた。
「どちらのお招きなのです、これは!」だんっ、と円卓を叩き、問う。
悪いと思いつつも込み上げる笑いを必死に堪えるエニグマとレトログラドゥム。
その二人に変わって、従者が申し訳無さそうに言った。
「あのぅ、実は・・・・プラチードもラメントも、東国と同じように招かれた側なんですよぉ」
東国当主は溜息をつきながら席に着いた。

蝋燭に3つ目の火が灯った。それと同時に、
「もう一国、付け加えてくれるかしらお嬢さん?」今度は若い女の声。良く通るソプラノが部屋に響いた。
レトログラドゥムが顔を上げる。「ヴィア大公妃・・・・アンタが来たって事は、旦那はまだふせったままか?」
「えぇ。全く困った人だわ」
「殿下、そのような事は公言しない方が・・・」心配性の付き人が口を挟んだ。「まぁいいじゃない。事実なんだし」
何故か気にくわない、と言ってプラチードに喧嘩を売ったのは他ならぬ彼女の夫だった。
そのくせ病に倒れているのだから世話がない。
「旦那に伝えてくれるかね?『おとといきやがれ』と」「う、うわぁ。エニグマさま直球過ぎですよぅ!」
いつもの事ながら、従者はちょっぴり焦った。
セミ=ブレヴィス公国大公妃トリサギオン・ヴィアは微笑んで
「確かにお伝えしておきますわ、エニグマさま」と皮肉混じりに言った。
その事に気付いてか、アイリッヒは少し顔をしかめた。ヴィアはそれを可笑しそうに眺め、席につく。
4つ目の火が灯る。「これで残るはあと一人」東国当主は、空席を眺めながら呟いた。
恐らくは、じきに明らかになるのだ。一体誰が、何故 各国の最高責任者をこの場に集めたのかが。

誰もがじりじりと、時間が過ぎるのを待っていた。思いは一つ。5人目はまだか!?
「・・・・少々遅れてしまったかのぅ」老人の声だ。従者・付き人含め全員が声のした方を見つめる。
視線の先には、立派な顎髭をたくわえ、長衣を身にまとい、頭に帽子をちょこんとのせたお爺さんが立っていた。
アプゼッツェン連合王国代表、イェーダーツァイト・ライネ・シュティンムンク。
かつて連合にこの人ありと謳われた名武将。
「あなたまで呼ばれていたのですか・・・・」驚いたようにエニグマが言う。
「久しいのエニグマ。手紙の内容が思い出せなくてのぅ、思いのほか時間が掛かってしもぅた」
このご老人は・・・・と、誰もが呆れた瞬間。

「これにて、全員お揃いのようですね」
先ほどまで円卓の上にあった蝋燭台を掲げ持ち、招待者は姿を現した。




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