東国には人ならぬ者達の住む森がある。
かつて魑魅魍魎が跋扈し、人の魂と魄とを奪い去っていた時代。
四魔四鬼を束ね、人ならぬ者の王として君臨していた紫鬼が、
東国各地に散っていた人ならぬ者共を森へと閉じこめた。

ただし、そこには人が入り込めぬよう呪いをかけた。
人ならぬ者達は、王たる紫鬼に従った。
時折森を抜け出して、悪さをする者もいるけれど。

その森を守っているのは一本の太刀。
紫鬼が自らを封じ、長い年月人の地と森のあわいに立っていた。





< 最終話 いつか星空の下で −2− >



フレデリカが不様な悲鳴をあげているのを確かに聞いた。
使い古され、手垢の付いた捨てぜりふを残し、奴は消えた。
影もまた、自身が分解され、光の中にのみ込まれてゆくのを感じた。
あたたかな光。死ぬこともそう悪くないなと思った。
しかし彼は、聞き取ることのできなかった言霊の力なのか
分解され、風に流されたのちに再構築された。

(……神の力ってのは、大したもんだなぁ)
ずきずきと左胸と背中が痛む。
左胸は、巫女が羊羹を貫いた時の名残なのだろうか。
背中が痛いのは、猫耳に投げ飛ばされたからだ。
年長者を投げておいて手もかさずに去っていくとはふてぇ奴である。
どこかで会ったら足払いの一つでもかけてやらねばと思う。

ペザンテ城の広大な敷地の片隅に、白い碑がある。
影は数年ぶりにそこを訪れていた。
(じーさんが生きてたら、なんていっただろうな)
自分のことのように喜んだだろう。そうに違いない。
「……まだそっちには、行けそうにねぇなぁ」
そう呟いて、碑に触れる。
風雨にさらされてきたはずなのに、その表面はつるつるしていた。
『まぁ、ゆっくりと来るがよい』
いたわるような、愛おしむような声。
居るのか? じーさん。
それとも俺の願望が幻聴を生んだのか。
影は声の主を捜すことはせず、碑からそっと手を放す。
「……悪いが、そうさせてもらうよ」
片腕の賢者に聞こえているかどうか分からない。
でもそれでいい、と思い、影はその場を後にした。
碑の側で、宝石が二つ、静かに光り輝いていた。


ガイセルド帝の帰還と共に、反帝国軍解体の報がもたらされた。
合同葬儀の準備が慌ただしく行われている。
研究塔に居た兵士達もそちらに駆り出されており、忙しくしているようだ。
創造主はまだ眠り続けている。

「あぁっ、せや! たこ焼き!! たこ焼き食わなあかんッ」
「チュンチュン……何を言い出すかと思えば……」
發のメンテナンスを終え、基盤の修正を始めていたベンバヤシの裾にすがりつく。
「約束したやんけ? わぃは自分がたこ焼き食わしてくれる言うから来たんやッ!!」
「あはははは、そんな事も確かに言ったねぇ。でも嘘も方便っていうじゃないか?」
「笑ってる場合ですか。約束を違えるのは感心しません」
「えっ……こっちの国でも蛸なんて食べるんですか」
東国だけの文化だと思っていた巫女は驚いた。
「ま、一部の美食家が食べるみたいだけどねぇ……材料の調達はどうするんだぃ」
「わぃが蛸捕まえて来たるっ! 海行くではなげっ」
勢いに乗っているチュンチュンを止める術は無さそうである。
「……合同葬の準備が行われているというのにのぅ」
「でも、私達には時間が無いというのも確かなことですね」
「時間がない……? どうしてですかシスターさん」
「いえ、今まで私達は滅多に会わずにいましたし、十三の要が集まっている事は
 あまり快く思われないのかもしれない、と思ったんです」
「確かに、下手すればわしらが汚染されて世界を滅ぼしていたかもしれんしのぅ……」
なんとなく部屋の温度が下がった気がする。
外からは悲しげな鐘の音が聞こえる。
「僕らに何もする気が無くても、危険視されてしまうというのは仕方のないことだろうね」
それは力を持つ者と、持たない者を隔てる見えない壁。疑いを持たれても仕方がない。
解決するのは速やかに散り散りになるしかない。
「さりとて……もうしばらくは大丈夫じゃろ。今のうちに、わしも師匠の墓参りに行ってこようかの」
「私もお供します」「きゅう!」
おじいさんと巫女、そして美味しいものにありつける予感でもしたのか、きゅーちゃんも出て行った。


研究室には眠り続けるちゆと、その側で身を案じているぶーちゃん。
メンテナンスが終わり、日光浴をしている發と人型の要二人が残された。
創造主を気遣わしげに見ながらシスターが言った。
「……目を覚まさないですね」
基盤と格闘しながらベンバヤシは答える。
「もしかしたら、別の仕事をしているのかもしれないよ。セーフティーネットの強化とか」
「何だか分かりませんが、神にしかできない仕事というのがあるんですね」
「そういう事さ……だけど、不思議じゃないかい?」
「なにがです?」
「何故この世の神がこんなにも無力なのか」
無力と言い切るには語弊があるような気がする。
しかし、發の光を浴びて本来の姿に戻るまでは言霊使いとしての力しかなかったようだ。
「確かに……神様なら、こちらに来てすぐに羊羹を止めてフレデリカを仕留めるぐらいのことはできそうですけどね」
「そうなんだよね、僕らは神様といったら万能で何でもお手軽に解決してくれる存在だと思ってる」
「実際は、行動の制限みたいなものがあったようですね……」
「だからこそ、誰からも愛されるような可愛らしい外見をしていたんだろうね。
 力も記憶も無くしてしまったのなら、僕らの協力無しには危機を回避出来ないから」
そのための十三の要。そう、私達は神から別れた力を受け継ぐ者だ。
「……要の魂には、すり込まれた神代の記憶がある。
 たとえどんな姿をしていても、創造主の事を見つけられないなんて有り得ないんだ」
自分は一度も見たことがなくても、魂が知っている。

「この世界に、神が戻ってくることはないのでしょうね」
理屈ではなく、予感だった。
もしこのまま神が留まるというのなら、自分たちの役目は終わるだろう。
「恐らくは。僕らも役目から解放されることは無さそうだね」
「でも、運が良かったのかも知れません。創造主を見ることが出来た」
「……確かにね」
そうだ、創造主が去れば自分たちにも日常が帰ってくる。
「君もドレンテに、帰るんだったね」
「なっ……なんですか、急に」
妙にしみじみと言われたので何やらおちつかない。
「いや、あまりにもこの塔に馴染んでいたから、何やら残念だよ」
「拉致しておいて勝手なこと言いますね貴方は。清掃要員ぐらいにしか見てなかったくせに」
「たしかに本棚の整理をしてくれた時はありがたくて涙が出たよ。うん……。
 感謝してるよ」

あくまでさりげなく、しかし紛れもない感謝の言葉だった。
返すべき言葉が見つからないのでぼうっとしていると、照れを隠すようにベンバヤシが言う。
「だけど……また間違うかもしれないなぁ。人間は、間違える生きものだからねぇ」
完全無欠の神がいないこの世界だからこそ、過ちはこれからも続くのだろう。
「その時はまた、殴りに来てさしあげます」
気付かれない程度に微笑んで、シスターがそう言った。
「あはははは、容赦ないねぇ。気を付けることにするよ」
窓から差し込む光はオレンジ色に輝いて、研究室の壁を照らしていた。
ベンバヤシがふと思い立って耳にふれてみると、耳環はいつの間にかなくなっていた。
澄んだ鐘の音が、遠くから響いた。





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