「あぁ……またしくじったなぁ」
死に瀕しているひとりの男が、虚ろな眼差しで夜空を見ている。
彼のすぐ側には、泣きじゃくっている少年がいる。
「……いや、別におまえさんが悪いんじゃねぇよディード。
 誰がそれを決めてんのかはしらねーが、人には持って生まれた運があるからなぁ」
そんなものに左右されるだけのものが人生であってたまるかと、少年は思った。
果てしなく遠くから降り注ぐ星の光は、こんな時でも残酷なくらい美しかった。
「まぁ、俺はここまでだけどよ……人の生き死になんざ星のひとめぐりだ。
 運がよけりゃ、どこかで会うかもしれねぇ。
 ……だから、おまえさんは生きろよ」
生きることを諦めるなと、その目はまっすぐに彼を射た。
「どこかで、あう?」
「会えるさ。次もまた不運ってこたぁねーだろ」
「おれにも次が……ある?」
「有るさ。俺ぁそう教わった。信じてる奴にはすべからく次があるってな。
 未練がましく霊魂になって留まるよりは、さっさと次に行けと……」
ほとんど譫言のように、力なく星空を見上げながら男は続ける。
「だからな、迷っちゃいけねぇよディード。未練があっても、手放して……
 次に行くしかねぇんだ……迷っちゃあ……いけねぇ。
 ……俺たちは……な……巡る輪の中に……いる」
だから泣くんじゃないよ。またな。
そこまで言いたかったけれど、言い終わらぬうちに男は事切れた。

黒き風が現れ、彼に武器を与えたのはその直後だった。
どこかに救いはある。
けれども、それは非常に間が悪いということもまた、彼は学んだ。





< 最終話 いつか星空の下で −3− >



「おや……?」
荒れ果てた庭園を歩きながら、老人はふと立ち止まる。
「どうされました」
「何やら、なつかしい気配がするのぅ」
亡き師の住処のほど近くに立てられた碑の前に、先客が居た。
「……アクセルではないか」
年老いてはいるが、相変わらず大柄で逞しい。
こんがりと日に焼けたその顔には、当然ながら皺が増えていた。
「うぉお、どこのじじいかと思ったら、師匠の一の弟子じゃねぇか!」
お前もじじいである。と思ったが水をささないでおこう。
老人の名はこちらの国の人々には発音が困難であったため、終始「一の弟子」と呼ばれていた。
あるいはイチ。
「何年ぶりだ? いやー、懐かしいなぁ〜」
ばしばしと肩を叩かれる。老いてなお豪快な男である。
「……相変わらず闊達で何よりじゃ」
「お前さんも師匠の墓参りか」
「久々じゃからの。ぬしこそ、合同葬に来たのか……?」
「そうさ。孫の知人が亡くなったらしくて、一緒に来たんだ。そちらさんは、イチの孫?」
「いいえ……なんといいますか、縁あって一緒に旅しているんです」「きゅうー!」
きゅーちゃんを抱いた巫女が答える。
十三の要、という繋がりはどうにも説明しにくいものがある。
「そうかぃ。師匠は賑やかなのが好きだったから嬉しがることだろうよ。
 フェルも連れてくりゃよかったなぁ……」
「あやつ、今はどこにおるのじゃ?」
「ストレーンで隠居暮らし。っても若い娘を囲ってるとかトンデモな噂を聞いた」
「何と……あの堅物が……!?」
衝撃の事実である。少々羨ましくもあるが。
年月は等しく流れ、目には見えないゆるやかな流れで角をとったり人を変えたりする。
(しかし、幾年経ても変わらぬものもある……)
旧友を見ていて心の底からそう思ったおじいさんであった。


「へー、5ヶ国連合はもう解散ですか。早いですねぇ」
「諸悪の根源が居なくなったからね〜 難民支援とかは続けるみたいだし」
グラスを磨き終え、新聞を読んでいるアパッショナートの側でリーヴェが爪を磨いていた。
彼女が爪を磨くのは、心配事があるときだ。
マスターも無言で読書をしている。
かさり、と新聞をめくる音が嫌に大きく響いた。
(……時間がゆっくり流れているように感じるのは、私達が待っているからだ)
深い溜息をついて顔をあげる。
さてそろそろ楽器でも磨こうかしらと思っていると、からんころーんと陽気に入り口の鐘が鳴った。
彼女が立っていた。
うす汚れたマントを羽織り、少しくたびれたような顔をして。
リヴェメントは立ち上がり、駆け寄って、おもむろに抱擁した。
「……おかえりっ」
抱きしめられ、一瞬硬直していたグラシィだがこわごわと片手をあげ、リーヴェの頭をなで、答える。
「ただいま」
そんなに心配されていたことに驚いた。しかしこの女体温高いなぁ。ぬくい。
帰ってきたのだ、と思った。

「よかった、アンタが無事で」
リーヴェは泣いていた。彼女は人より多くの感情を持っているようだ。
「……別に、泣くほどの事じゃねーわよ」
「ばかっ、アンタが泣かないから、私がかわりに泣くんでしょうが!!」
見かねたアパッショナートがハンカチを差し出す。
「あんがと、アート君」
「いい大人なんだからハンカチぐらい持ち歩いて下さいよ。そろそろ時間ですよ」
正論を軽くスルーして、楽器を構えて呟く。
「あたしはこの世の災厄も不幸も不景気も、できるもんなら音楽で吹き飛ばしたいのよッ」
みてらっしゃいよ、と意気高く、彼女は舞台に向かう。
「……相変わらず、激しい女ねぇ」
「いえ、こんなに元気なのは久しぶりです。そうですよね、マスター?」
「確かにそうですね……きっと、嬉しいんだと思いますよ。なにか飲みますか」
「そうね……まぁ、今日のところは紅茶にしとくわ」
舞台上では、ついさっきまで泣いていた女が楽しげにサックスを吹き鳴らしている。

「そういやグラシィ、聞いたかぃ?」
「何の話」
「あの汚染で……オプスキュールの精神病院入ってた連中、正気に戻ったらしい」
「……そう。アイツがいたらさぞかし喜んだでしょうね」
「違いない」
ルバートは、あえて名前を出さなかった。
「それでな……オプスキュールに奴の墓がある。街の連中が建てたんだ」
わずかにグラシィの表情が変わった。その心の内は推し量ることはできないけれど。
「教えてくれて、ありがと」
そこに行ってどうなるわけでもないけれど。
少なくとも、あのお人好しが情けをかけた娘が、この世界と決別したことくらい
伝えに行ってもいいだろう。



非常に、よい香りがしていた。
ソースの焦げたような匂いに、うっかり現実に戻ってきてしまったのかと思い目を開く。
「ホンマは銀器に盛るんは許せんけど、まぁしゃーないな」
(二人で東国まで行くのは、少々きつかったもので……)
「しかし、よくソースや青のりまで手に入りましたね」
「知り合いん所で道具と一緒に借りてきたんやで!」
くるりくるりと器用にたこ焼きを作りながら、チュンチュンが言う。
食べさせて貰う予定が、食べたいが為に自分で作っているという矛盾に気付いていないようである。
「チュンチュン、まだ基盤の修正やってる背後でよくそんな真似ができるものだね……」
「さっさと終わらせないと、無くなりますわよ」「きゅう〜♪」
「残しておいてくれるという優しさはないのかい!」
にぎやかである。
「お、起きたのかぃちゆ。大丈夫かい?」
「ええ、もう大丈夫です……」
「今なら焼きたてがあるで、食べ〜」
「……いただきましょう」
熱々のたこ焼きは、びっくりするほど美味しかった。
「なんせタコが新鮮やからなぁ、うんうん」
「つーか、本当に仕留めて帰ってきたことにあたしゃ驚いたよ」
たこ焼きを頬張りながらネコミミが言う。
「わぃは有言実行な男やからなっ★」
「黄色さん、きゅーちゃんがおかわりを催促してます」
「しかしこれはうまい。店が出せそうじゃのぅ……」
奇妙な光景である。年齢も性別も姿形も全く違う者達が、
一様に同じ空間で、同じものを食べている。

彼等を呼び寄せたのは自分だ。謝るべき事が沢山あるような気がする。
「どうされました?」
声をかけてきたのは看護婦さんだ。
「いえ……なんだか申し訳なくて。ちゆの力が至らなかったばかりに……」
「確かに犠牲者は出ましたけれど、あなたが来なければフレデリカを排除することはできませんでした」
無口なぶーちゃんも、こくこくと頷いていた。
「それに……口実は何であれ集まってみたかったんじゃないかねぇ、十三の要も。
 今は三人足りないけどさ。影も馬鹿だねぇ……こんな旨い物食わずにどっか行っちまうなんて」
ネコミミは憤慨しつつたこ焼きを頬張っている。
「本当は、うちらだけで解決できたら良かったんだろうけどね。力及ばずで申し訳なかったよ」
「フレデリカのよーな輩を二度とこっちに来させないよう、網を強化してきたんですけど……不安は残りますね」
「ま、その時はその時さ。どうにかなる」
頭を軽く撫でられた。
「……この世界を、お願いしますね」
「はい。あなたが創ったこの世界を、私達は守っていきます」
「アンタがくれた力でね」
森の中で、17歳に追い掛けられるちゆを助けてから、どれだけ時が流れたのだろう。
ネコミミは思った。別れの時は近いのだと。
この夜こそが、神と十三の要の、別れの宴なのかもしれない。


翌朝は晴天。
三日三晩続いた合同葬は終わったが、城には弔いの色、紫の幕がかかったままだった。
ペザンテ城を眼下に見下ろす郊外の崖の上に、ちゆは立っていた。
「なんや、凹んでるみたいやな〜?」
「反省はしていますけど、落ち込んでなどいませんよ。
 私が居なくても、人の営みは続いてゆくものです」
それは、ここもあちらも現実も。
等しく不条理に時は流れ、嫌が上にも押し流されていく。
「……ならええけど……」
他にも何か言うべき事があったように思うが、何故か出てこなかった。
「それじゃあ、頼みましたよチュンチュン」
「おぉ、後のことは任せてや。ほんなら、また」
「今度は、もっと早めに知らせて下さいね、伝令さん」
にっこりと微笑んで、触り納めだとでもいうようにチュンチュンの両頬を引っ張った。
「いひゃい! 気ぃ付けるっ!」
むにょーんと、引き延ばすだけ引き延ばして手を放す。
「勘弁してや!!」
「ふふ、チュンチュンの分際で同情なんかするからですよ」
創造主の足下には、いつの間にか光り輝くきざはしができていた。
「……気ぃつけてな」
「はい。チュンチュンもお元気で」
軽やかにきざはしを駆け上がってゆく少女を、チュンチュンはいつまでも見送っていた。
その姿が中空に消えて、自ら創りだした世界を去っていったと分かってもなお。





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