< 最終話 いつか星空の下で −4− >



光り輝くきざはしが消えてしまった。
ああ、神は去ったのだと誰もが実感した。
「帰っちまったか……」
「わたしたちもそろそろ、帰らなきゃいけないですね」
(名残惜しいですが……仕方がないですね)
研究塔の屋上でネコミミと巫女とはなげは、ぼんやりと空を見上げていた。
「うぉおっ、どないしたんや!?」
創造主の見送りから戻ってきたチュンチュンが、屋上に置かれている巨大な竜の石像を見て驚いた。
「おや、お帰り〜」「見送りご苦労様です」
「これって、あの日王の間にあったやつやろ……?」
「何かに使うらしいですが……私達にはよく分かりませんね」
なんでも、石の指輪で重さを奪い取りここに運んだそうな。
指輪は力の持ち主が目を覚ましたせいか、その一度きりで粉々に砕けてしまった。
「……なんだ、君たちここにいたのかぃ」
徹夜明けらしく眩しそうに目を細め、ベンバヤシが現れた。
「お、もしかしてできたんか?」
「どうにかね。これで……僕の仕事も終わる」
知恵者は竜の石像の首あたりに、指で何やら記号らしきものを書いた。
黒いディスクをあてがうと、発光した記号がするりと呑み込んだ。
なにが起こるのだろう、とその場にいた面々がわくわくしながら見守っていると、
パラパラと何かが崩れるような音が聞こえ始めた。
「これって……」
頭上を見上げる。石の竜の翼が、ゆっくりと動き始める。
「ええんか!? 飛ぶ気やでこいつっ」
思わず身構える面々を無視して、知恵者は竜に触れた。
「お行き。その翼は黒き悪魔を滅ぼし、その影は世界の綻びを正すだろう」
竜は雄々しく翼を広げ、空高く飛び上がる。

その竜は世界のあらゆる場所に現れた。
人はそれを見ることはできなかったけれど、巨大な影だけが通過し、それを見た者を驚かせた。
あらゆる場所にうずたかく積み上げられ、また置き捨てられた大量の羊羹。
全てを分解し、消滅させた。
潮が引くように、世界から羊羹は消えていく。
石の竜は飛ぶ。みずからと同じ、削除されるべきものたちを壊すために。


新聞の一面記事には「各地で羊羹消える」と大きく書かれていた。
「あの竜が、羊羹を消してるんか…?」
鉄板の前でコテを構えて、チュンチュンが問いかける。
「正確には翼から投下されるワクチンが要らざるものを消し、直すべき所を直してるのさ」
「つまり、飛んでるだけで万事解決ってことかい?」
「平たく言えばそうだね。羊羹を感知するプログラムものせているから、取りこぼしはないはずさ」
「ご苦労じゃったな」
「元はと言えば、僕の責任だからね……失われたものは返ってこないけど、経験から学ぶことは出来る」
「……よっしゃ、今や!」
チュンチュンはキラリと目を光らせ、コテで器用にお好み焼きをひっくり返した。
「うむ、見事じゃなぁ」「流石ですねぇ……」
焼きそばを担当しているおじいさんと巫女はしきりに感心している。
「……いいこと言ったのにまるっきりシカトかぃ?」
「うんにゃ、ちゃんと聞いとったで〜 なぁネコミミ!?」
「そうさね。男が細かい事気にするんじゃないよ。ほいっ、海老焼けたよ」
こんがり焼けた海老を生地に乗せ、チュンチュンは鮮やかな手つきでお好み焼きを裏返す。しゅわあっ、といい音がした。
「おじいさんは、しばらくこちらに留まるのですか」
「折角じゃから、昔馴染みの顔を見てから東国に戻ろうと思うてな」
「どう巡るか決めたのかぃ?」
「そうですね……ここからだとブルストヴェルグが一番遠いのでそこから回ろうかと」
「成る程ね。次が君か?」
「いえ、先に東国に……私は最後です」
「きゅうー♪」
相変わらず、食欲旺盛なきゅーちゃんはお好み焼きをばくばく食べている。
「ちょいちょいっ、それわぃの分や!」
豚玉の最後の一切れを取り合っている。平和である。
ずるずると焼きそばをすすりながら、ベンバヤシが言う。
「……なんだか、こんな別れ方でいいのだろうかという気もするけど」
「良いんじゃないですか? しめっぽいお別れより。そうですよねシスターさん?」
シスターもこくこくと頷いている。ネギ焼きがいたく気に入ったらしい。
「うわ、局長たち何やってるんですか、ずるい!」
屋上に上がってきたフォルトが批難の眼差しをこちらに向けてきた。
「めっちゃいい匂い。何すかコレ?」
「局長、こっちが合同葬の後片付けで働きずめだったというのにアンタって人は……」
トールだけが、無言で局長を見ている。お腹を空かした子犬のような目で見つめている。
「…………分かった。僕が悪かった。君らも食べると良い」
晴天の下、ソースの焦げる香りが広がる。
それぞれに、思うことはあるけれど、今生の別れでは無いだろうと誰もが信じている。
奇妙な連帯感と共に、別れの時が迫りくる。


翌日。おじいさんは馬上にいた。
先の戦いで老人を背に乗せていた栗毛の馬であった。
「わしだけ褒美を貰ったようで何やら申し訳ないのぅ」
老いてなおこの国において「帝国の四騎士」は英雄である。
「その馬もなついてるようだし、いいんですよ」
「……では、ご厚意に甘えておこう。皆の衆、達者でな」
「おじいさんも、お気を付けて」
「無茶しないようにね。若くないんだから」
きゅーちゃんを小脇に抱えたネコミミが言った。
彼女はこれから久しぶりに師匠に会いに行くつもりだ。
途中に大きな川を渡るので、そこにきゅーちゃんを放してやろうと思っている。
「うむ。いずれどこかで」
「そうさね……思わぬ所でバッタリ出会おうじゃないか。楽しみにしてるよ」
快活な笑みを浮かべ、ネコミミは歩いていく。
おじいさんも、手を振り、馬を走らせた。

旅装を整えたチュンチュンが、頭上に發をのっけている。
「ほな、わぃは發と行くわ!」
(……ミナサマニアエテ、ヨカッタデス)
「調律者をよろしく頼むよ」
「任しとき! ほんなら、またな〜」
チュンチュンはすちゃっと片手を挙げて、なにごとかを呟いて、その場から消えた。

最後に残ったのは、はなげのワープ能力を使って故郷に帰る者達だ。
「わたしたちも、行きましょうか」
(ええ、そうですね……)
巫女が抱えているぶーちゃんも、同意を示すように頷いている。
「……ほんとに、君たちには感謝しているよ。ありがとう」
ベンバヤシは、どんなに言葉をつくしても、伝えきることは出来ないのだろうな、と思った。
「私も……色んな人に、迷惑をかけてしまったんですけど」巫女が言う。
「……今回のことで、どうして要が十三いるのか分かった気がします」
なにかを理解したように、ベンバヤシは頷いた。
「……そうだね。僕も分かった気がするよ」
各々が背負っている重荷は変わらない。
それでも、それは神から分かれた力。
要は十三。孤独だけれど、誰にも頼れないわけじゃない。
ほとんど無意識に、手を差し出していた。
「国に帰ってからも大変だろうけど、元気で」
「……あなたも、倒れない程度に頑張って下さい」
最後まで痛いところを突いてくる。苦笑いしながら、握手した。
「それでは、ごきげんよう」
(いつかまた、お会いしましょう……)
ぺこりと巫女が一礼した。
光が爆ぜ、要たちの姿は一瞬にして消え失せた。


「はー、淋しくなりますねぇ」
「全くだ。目の保養が一気に消えた。どうしろってんだ」
「……っていうか、君は国に戻らないのかいプレツェン君」
「残念ながら、俺には帰れない事情があるんスよ」
「おぉ、何だ金か、女か!?」
「ふふ……両方っす」
「やっるじゃねーか色男! 隅に置けない奴だなぁ〜」
おっさん一人、妙に盛り上がっている。
「……聞くんじゃなかった」
「仕事がいっぱいですよ、室長。働きましょう」
「フォルト君、容赦なく現実に引き戻してくれるねぇ」
「んなこと言っても、現実はいつだって容赦ないじゃないスか」
言われてみれば、その通りである。
「じゃあ、気が進まないけど現実と闘おうか」
溜息をつきながら、彼は塔へと戻って行く。
仲間が力を貸してくれたありがたさを噛み締めながら。



グラシィはタヴァンタージュの郊外にある丘に居た。
降りしきる雨の中、与えられたばかりの力で木の根本に穴を穿った記憶が蘇る。
(そうだ、あの時あたしは泣いていた……)
大切な人を守ることはできず、得た力は、使いたい時に使えない。
何もかも理不尽だと思った。
あれから背が伸び、できることも増えたけど。
ちっとも前に進んでいない気がする。
情けなくて溜息が出た。
つと視線を上げると木の下に、誰かが居る。
可哀想なくらい痩せている少女。
(まさか……)
息が止まるかと思った。たぶん自分は幻を見ている。
透き通っているがその顔立ちは紛れもなく、あの頃私の手を引いてくれた……
「…おねぇ……ちゃん?」

『泣いてもいいんだよ』

うそだ、と思った。
心の何処かで、ほんとうであって欲しいとも。
確かめる間もなく、笑顔ひとつを投げかけて、少女は消えてしまった。
丘の上にはただ、つめたい風が吹いていた。



燃えるような夕日が草原を照らしている。
さわさわと音を立てる草たちが、さながら金色の波のようだ。
「……なんだか、明日はいいことがありそうです」
黄金の波を駆け抜けて、小さな影が近付いてくるのが目に入った。
「ぶーちゃん!? 無事だったんですね!」
大地を蹴り、ぶーちゃんは少女の元へと駆けて行く。
なつかしい草の香りがする。

「おかえりなさいっ!」
駆けてきたぶーちゃんを、ひしと抱きしめる。
よかった。本当によかった。
「淋しかったです!! もう会えないかと思いましたよっ」
ほたほたと、ぶーちゃんの頭上に温かな涙が落ちてくる。
少女の手は温かい。互いに生きて今がある。
この子が羊羹の犠牲にならずにすんで本当によかった。
意志を伝えることはできないけれど、これからもずっと少女の側に居ようと思った。
それだけが、自分にできる恩返しに違いないから。





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